code04:vision07 霧海に戻る夜
――4月27日――
「送っていただいてすみません」
倉橋は、隣の運転席に言った。
ちらりと見ることもなく、答える。
「いいよ。別に行きだって電車で来ることない。
今夜みたいに、終電に間に合うか分からないしな」
対向車のライトが照らす。
正視にためらう、上司の横顔。
クラブ張り込みの帰りだった。
自宅は本部のある湾岸エリアではない。
月岡町へも電車で行ったが。
「次からは俺でも辻村たちでも、一緒に乗って送らせればいいから」
いつも以上に平然と……。
ただ、そんな迷惑、堂々とかけられない。
送ってもらう都合上、高速を帰るはずが、
今夜は下道を走ってくれている。
タクシーを拾うと言い張ったのだが、
『いいから乗れ』と助手席を開けてくれた。
三係が今、扱うのは連続婦女暴行殺人だ。
司令長として捜査を指揮する高桐にすれば
深夜の危うい時間に、女が1人で帰る事に、
かなりの抵抗があるらしかった。
高桐班に入って3か月。
車に乗せてもらうのは初めてだった。
それはタクシー代が浮くのはありがたい。
が。
計器とカーナビ、対向車の灯だけの車内。
これが独特の雰囲気を作ってしまう。
暗くて無言の、思った以上に狭い空間。
おのずと意識も上がってしまう。
この席に――。
「次、右です」
ウインカーを出して、信号で止まる。
いつもの電子煙草を出そうとしない。
窓の外の、歩行者の居ない大通りを見た。
降りはじめた雨が、街路樹を濡らして。
水滴に紛れて、思わず沈んだ。
この席に。
当たり前に座れる人が。
いるんだろうか――。
――4月30日――
奈守班、今夜の張り込み先は。
月岡町のど真ん中 『クラブ・ハザード』。
雑居ビルの地下に開けた大きい店舗だ。
グラス片手にカウンターに立ち、
久原は、トイレ前通路を探っていた。
上司の奈守は、大胆にも。
通路真横の2人掛けソファで監視している。
隣に座るのは立樹警部補。
捜査の常套として密着して座らせている。
実際、カップルらしく場に馴染んでいる。
奈守警部のせいなのか……。
つい立樹警部補を観察してしまう。
先日の会議以来、見る目が変わっていた。
2人はJPO以前に面識があるらしく。
現在も和やかに会話が進んでいるようだ。
ふだん高桐警視といる時とは大違いの。
あんな顔も、見せるんだな――などと。
通路と一緒に視界に入るものだから、
いっそ開き直って、別の顔を探っていた。
誰あろう、上条部長だった。
あの会議で立樹警部補を名指ししたのは。
戸惑う様子こそあれ、意を決したように。
部長相手に臆することなく、立て板に水。
顔つきの印象まで変えた事を驚いていた。
幹部の姪ってだけじゃないかもな。
やっぱりキャリア――幹部候補生。
高桐警視が呼ぶ理由があるんだろう、と。
劣等感ではなく、冷静に受け止めていた。
潜入捜査もほとんど初めてと聞いた。
が、そうは見えない。
とんでもない一面を、
もし隠しているのだとしたら――。
「なにかお入れしましょうか」
声をかけたバーテンに向き直り。
久原は、代わりのグラスをオーダーした。
――5月2日――
この1週間――。
クラブ張り込みに、成果などなかった。
最初から分かっていたことだった。
成果の出ないことを証明するための指示。
犯人側の都合など、読めるわけがない。
今夜も首都高を、本部霧海へ。
立て続けに電子煙草を吸いながら。
高桐は、ただ車を走らせる。
張り込み初日に寄った夕方の休憩室。
ノートPCを見ていた三朝の姿を思い出す。
執心している被害者たちの2台のスマホ。
犯罪者が現場に何かを残していく。
珍しい事でもない、それ自体は。
そして、そこには意図が必ずある。
何かの符号か、メッセージか。
そして遺留物は。
連続事件の証になりうる。
一般には公開しないから。
今も連日メディアで報道されている。
飽きもせず、同じ内容をよくも毎朝毎晩。
捜査責任者たる高桐でさえ、そう思うほど、
大城以降の動きが、出せなかった。
スマホの件はメディアへも秘匿事項だ。
次、スマホを置き去りにする暴行殺人が。
また起きると、するなら――。
立樹は。
何をあれほど熱心に考えているのだろうか。
白石の解析では、結局、何も出なかった。
呼んでも、たまに反応が鈍いことがある。
スマホについての報告は、依然、ない。
加熱の終わった煙草を空き缶に捨てた。
『霧海インター10km』の看板が目に入る。
明日、事件は動くだろうか――。
高桐は月岡町のある店に目をつけていた。
――クラブ・アリア。
被害者2人が通った店とは、まったくもって
路線の違う、高級クラブではあるが。
なぜか“何かある”気がしていた。
トイレ通路がカメラの死角になっている。
それも理由の1つではあった。
明晩。
この店に倉橋、白石、立樹を投入する。
倉橋はともかく。
白石、立樹は、潜入捜査の経験が少ない。
予感ある店に、未熟な捜査員を投入する。
危険だが、積まないと経験は得られない。
2日前、奈守が立樹を伴った時は、
実に卒なくこなした、という話だった。
――何もなければいい。
まあ……。
個人的には思うところもないではない。
が、とにかく一晩。
無事に過ぎてくれることだけを、願う。
額に落ちてきた髪を軽く払って。
何本目か分からない煙草を、また点けた。
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