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セーブ&ロードで繰り広げられるヤンデレ女ちゃんの恋愛譚  作者: Rabbi


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百七回目③

――夜、真斗の部屋。



カーテンの隙間から月明かりが差し込んでいる。ベッドの上で真斗は横になっていた。天井を眺めている。



一方、隣町の愛莉の自室。六畳の洋間。壁一面に真斗の写真。ポスター大に引き伸ばされたもの、望遠レンズで撮った横顔、寝顔——全て合法的な手段では入手不可能なものばかり。



机に向かっていた。新しい日記帳。今日のページを開く。



ペンが走る。「4月12日。今日もまーくんと話せた。嬉しい。でも距離を取らなきゃいけないのが苦しい」——そこまで書いて手が止まった。



窓の外を見た。月が出ていた。



静かに立ち上がる。クローゼットの奥から黒いパーカーを引っ張り出した。フードを深く被る。マスクを着ける。手には小さなバッグ。



玄関のドアが音もなく開いた。



午前0時。住宅街は静まり返っている。一つの影が塀の影を縫うように移動していた。足音はない。



真斗宅、二階の窓。慣れた手つきで工具を取り出し、ものの三十秒で小窓が開いた。猫のように滑り込む体。着地音すら立てない。



暗闇の中、真斗の寝顔を覗き込んだ。月光に照らされたその顔を見つめる瞳が潤んでいた。呼吸が浅い。


ベッドの脇に膝をついた。手を伸ばす。触れる寸前で止める。いつもの儀式。



五秒。十秒。二十秒。



そっと真斗の前髪に指を滑らせた。起こさないように。羽のように軽く。



しばらくそのまま寝顔を見つめていた。やがて愛莉の目から一粒、涙が落ちた。真斗の頬のすぐ横。シーツに小さな染みができた。



慌てて指で拭った。ごめんね、ごめんねと唇だけで繰り返す。



名残惜しそうに立ち上がり、来た時と同じルートで消えていった。小窓が静かに閉まる。所要時間、約八分。



部屋には月光と、甘い香りだけが残された。



――翌朝、いつものバス。



愛莉が駆け込んできた。息を切らしている。走ってきたらしい。



何食わぬ顔で真斗の横に立った。満員で距離が近いのは仕方ない、という体裁。


「おっはよ〜!ギリギリだったぁ。」



目が合った瞬間、ほんの一瞬だけ愛莉の瞳孔が開いた。気付かれていないか——その確認を飲み込んで、いつもの笑顔に戻った。



学校へ向かう道、二人は並んで歩く、愛莉は半歩遠い。真斗が口を開いた。



「あいちゃん何だか余所余所しくない?」



愛莉はびくっと肩を震わせた。口を開き、閉じて、また開く。言葉を選んでいる。



「そんなことないよ、気のせい、気のせいだよ。」



笑顔が引き攣る――が、真斗はそんな事お構いなしに半歩距離を詰めて愛莉の手を握った。



「彼女でしょ?もっと側にいたいな…なんて」



時間が止まった。少なくとも愛莉の中では。 



目を見開いている。瞬きを忘れている。口元に手を当てて。瞳に涙が溜まっていく。みるみるうちに。堪えようとして失敗した。ぽろりと一粒こぼれた。



「ずるいよ…」



両手で顔を覆った。肩が震えている。嗚咽が指の隙間から漏れた。周囲の生徒が何事かとこちらを見ているが、そんなことはどうでもよかった。



覆っていた手を下ろして、ぐしゃぐしゃの泣き顔で笑った。人生で一番幸せな顔だった。


涙を袖で乱暴に拭った。止まらない。次から次へと溢れてくる。


「だって……だってずっと……」



言葉にならなかった。積年の想いが喉元で渋滞している。



深呼吸した。一つ。二つ。三つ目でやっと声が出た。震えていた。それでも真っ直ぐだった。茜色の瞳が真斗だけを映している。


