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まほろばー流転奇譚ー  作者: 雨音かえる
曼珠沙華之段

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9/35

捌 闇夜の鴉

 男は皆を見回し「あれあれ?」と声を上げた。

 

「おいおい、ガキばっかじゃねぇか?」


 その視線は、一瞬朔に目を留め、ほくそ笑む。


「そこの、あー、お前だ! お前!」

「俺か?」


 玄瑞が男に指をさされて、応える。


「お前は、なんだ? コイツらの父親か?」


 その言葉に、刹の指が僅かにぴくっと動く。

 男がニヤつきながら、玄瑞を馬鹿にした口調で言うと、周りの奴らからドッと笑いが沸き起こった。

 そのやり取りに、刹の額から汗が滴り落ちる。

 玄瑞は、その言葉に「ふっ」と笑うと、男をひと睨みした。


「お前、いつ気づいた」


 男は「俺は鼻が聞くんでね」と笑う。

 

「それよりさ、俺の質問に答えてくれよぉ。なぁ? お前、父親かぁ?」


 男はどうしても知りたいようで、しつこく聞いてくる。

 

「ふふ。俺がコイツらの親父なら……何だってんだ?」


 仕方なく玄瑞は男の話に乗ると、男は寂しそうに語り出す。


「いいよなぁ。俺もさ、昔、息子がいたんだよ。だけど、殺されたのか……野垂れ死んじまったのか……」

「それは、ご愁傷さまだな。だが、野盗が父親なんて、息子が不憫でしかたねぇ」


 玄瑞は、嫌味な憐れみを見せつつも、罵る。


「俺によく懐いてたんだ。あちこち村を襲ってもよ。アイツに変わる奴は見つけられなくてよ。俺の心はあの日から……」

「お前の御託に付き合ってる暇はねぇ。用がないなら、行くぞ」


 玄瑞は男を相手にしようともせず、身を翻そうとする。


「いや、なんだかお前の子供たち、良さそうな気がするんだよな。一人、分けてくれよ。特にそのちっこいヤツ」


 男は朔を指さし、ニタリと笑う。

 その顔に、朔はゾクリとした。


「そいつはできねぇな。俺がこいつらの父親だったら……、守んねぇとなッ!」


 玄瑞が小刀を構えたかと思うと、目から眼光が非情なまでに消え失せた。懐に滑り込み、下っ端どもの急所を次々と仕留めてゆく。


 その表情は、恍惚な笑みを浮かべ、まるで狩りを楽しんでいるかのようにも見える。

 玄瑞の顔や体は、手下の断末魔と共に、みるみるうちに赤く染まりゆく。

 双子と朔は、その光景にただただ息を飲んだ。


「玄……瑞?」


 朔の口から、思わず名前が零れる。今まで見たことのないような、まるで知らない誰かを見ているようだった。

 そして刹は男をじっと見つめ、釘を刺されたように固まったままだ。

  

「刹っ! 」


 梓がその場から刹を連れ去ろうと腕を引くも、刹は足が土に縫いとめられたかのように、その場から動かなかった。

 梓の声に、双子と朔が我に返る。


「刹、早く! 今のうちに!」

「ジコジコッ」

「刹兄ーっ!」

「刹兄っ!」

 

 皆が口々に刹を呼ぶが、刹は目を見開き、骨ばった男から目を離すことができない。

 男はチッと面倒くさそうに舌打ちをした。

 

「さっきから、『せつ、せつ』ってうるせーなぁ……あ? せつ?」

 

 顎に手をやり、何かを探るように目を細める。

 

「せつ……せつ。せつ……だと?」


 暫く考え、はっとしたように言う。

 

「お前、もしかして、あの"刹"か!?」

(からす)……っ!」

 

 思わず名前が口をついてしまった。

 身体は震え、腹の底から絞り出すように声が掠れる。

 

「やっぱり刹かぁ! お前、生きてやがったのか!」

 

 歓喜にも似た怒声が森に響く。

 刹の顔がさらに強ばる。

 何か見てはいけないものを見たかのように、視線を鴉から離すことができない。


「刹っ! 早く行けぇーッ!」


 玄瑞が鴉を仕留めにかかろうとするも、鴉は近くにいた手下を玄瑞に投げつける。

 鴉は刹を見て、懐かしむように話し始めた。

 

「急にいなくなっちまったからよぉ。死んじまったのかと思ってたぜ」


 鴉は一歩、また一歩と刹に歩みを進める。

 

