code01:vision01 高架下トンネル
――4月5日 午前6時35分――
「どうですか」
屈みこむ背中に問いかけた。
ふり返らず、答えた。
「まだ寒いからね。
早めに硬直がはじまってるかもしれない」
JPO統括医局長――早瀬慎一、45歳。
遺体の手を、そっと地面に置いた。
横顔に、重い何かが滲んでいる。
奈守は、トンネル内を見渡した。
冷気に満ちた、薄暗い通路――。
湾岸高速の高架下になっていて。
頭上を行き交う車の音が案外、響く。
午前5時13分。
トラックドライバーからの通報だった。
若い女がっ――。
倒れて、し、死んでる……。
約1時間後。
上層部の指示により。
JPO司令部+捜査部第三係が出動した。
防寒着がないとまだ寒い。
ポケットに両手を入れたまま。
奈守は、続けて早瀬に訊いた。
「今夜でしょうか?」
「数時間前じゃないかな。そんなに経ってないと思う」
手早く遺体を調べていく。
頭部、瞳孔、口元、首筋――。
引き裂かれた衣服をはだけると。
胸の谷間に、赤い大きな傷が開いていた。
「刃物か……ここで殺ったんじゃないね」
冷静に胸元を合わせて戻し。
ためらいなくスカートを捲りあげた。
「ひどいな」
低い、早瀬の声が耳につく。
奈守も、それ以外の言葉がなかった。
下着はつけていなかった。
それを喜べる状況ではない。
足のつけ根は傷だらけで。
早瀬ですら言葉に詰まっている。
「単独じゃないですね」
「どうみても複数だな。詳しく調べないとね」
奈守は、手近にいた捜査員に目配せした。
心得たもので。
すぐにスマホを出して、対応している。
再度、早瀬に向き直った。
「医局へ搬送手配させますから」
「午後には所見報告書を出すよ」
やはり遺体を見たまま、答えた早瀬に。
「ありがとうございます」
とだけ言って。
奈守はその場を離れた。
ついで近くに停めた車両に向かう。
運転席から、投げ出した足が見えていた。
ふたつ年下の、白石彼方、27歳。
奈守とおなじ司令部第三係、司令官。
「白石」
顔を上げるなり。
持っていたタブレットを差し出した。
「これだよ」
そう言われて受け取った画面には。
大きな「Ⅱ」以外。
映っているものはなかった。
ほぼ真っ暗の一時停止映像。
高架下トンネルの監視カメラ。
10インチの画面をタップすると。
右上の数字カウンターが動きはじめた。
画面の右端――。
両手で被害者を横抱きにして。
ゆっくりと、歩く人影がカットインする。
ベルトをたらした黒のロングコート。
フードで顔はまったく見えない。
長身の男に見える。
奥まで進み、画面の左端で立ち止まる。
カメラに背をむけ、慎重な様子で腰を落とす。
こわれものを扱うように。
被害者を地面に下ろし、横たえた。
そのまま、しばらく屈みこんで。
おもむろに立ち上がる。
すこし佇み、顔を上げると。
画面の右端へ、歩いて――消えた。
奈守はタブレットを白石に返した。
「顔、見せてくれるわけないか」
「そうだね。なんか演技っぽい動きだけど」
「かがんでる間にスマホ、置いたんだな」
普通は、通報があると所轄署が現着する。
今回の管轄は、港南署だった。
彼らによると。
遺体の胸にはスマートフォンが。
手向けるように置かれていたという。
被害者自身のスマートフォンが。
あとでJPOへ届けてくれる手筈になっている。
白石はタブレットを膝に置き。
また指でスワイプしはじめる。
「もっと良いカメラならね。これじゃ無理かもしれない」
「別角度とか無いの?」
奈守はあたりを見回した。
白石が「いや」とつぶやく。
「近くのカメラはこれだけだった。
あるだけ良かったよ。時間だけは分かったからね」
たしかに。
動画にはAM3:19と表示されている。
「じゃあ、あとは防犯カメラの車両チェックか」
「車は映ってると思うよ、どれかには。
確認車両は何台か出るだろうね」
「早朝で助かったな。時間取られるところだった」
そこへ横から呼ぶ声がした。
「奈守警部」
振り返ると部下が駆け寄る所だった。
捜査部第三係。
奈守班の班長=久原理人(くはら・りひと/31)
いつものメガネにスーツ姿。
上着なしで寒くないのか?
「みんな散った?」
奈守が訊くと、真面目に頷く。
「はい。
交通監視センターと道路管理局へは倉橋たちが、
近隣の運送業者へは我々が行ってきます」
「了解。白石、映像は送ってあるんだろ?」
「とっくにね」
「この画質じゃ怪しいけどな。
とりあえず聞き込み終わったら、いったん本部。
すりあわせよう」
奈守が言うと、久原は一礼し。
もと来た方へ走り去って行った。
「そういえば」
と言った白石が「あ、ちがう」と呟いている。
「昨日、異動してくる日じゃなかったの」
奈守は、白石に視線をもどした。
「それが、また延期だってさ」
「へえ。よっぽど難航してるんだね。
奈守は知ってるんだろ?」
アプリを操作したまま言う。
奈守はすこし空を仰いだ。
薄い雲が、空一帯をおおっている。
気温も気分も、上がらないわけだ。
「まあ居たからな、本庁に。顔見知りではあるよ」
「手、出したりしてないだろうね」
「あのね」
奈守はねめつけたが。
白石は画面に集中している。
タップして「行った」とつぶやき。
ようやく顔を上げた。
「……楽しみだね、再会」
「そういうのないから」
顔をそむけた、先に。
遺体搬送車両が到着したのが見えた。
奈守は白石の肩に手を置いた。
「白石くんこそ仲良くしてよ。チームだからさ」
軽くポンポンと叩いて。
早瀬のところへ駆けもどった。
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