生まれ変わるという事
四月六日、愛莉は起きてすぐに身支度を始めた。いつもなら昼まで寝ている春休みに、である。
まず美容室に向かった。高校生には痛い出費だったが躊躇わなかった。「毛先を整えて、少し明るくしてください」——美容師にそう伝える声は蚊の鳴くように小さかったが、「毛先はピンクに近い色で」という注文だけはやけにはっきりしていた。
帰宅後、玄関で靴を脱ぐより先に洗面台に張り付いた。母親の化粧ポーチを無断拝借し——のちに発覚してこっぴどく叱られたが——YouTubeのメイク動画を三十本以上視聴しながら見様見真似で手を動かした。
アイラインを引く手が震えた。跳ねた。修正しようとして余計にひどくなった。鏡の中の自分は化け物みたいだった。
「む、むり……なんでこんな……っ」
四時間格闘して完成した顔は、控えめに言って惨憺たるものだった。厚塗りのファンデーション、左右非対称のアイシャドウ、滲んだマスカラ。それでも愛莉はスマホで写真を撮り、ネットで検索した。「すっぴん風メイク 初心者 やり方」——検索履歴は深夜三時まで増え続けた。
その夜の日記にはこう記されている。
「今日、生まれて初めて自分を変えたいと思った。真斗くんに振り向いてもらうためなら何だってする。一ヶ月後には笑って隣を歩ける私になる。絶対に」
ループを重ねるごとに愛莉は進化した。回を追うごとに美しく、あざとく、社交的に。それはまるで恋愛ゲームの周回プレイでステータスが上限に達していくかのように。
最初のループで四時間かかったメイクは、二週目には三十分で完成するようになった。YouTubeだけでなく雑誌を読み漁り、化粧品を買い揃え、独学で研究を重ねた。三週目にはカラコンに手を出し、五週目にはヘアアレンジまで習得した。十週目には地元の美容専門学校に通う同級生から情報を仕入れるルートを確立した。十五週目のループの果てに完成した愛莉の容姿は、もはや別人だった。
透き通るような白肌にナチュラルな血色感を乗せたベースメイク。アイラインは目尻をほんの少しだけ跳ね上げたキャットライン。涙袋にはラメを薄く散らす。リップはコーラルピンク。全てが「盛りすぎないのに最大限可愛く見える」黄金比に収まっていた。スタイルに関しても、食事制限とストレッチを毎ループ欠かさなかった結果、制服のブラウスは胸元がきつくなり、腰は信じられないほど細くくびれた。
だが真に恐ろしいのは外見ではなかった。百回以上の失敗と観察が愛莉の中に蓄積されていた。男がどう反応するか。どんな仕草が刺さるか。笑顔の角度、首の傾げ方、袖を掴むタイミング——すべてがデータとして体に刻まれている。天真爛漫で人当たりの良い人気者という仮面の裏には、冷徹な計算が含まれていた。
変貌した愛莉が校門をくぐった初日——始業式の翌週の月曜日から、異変は始まった。
一週間で十二人に告白された。月曜日、隣のクラスのサッカー部。火曜日、一つ上の先輩。水曜日、学級委員の眼鏡男子。木曜日、帰り道で待ち伏せしていた他校の男子。金曜日には三人から同時に呼び出された。土日はSNSのDMが鳴り止まなかった。
全員に対して愛莉は同じ対応をした。申し訳なさそうに眉を下げ、相手の目をまっすぐ見て、丁寧に頭を下げて断る。
「ごめんなさい。好きな人がいるんです」
その言葉の「好きな人」が誰を指すかなど、聞くまでもなかった。
断られた男子たちは一様に同じ感想を抱いた。「誠実でいい子だな」と。嫌味がなく、自尊心を傷つけない断り方。それすらも愛莉がループの中で最適化した結果だった。好感度を下げずに切る技術。恨みを買わない身のこなし。一人たりとも逆恨みさせなかった。
学園中で噂が駆け巡った。「二年の毛先ピンク髪の子、めちゃくちゃ可愛くね?」「性格もいいらしいよ」「なんであんなモテるのに誰とも付き合わないんだろ」——愛莉という存在は、本人の意図通りに真斗の耳にも届く位置まで浮上しつつあった。




