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セーブ&ロードで繰り広げられるヤンデレ女ちゃんの恋愛譚  作者: Rabbi


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百七回目②

――翌日、朝の駅。



いつもと変わらない朝だった。通勤通学の人波。ホームに流れるアナウンス。



真斗が駅に到着すると、そこに愛莉がいた。柱にもたれてスマホを見ている——フリをしている。



ちらりと真斗を見た。目が合った瞬間、すぐにスマホに視線を落とす。



昨日と同じだ。素っ気ない態度。しかし愛莉の目の下には昨日より濃い隈が刻まれていた。一晩中、天井を見つめて過ごしたのだろう。



結局ここにいる。来てしまう。どれだけ突き放そうとしても体が勝手に真斗の元へ向かう。



意を決したように顔を上げて、何事もなかったかのように笑ってみせた。少し目元が引きつっていたが。


「おはよ、まーくん!」


「おはよ!」



いつも通りに。いつも通りにしなきゃ。


「今日さ、購買のメロンパン争奪戦あるんだけど一緒に行かない?」



声は明るかった。だが愛莉の左手はスカートの裾を掴んでいた。無意識の防御反応。近づきすぎている自覚が体に出ている。



「うん行く行く!」



並んで歩き出す二人。傍から見れば仲の良いカップルそのもの。実際は薄氷の上を渡るような緊張感が愛莉側にだけ張り詰めていた。



校舎に入り教室へ向かう途中、階段で三年生の男子が真斗の行く手を塞いだ。



がたいの良い男。腕を組んで真斗を見下ろした。


「お前が月島と最近つるんでる奴?」



愛莉のファンクラブの幹部格だった。以前の周回では存在しなかった障害。運命の修正力が別の形で牙を剥いたのかもしれなかった。



「あなたは?」



舌打ちした。


聞いてんのはこっちだよ。月島にまとわりついてんじゃねえよ二年の分際で。



威圧的な声。周囲の生徒が足早に通り過ぎていく。



半歩後ろで目を見開いていた。それからすっと前に出た。


「先輩、あたしが勝手についてってるだけですよ?まーくんは関係ないです。」



笑顔だった。営業スマイル。ただし目だけは笑っていなかった。



愛莉を見て一瞬たじろいだが、すぐに真斗を睨み直した。


「おい、次はねえからな。」



肩をぶつけて去っていった。



ふぅ、と息を吐いた。笑顔を解除して。


「ごめんね、ああいうのたまにいるんだよね。」



「すっごいモテるんだね!」



苦笑した。


「モテるっていうか……ちょっと面倒なだけ。」



実際は「ちょっと」どころではなかった。過去に排除した相手は数え切れない。今回の三年生はまだ可愛い方だった。直接来るなら対処できる。問題は——



ちらりとう真斗の顔を窺った。怒ってないか確認するように。



不幸の形は様々だ。事故、病気、人間関係。あらゆる方向から襲ってくる。今の三年男子の件がどう転ぶか、まだわからない。



話題を変えるようにぱんっと手を叩いた。声が少し大きくなる。


「ほら、チャイム鳴っちゃうよ!」



二人は教室へと向かい日常の授業風景へと溶け込んだ。



――昼休み。戦場と化した購買部。押し合いへし合いの渦中に真斗と愛莉はいた。



人混みの中をするすると進んでいく。小柄な体が有利に働いていた。振り返って手招きする。


「まーくんこっち!あと三つ!」



最後の一つを愛莉の手が掴み取った。勝利の雄叫び。



得意げにメロンパンを掲げた。


「やった!はい、あーん!」



袋を開けて真斗の口元に持っていく。



その瞬間、人波に押された男子生徒が真斗の背中にぶつかった。



よろけた真斗。前にはメロンパン。避けられない。



――はむ


顔面にメロンパンが直撃した。



固まった。三秒。



それから盛大に吹き出した。



「あはははは!まーくん顔!顔やばい!



クリームが真斗の顔面にべったりと付着していた。鼻の頭にひとかけら乗っている。



ポケットからハンカチを出して、背伸びしながら真斗の顔を拭こうとした。


「じっとしてて……もう、かわいいなぁ。」



声は笑っていたが手つきは丁寧だった。唇についたクリームを親指でそっと拭う。その指が一瞬止まったことに、本人以外は気づかなかった。



「ふふ、何だかカップルって感じ」



ぴたりと手が止まった。



ハンカチが宙に浮いたまま静止した。



耳まで真っ赤になっていた。


「か、カップ……」



言葉が続かない。口をぱくぱくと動かしている。金魚のようだった。学校中の人気者がたった一言で完全にフリーズしていた。



「あいちゃん?」



はっと我に返った。咳払い。ハンカチで真斗をごしごし拭き始めた。力加減がおかしい。


「そ、そうだよね!あたしたちカップルみたいだよね!み・た・い!」



「みたい」を二回強調した。防衛線だった。これ以上踏み込んではいけないという本能の警告。



メロンパンの残りを真斗の手に押し付けて、くるりと背を向けた。


「残りは自分で食べて!あたしトイレ!」



早足で去っていく。耳の赤さが首筋まで広がっていた。



女子トイレの個室。鍵を閉めて便座に座り込んでいる愛莉。スマホを開いて日記アプリを立ち上げていた。



震える指で打ち込んでいく。


「まーくんがカップルみたいって言った。死ぬ。好き。無理。結婚して」



午後の授業。五限目。



古典の教師が源氏物語について滔々と語っている。大半の生徒は船を漕いでいた。春の陽気が睡魔を加速させる。


ノートの端に無意識に真斗の名前を書いていた。渦巻きで囲んでいる。



チャイムが鳴った。放課後の気配が教室に満ちる。



「今日は一緒に帰る?」


真斗に声をかけられスマホをしまって立ち上がった。


「…うん」



二人きりになった。夕方前の風が金色の髪を攫った。少しだけ真斗から離れた位置に立つ。昨日の失敗を繰り返さないように。



並んで歩き出す。昨日と同じ道。同じ夕焼け。でも愛莉の立ち位置だけが違った。半歩分、遠い。



沈黙に耐えきれず口を開いた。明るい声。努めて。


「今日メロンパン顔に食らったの一生忘れないからね。」



「ひどいよお〜」


真斗が情けない声を出した。愛莉はくすくす笑った。本当に楽しかった。こういう時間がずっと続けばいいのにと思った。


「ひどいのはまーくんでしょ。避けてよあのくらい。」



いつもの場所で別れる。「またね」「また明日」生きている、言葉を交わせる、それだけで愛莉は幸せだった。



一人になった愛莉。イヤホンを装着し録音データを再生する。昨日は聞けなかった分。



「あいちゃん!」という優しい呼び声の部分で何度もリピートボタンを押した。



イヤホンから流れる真斗の声を抱きしめるように、自分の体を両腕で抱いた。唇が動く。



「好き。好きだよ、まーくん。」

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