ヤンデレヒロイン愛莉ちゃん爆誕
――2011年、高校二年生の春。
愛莉と真斗は同じクラスになった。
夕暮れの教室。窓から差し込む茜色の光が机の角を舐めるように伸び、黒板には今日の日直の名前がまだ残っている。部活動の掛け声が遠いグラウンドから微かに届く。
ガラリと引き戸が開く音。逆光の中に金色の髪、毛先は微かに桃色に染まる少女のシルエットが浮かび上がった。一歩、二歩。軽い足取りで教室に入ってきた愛莉は、まるでこの瞬間を何百回も味わってきたかのような妙な余裕を纏っていた。
「真斗くーん、まだ残ってたの?帰らないの?」
机に腰を預け、頬杖をつく。その仕草はあどけなく見えるが、瞳の奥に灯る光は常軌を逸していた。まるで長い旅路の果てにようやく辿り着いた者のような、異様な充足感。
真斗が違和感に眉をひそめる。この子、何かおかしい——
真斗の思考を遮るように、愛莉がすっと距離を詰めた。花の香りがふわりと鼻先をかすめる。
「ねえ真斗くん、今日って何回目か、知ってる?」
その声は甘く、どこか壊れていた。
にこりと笑って、鞄の中から紙の束を取り出す。そのまま机の中央にぱさりと拡げた――写真の束だった。
「はい、どーぞ♡」
十数枚の写真が夕日に染まった机の木目に散らばった。寝顔。着替え。風呂上がり。どのアングルも不自然に近い——明らかに至近距離から撮影されている。中には、真斗が一人でいる自室を窓越しに望遠で捉えたものもあった。
真斗が絶句しているのを眺めながら、愛莉は満足げに髪を指に巻きつけた。
「これ全部お気に入りなんだけど、本命はこっち。」
一枚を摘み上げる。真斗が無防備にあくびをしている横顔のクローズアップ。光の加減まで完璧だった。
「この瞬間の真斗くんのまつ毛の影、最高じゃない?芸術だよね。盗撮とか言わないでね、愛の記録って言って。」
悪びれた様子は一切ない。むしろ誇らしげですらあった。
「ヒエッ!」
真斗の素っ頓狂な悲鳴に目を細めて、くすくすと肩を揺らした。
「あはは、かわいー。そのリアクション初めて見たかも。レアだぁ。」
初めて見た、という言い回しが引っかかる。「初めて」のはずがない。この反応を引き出すまでに一体何回この日をやり直したのか——愛莉はそれすら覚えている。
一枚の写真を手の中で弄びながら、するりと真斗の隣の席に座った。椅子をわざと近づけて、太ももが触れるか触れないかの間合い。
「ねぇ真斗くん。驚くのはいいんだけどさ。」
声のトーンがすとんと落ちた。笑顔はそのまま、目だけが据わっている。
「私、もう疲れちゃったんだよね。真斗くんが「うん」って言ってくれるまで何回やり直したと思う?三桁超えたあたりから数えるのやめちゃった。」
写真の端をとんとんと指先で叩く。
「でもね、飽きたわけじゃないんだよ?一回も。ただ……そろそろ、終わりにしない?真斗くんも楽でしょ、次で決めちゃえば。」
真斗は弾かれたように席を立ち、教室後方のドアへ向かって駆け出した。写真が宙に舞う。あと数歩——
愛莉は動かなかった。座ったまま、ゆっくりと首を傾げるだけ。
「あーあ。」
ドアノブに手が届いた瞬間、世界が一瞬だけぐにゃりと歪んだような感覚がした。足元が泥沼に沈むような錯覚。次の瞬間、真斗の視界に映っていたのは——見慣れた教室だった。黒板の日付が変わっている。チャイムが鳴った。
何事もなかったかのように、前の席から振り返って手を振っているのは――
「おっはよー!今日もいい天気だねっ!」
愛莉の満面の笑顔がそこにあった。
――セーブポイントからのロード。愛莉だけが記憶を保持したまま。
小声で、真斗には届かぬ声で囁いた。
「逃げられないって、言ったじゃん。」




