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セーブ&ロードで繰り広げられるヤンデレ女ちゃんの恋愛譚  作者: Rabbi


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13/17

百六回目

 午前の授業は滞りなく過ぎた。四限目終了のチャイムが鳴ると同時に愛莉が飛んできた。


「屋上行こう♡」



屋上の扉を開けると愛莉が手際良くレジャーシートを広げる。弁当二つ。



ぽんぽんと隣を叩いて。


「ここここ!座って座って!」



風が心地よい四月の空の下、二人分の弁当が並んだ。彩り豊かな中身。唐揚げ、ミニトマト、ブロッコリー、そしてハート型に切られたにんじん。



にんじんを指差して少し恥ずかしそうに笑う。



「わあすごい!」


えへへと照れたように頭を掻いた。


「朝五時に起きた甲斐あったよ」



五時どころか四時台から台所に立っていたことは言わなかった。



蓋を開けて真斗に差し出す。


「はい、あーん。」



箸で卵焼きをつまんで真斗の口元へ運んだ。屋上には二人きり。他に誰もいない。遠慮という概念がこの空間からは完全に排除されていた。



——と、そのとき。屋上への鉄扉がガシャンと開いた。



息を切らして現れたのは隣クラスの男子。顔立ちは整っており、サッカー部のエースとして校内ではそこそこ名が知られている男だった。名を瀬川翔という。視線がまっすぐ愛莉を捉えていた。



気まずそうに頭の後ろをかいて。


「あー……ごめん、先客いたか。」



目当ては明白だった。月島愛莉。告白の呼び出し。場所が被っただけの不運。だがこのタイミングは——あまりにも残酷だった。



ちらりと瀬川を見て、すぐに真斗へ視線を戻した。卵焼きを掲げたまま。


「ほら、口開けて?」



完全なる無視だった。存在ごと空気として処理した。瀬川の眉がぴくりと動いたが無理もなかった。呼び出した相手にこれほど綺麗にスルーされた経験は彼の人生になかっただろう。



咳払いして一歩踏み出した。


「月島さん、ちょっと話があるんだけど——」



ようやく首だけ振り返った。笑っていたが目が笑っていない。


「今ちょっと取り込み中なの。ごめんね?」



柔らかい口調。丁寧な断り方。それでも有無を言わせぬ壁がそこにあった。瀬川は一瞬たじろいだが引き下がらなかった。彼なりに覚悟を決めてきたのだろう。



拳を握って。


「少しだけでいいから。大事な話なんだ。」



「なんか大事な話のようだよ?」



笑顔のまま、でも目だけが真斗を見た。「余計なこと言わないで」と訴えているようだった。しかしすぐにそれを引っ込めて。



ため息ひとつ。立ち上がった。



瀬川に向き直る。


「五分だけね。」



二人は屋上の端、真斗から少し離れた場所へ移動した。風のせいで会話は聞こえない距離。



瀬川が何か言った。おそらく想定通りの内容だろう。「好きだ」とか「付き合ってくれ」とか。彼は真剣だった。耳が赤くなっていた。



一言だけ返した。口の動きでわかった。



――ごめんなさい。



瀬川は唇を噛んで何か言いかけたが、やがて力なく頷いて屋上を去った。鉄扉が閉まる音が響いた。



何事もなかったように戻ってきて真斗の隣にちょこんと座り直す。


「おまたせ!はい、あーんの続き!」


「なんだったの?」



きょとんとした顔で。


「んー?告白?いつものこと。」



さらりと言ってのけた。まるで日常の些事のように。



卵焼きを真斗の前に掲げたまま首を傾げる。


「それよりほら、あーん。」



話を逸らす手際が鮮やかだった。これまで何人の男がこの屋上で撃沈されてきたのか——その全員に興味がないという事実だけが残る。



「モテるんだね!」



むうっと唇を尖らせた。


「モテるとかどうでもいいの。あたしはまーくん一筋なんだから。」



箸を持ったまま空いた手で真斗の腕をぺしっと叩いた。力加減は甘い。



じとっと見上げる。


「他の人に告られてるの見て嫉妬とかしないの?」



試すような問いだった。嫉妬するのか、しないのか——その答え次第で愛莉の中の何かが変わる。



「嫉妬しちゃうかも!」



ぱあっと満面の笑み。



花が咲いたような、という比喩がそのまま当てはまる表情だった。箸を置いて真斗の肩にぴとりと頭を預ける。



甘えた声。


「しちゃうんだぁ。かわいい。」



くすくすと肩を揺らして笑っている。心底満足そうだった。



顔を離して真正面から真斗の目を覗き込む。


「大丈夫だよ。あたし誰の告白も受けたことないし、これからもずっとそう。ぜーんぶ断るから。」



茜色の瞳がまっすぐに真斗を射抜いていた。そこに迷いは一片もない。



人差し指で真斗の鼻先をちょんとつついた。


「だってあたしの彼氏はまーくんだけだもん。」



屋上での昼食は穏やかに過ぎていった。五限の予鈴が二人を引き離すまで、他愛もない会話と弁当の中身の攻防が続いた。真斗にピーマンを食べさせようとして失敗した愛莉の悔しそうな顔。平和そのものだった。



