捌 闇夜の鴉
男は皆を見回し「あれあれ?」と声を上げた。
「おいおい、ガキばっかじゃねぇか?」
その視線は、一瞬朔に目を留め、ほくそ笑む。
「そこの、あー、お前だ! お前!」
「俺か?」
玄瑞が男に指をさされて、応える。
「お前は、なんだ? コイツらの父親か?」
その言葉に、刹の指が僅かにぴくっと動く。
男がニヤつきながら、玄瑞を馬鹿にした口調で言うと、周りの奴らからドッと笑いが沸き起こった。
そのやり取りに、刹の額から汗が滴り落ちる。
玄瑞は、その言葉に「ふっ」と笑うと、男をひと睨みした。
「お前、いつ気づいた」
男は「俺は鼻が聞くんでね」と笑う。
「それよりさ、俺の質問に答えてくれよぉ。なぁ? お前、父親かぁ?」
男はどうしても知りたいようで、しつこく聞いてくる。
「ふふ。俺がコイツらの親父なら……何だってんだ?」
仕方なく玄瑞は男の話に乗ると、男は寂しそうに語り出す。
「いいよなぁ。俺もさ、昔、息子がいたんだよ。だけど、殺されたのか……野垂れ死んじまったのか……」
「それは、ご愁傷さまだな。だが、野盗が父親なんて、息子が不憫でしかたねぇ」
玄瑞は、嫌味な憐れみを見せつつも、罵る。
「俺によく懐いてたんだ。あちこち村を襲ってもよ。アイツに変わる奴は見つけられなくてよ。俺の心はあの日から……」
「お前の御託に付き合ってる暇はねぇ。用がないなら、行くぞ」
玄瑞は男を相手にしようともせず、身を翻そうとする。
「いや、なんだかお前の子供たち、良さそうな気がするんだよな。一人、分けてくれよ。特にそのちっこいヤツ」
男は朔を指さし、ニタリと笑う。
その顔に、朔はゾクリとした。
「そいつはできねぇな。俺がこいつらの父親だったら……、守んねぇとなッ!」
玄瑞が小刀を構えたかと思うと、目から眼光が非情なまでに消え失せた。懐に滑り込み、下っ端どもの急所を次々と仕留めてゆく。
その表情は、恍惚な笑みを浮かべ、まるで狩りを楽しんでいるかのようにも見える。
玄瑞の顔や体は、手下の断末魔と共に、みるみるうちに赤く染まりゆく。
双子と朔は、その光景にただただ息を飲んだ。
「玄……瑞?」
朔の口から、思わず名前が零れる。今まで見たことのないような、まるで知らない誰かを見ているようだった。
そして刹は男をじっと見つめ、釘を刺されたように固まったままだ。
「刹っ! 」
梓がその場から刹を連れ去ろうと腕を引くも、刹は足が土に縫いとめられたかのように、その場から動かなかった。
梓の声に、双子と朔が我に返る。
「刹、早く! 今のうちに!」
「ジコジコッ」
「刹兄ーっ!」
「刹兄っ!」
皆が口々に刹を呼ぶが、刹は目を見開き、骨ばった男から目を離すことができない。
男はチッと面倒くさそうに舌打ちをした。
「さっきから、『せつ、せつ』ってうるせーなぁ……あ? せつ?」
顎に手をやり、何かを探るように目を細める。
「せつ……せつ。せつ……だと?」
暫く考え、はっとしたように言う。
「お前、もしかして、あの"刹"か!?」
「鴉……っ!」
思わず名前が口をついてしまった。
身体は震え、腹の底から絞り出すように声が掠れる。
「やっぱり刹かぁ! お前、生きてやがったのか!」
歓喜にも似た怒声が森に響く。
刹の顔がさらに強ばる。
何か見てはいけないものを見たかのように、視線を鴉から離すことができない。
「刹っ! 早く行けぇーッ!」
玄瑞が鴉を仕留めにかかろうとするも、鴉は近くにいた手下を玄瑞に投げつける。
鴉は刹を見て、懐かしむように話し始めた。
「急にいなくなっちまったからよぉ。死んじまったのかと思ってたぜ」
鴉は一歩、また一歩と刹に歩みを進める。
「方々探したんだぜ? あの頃は楽しかったよなぁ。お前がいなくなってから、俺の胸はぽっかり穴があいち……まって……よぉ。……寂しかったぜっ」
鴉は急に泣きじゃくりながら、ゆっくりと刹に近づいてくる。