「まーくんのことが好き、大好きだよ。」



その一言で決壊した。もう体裁なんか構っていられなかった。



真斗の胸に飛び込んだ。制服のシャツに顔を埋める。腰に回した腕は離す気がなかった。ぎゅう、と力を込めている。



くぐもった声。顔は見えない。見せられない。きっとひどい顔だから。



抱き合う二人の姿を、登校中の何人かが目撃していた。


その中の一人——三年の男子生徒が舌打ちした。昨日絡んできた愛莉のファンの男だった。「またあいつかよ」と吐き捨てた言葉は誰の耳にも届くことなく空に消えた。




――放課後の夕暮れ、駅前の通り。二人が手を繋ぎ歩いていた。それだけのことが幸せだった。それだけの日常。



背後から忍び寄る足音。速い。



鈍い音が聴こえた気がした、肉を裂く音が。ナイフが背中から腹へ貫通した。引き抜かれる。鮮血が夕日に赤黒く光った。



血走った目。手にはナイフ。昨日愛莉にあしらわれた男。


「死ねよ……お前さえいなければ……」



真斗が崩れ落ちる。アスファルトに血溜まりが広がっていく。



振り返った。見えた。赤。倒れる真斗。血。世界の色が消えた。



声にならない悲鳴を上げて膝から崩れた。這うように真斗に近づく。血に濡れた手で真斗の顔を包んだ。温かい血が頬につく。


「やだ……やだやだやだ嘘……起きて……ねえ……」



三年男子が逃走した。群衆が騒ぎ始める。サイレンの音。救急車。誰かの叫び声。全部遠かった。



真斗を抱えたまま動けなかった。能力が起動した。視界にセーブポイントの表示が浮かぶ。震える指が宙を彷徨う。



突然システムウィンドウがその上に重なる。


『―警告―

解放条件を満たしていません。

愛莉は真斗と結ばれる運命にありません。

運命の改編は必ず真斗の身に不幸が起こります。』



システムメッセージが視界を埋め尽くす。文字が滲む。読めない。読みたくない。



三回目。付き合ってから三回目の真斗の死。過去二回の死を愛莉だけが知っている。



冷たくなっていく真斗を抱いたまま空を仰いだ。目から光が消えていた。口だけが笑っている。


「あはは……そっか……」



群衆の喧騒が遠く聞こえる。パトカーのサイレンが近づいてくる。だが愛莉の耳には何も届いていなかった。



血塗れの手で真斗の髪を撫でた。優しく。子供をあやすように。


「ごめんね。あたしのせいだね。」



分かっていた。運命を捻じ曲げすぎた代償。三度の死がそれを証明していた。



静かに呟いた。狂気でも悲嘆でもなかった。覚悟の声だった。


「付き合わなきゃいいんでしょ。」



それは愛莉にとって死刑宣告に等しかった。



――視界が白んで景色が変わる。ロード地点に選んだのは四月八日金曜日朝の通学路。まだ誰もいない時間帯。



駅前のベンチに一人で座っていた。膝の上に組んだ手。爪が掌に食い込むほど強く握られていた。



走る車をぼんやり見つめた。死ねば楽になるだろうか。一瞬だけ考えて、やめた。死んだら真斗を守れないから。



立ち上がった。制服についた皺を伸ばす。



バス停を見る。あと十分で真斗が来る時間。



選択肢は二つ。告白しない。付き合わない。——愛莉の能力があれば、友達のまま近くにいることは可能だった。しかしそれは、好きな人を目の前にして手も繋げない地獄を意味していた。



スマホを取り出した。日記アプリを開く。真斗と付き合ったあの日の喜びと興奮がこれでもかと書き殴られていた。



画面が涙で滲んだ。



真斗がバスを降りてきた。いつもの時間。いつもの足取り。



見えた。息が止まる。条件反射で駆け出しそうになる足を必死に抑えて真斗の姿が小さくなるのを見送った。

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