下校時刻。校門前。



当然のように真斗の横に並ぶ。


「帰りにアイス食べよ」



学校近くのコンビニに寄った。二人でアイスの棚の前に並ぶ。夕方の店内は帰宅途中の学生でそこそこ混んでいた。



迷わずアイスのコーナーに向かう。


「んー、どれにしよっかなぁ。」



真斗が選んだのと同じものを買う気だった。最初から選択肢など愛莉の中には存在しない。



「俺抹茶アイス!」


迷わず抹茶アイスを二個手に取った。


「おそろい!」



レジに並ぶ。財布を出そうとした真斗より先に愛莉が会計を済ませていた。スピードが尋常ではなかった。



店を出て近くのベンチに腰掛けた。夕陽が街を橙色に染め始めている。



蓋を開けて一口食べて幸せそうに目を細めた。


「おいしー。まーくんと食べてるから百倍おいしい。」



とろりと溶けかけたアイスを舐めながら、愛莉の視線は真斗の食べる姿に釘付けだった。自分のアイスにはほとんど手をつけていない。



穏やかな時間だった。一昨日、この同じ空の下で真斗は死んだ。その事実を知っているのは世界で愛莉だけだった。



「なにかついてる?」


じっと見つめる愛莉に真斗は不思議そうな顔をする。



はっとして視線をアイスに落とした。


「なんでもない!見惚れてただけ!」



言ってから自分の台詞に気づいて耳を赤くした。



ごまかすようにアイスをがぶっと頬張る。



沈む夕陽。長く伸びた二人の影。どこにでもある高校生の放課後の風景。だが愛莉の脳裏にはあの事故の映像が焼き付いている。この景色が永遠に失われる可能性。



ぽつりと。


「ねえまーくん。明日も、明後日も一緒に帰ってくれる?」



声のトーンが少しだけ下がっていた。



「うん!」



愛莉はほっとしたように微笑んだ。



「じゃ、そろそろ帰ろうか!」



真斗がそう言って腰を浮かし愛莉もうん、と頷いて立ち上がる。空になったカップをゴミ箱にシュートした。綺麗に入る。



二人は並んで歩き出した。住宅街の静かな道。街灯がぽつぽつと点き始めていた。



立ち止まって、愛莉が口を開いた。


「今日、家まで送ってもいい?」



「え?でもその後あいちゃん1人で帰るの?」



こくりと頷いた。あっけらかんと。


「平気だよ!あたし足速いし!」



そういう問題ではないのだが、愛莉の顔には一片の不安もなかった。実際この帰路は何十回も歩いて熟知している。街の死角も防犯カメラの位置も全て頭に入っていた。



真斗の手をぎゅっと握った。


「ね?」



「そんなのダメだよ!逆に俺があいちゃん送って1人で帰るよ」



目を見開いた。数秒間固まった。



逆。いつもと逆だった。守られている。自分が。



じわりと目尻に涙が滲んだ。



慌てて空いた手の甲で拭ったが間に合わなかった。



鼻をすすって笑った。泣き笑い。


「やだ、なんであたし泣いてるんだろ。おかしいな。」



おかしくはなかった。嬉しかったのだ。能力で全てを操れるはずの少女が、ただ一人の男の優しさに泣かされている。皮肉でもなんでもなく、それは純粋な感情だった。



握っていた手を両手で包み込んだ。


「じゃあ……お願いします。」



――愛莉を家まで送り届けて別れた。夜道を一人歩く真斗。星が出ていた。街は静かで虫の声だけが響いている。



ポケットの中でポコンとスマホの通知音。画面を見ると「気をつけて帰ってね」のメッセージ。それを確認して真斗はスマホをポケットにしまった。



真斗の姿が完全に見えなくなるまで玄関先で見送っていた愛莉が家に入り、靴も脱がずに崩れ落ちたことを、夜空の星だけが知っていた。



――翌日


工事現場の足場の崩落に巻き込まれ真斗が死亡した知らせが届いたのは昼過ぎのことであった。

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