そして刹の前に立つと、刹の顔を覗きこんだ。
「息子を無くした父の気持ちが……分かるか? あ?」
泣いていたかと思うと、態度が急変し、刹に凄む。
「お前には手とり足とり、色々と教えてやったろ?……たとえば、"殺し"とかな?」
皆は鴉と刹が、何を話しているのか理解できなかった。
「父親……? 殺し……?」
双子と朔が、刹を振り返る。
「刹兄が……。殺し? 野盗の……息子?」
「……嘘やろ?」
刹は、額から流れ出た汗を、顎で拭った。
「さぁな。お前が言ってる『せつ』って奴と、俺は違う奴じゃねぇのか? それに……俺に父親は、いねぇっ!」
刹は震えながらも、精一杯強がってみせる。
「ひゃーっはっは! だが、俺はお前の育ての親だ。親は親。変わりねぇ」
下賎な笑いが、辺り一面響き渡る。
「まぁいいだろう」
鴉が油断したその時、背後から玄瑞が鴉目掛けて小刀を振り下ろしにかかる。
だが、鴉は腰に据えた短刀を瞬時に抜き出し、玄瑞の小刀を受け止めた。
「刹。お前は逃げられねぇよ。俺からはな。出会って早々なんだが……、お仕置きだ」
刹と話しながら、鴉は玄瑞の刃を受け止め、ニタリと笑う。
鴉は玄瑞の小刀を弾き飛ばすと、短刀を刹に思い切り振り下ろした……その時。
シュッ
鴉の顔目掛けて、黒い物が飛んだ。
「おわッ! なんだ!?」
よすがだ。
鴉は視界を覆われ、ジタバタと混乱する。
よすがは鴉の顔に引っ付くと、すかさず朔の元へと飛んで戻る。
「刹っ、行くよ!」
梓が刹の腕を掴んで走り出した。
鴉は驚き、その場にひっくり返った。
「退けーっ!」
玄瑞の号令に皆、一斉に走り出す。
鴉はよたよたと起き上がり、近くにいた手下から弓を取りあげた。
懐から小さな壺を取り出し、鏃を浸し構える。
「あんのクソガキャーッ!」
よろめきながら弓を構え、梓に狙いを定めた。
「しまったッ!」
玄瑞はそれに気付き、皆に咄嗟に叫ぶ。
「避けろ!」
矢が放たれる――。
ヒュ、と風を裂く音がした。
矢は梓目掛けて飛び、避けることなどできない。
ドスッ
――鈍い音がした。
「え……?」
一瞬、何が起こったのか、梓にはわからなかった。全てがゆっくりと動き、まるで現実世界ではないように思える。
我に返った時には、刹の体が倒れ、地面に叩きつけられていた。
「刹兄ッ……!!」
「刹っ!」
双子が刹の元にすぐさま駆け寄り、腕を肩に掛ける。
刹は痛みに顔を歪ませながらも、双子に支えられ懸命に走ろうとした。
「刹……、なんで……?」
朔は放心した梓の手を引き、走り出す。
「クソッ!」
玄瑞は素早く懐から鳥の子(煙玉)を取り出すと、地面に思い切り叩きつけた。辺り一面、煙がもうもうと巻き上がる。煙が一気に広がった。
「行けッ!」
再び玄瑞の号令で、皆は森の奥へと逃げ去った。
鴉と下っ端は玄瑞の投げた煙玉に咳込み、足を取られて倒れる。
煙の中、鴉は地べたに胡座をかいて座り込んだ。
「あーらら。しまったなぁ。刹に当たっちまったじゃねぇか」
鴉はしまったとばかりに、額に手をやる。
周りを見渡すと、手下はほぼ斬り殺され、ほんの数名だけがよたよたと鴉に近寄ってきた。
「あの男……、みぃんな一人で殺しちまいやがった。何モンだ?」
鴉は、腰に括り付けていた袋から煙管を取り出すと、火をつけた。
ひと仕事終え、満足そうに煙を夜空へと吹かす。
手下が「取り逃しちまいやしたね」と悔しそうに言う。
鴉は、道端から森へと点々と続く血を眺めた。
「――まぁいい。また機会はあるだろ。大体の居場所は分かったしな。なぁ? 俺、ついてるよな? な?」
鴉は手下に不気味に笑いかけると、手下も同じように笑みを浮かべる。
「それにな、刹。あの坊ちゃんより、お前の方が収穫だったわ。また会えるといいなぁ。……生きてりゃ、な」
もういない刹に語りかけるように、独りごちる。
白煙の彼方、煙管の赤い灯が小さく揺らめいた。