「方々探したんだぜ? あの頃は楽しかったよなぁ。お前がいなくなってから、俺の胸はぽっかり穴があいち……まって……よぉ。……寂しかったぜっ」


 鴉は急に泣きじゃくりながら、ゆっくりと刹に近づいてくる。

 そして刹の前に立つと、刹の顔を覗きこんだ。


「息子を無くした父の気持ちが……分かるか? あ?」

 

 泣いていたかと思うと、態度が急変し、刹に凄む。


「お前には手とり足とり、色々と教えてやったろ?……たとえば、"殺し"とかな?」

 

 皆は鴉と刹が、何を話しているのか理解できなかった。

 

「父親……? 殺し……?」

 

 双子と朔が、刹を振り返る。


「刹兄が……。殺し? 野盗の……息子?」

「……嘘やろ?」

 

 刹は、額から流れ出た汗を、顎で拭った。

 

「さぁな。お前が言ってる『せつ』って奴と、俺は違う奴じゃねぇのか? それに……俺に父親は、いねぇっ!」

 

 刹は震えながらも、精一杯強がってみせる。

 

「ひゃーっはっは! だが、俺はお前の育ての親だ。親は親。変わりねぇ」

 

 下賎な笑いが、辺り一面響き渡る。

 

「まぁいいだろう」

 

 鴉が油断したその時、背後から玄瑞が鴉目掛けて小刀を振り下ろしにかかる。

 だが、鴉は腰に据えた短刀を瞬時に抜き出し、玄瑞の小刀を受け止めた。


「刹。お前は逃げられねぇよ。俺からはな。出会って早々なんだが……、お仕置きだ」

 

 刹と話しながら、鴉は玄瑞の刃を受け止め、ニタリと笑う。

 鴉は玄瑞の小刀を弾き飛ばすと、短刀を刹に思い切り振り下ろした……その時。


 シュッ


 鴉の顔目掛けて、黒い物が飛んだ。


「おわッ! なんだ!?」

 

 よすがだ。

 鴉は視界を覆われ、ジタバタと混乱する。

 よすがは鴉の顔に引っ付くと、すかさず朔の元へと飛んで戻る。


「刹っ、行くよ!」


 梓が刹の腕を掴んで走り出した。

 鴉は驚き、その場にひっくり返った。

  

「退けーっ!」

 

 玄瑞の号令に皆、一斉に走り出す。

 鴉はよたよたと起き上がり、近くにいた手下から弓を取りあげた。

 懐から小さな壺を取り出し、(やじり)を浸し構える。

 

「あんのクソガキャーッ!」

 

 よろめきながら弓を構え、梓に狙いを定めた。


「しまったッ!」

 

 玄瑞はそれに気付き、皆に咄嗟に叫ぶ。

 

「避けろ!」

 

 矢が放たれる――。

 ヒュ、と風を裂く音がした。

 矢は梓目掛けて飛び、避けることなどできない。


 ドスッ

  

 ――鈍い音がした。


「え……?」

 

 一瞬、何が起こったのか、梓にはわからなかった。全てがゆっくりと動き、まるで現実世界ではないように思える。

 我に返った時には、刹の体が倒れ、地面に叩きつけられていた。


「刹兄ッ……!!」

「刹っ!」

 

 双子が刹の元にすぐさま駆け寄り、腕を肩に掛ける。

 刹は痛みに顔を歪ませながらも、双子に支えられ懸命に走ろうとした。


「刹……、なんで……?」

 

 朔は放心した梓の手を引き、走り出す。


「クソッ!」

 

 玄瑞は素早く懐から鳥の子(煙玉)を取り出すと、地面に思い切り叩きつけた。辺り一面、煙がもうもうと巻き上がる。煙が一気に広がった。

 

「行けッ!」

 

 再び玄瑞の号令で、皆は森の奥へと逃げ去った。

 

 鴉と下っ端は玄瑞の投げた煙玉に咳込み、足を取られて倒れる。

 煙の中、鴉は地べたに胡座をかいて座り込んだ。


 「あーらら。しまったなぁ。刹に当たっちまったじゃねぇか」

 

 鴉はしまったとばかりに、額に手をやる。

 周りを見渡すと、手下はほぼ斬り殺され、ほんの数名だけがよたよたと鴉に近寄ってきた。


 「あの(やろう)……、みぃんな一人で殺しちまいやがった。何モンだ?」


 鴉は、腰に括り付けていた袋から煙管を取り出すと、火をつけた。

 ひと仕事終え、満足そうに煙を夜空へと吹かす。

 手下が「取り逃しちまいやしたね」と悔しそうに言う。

 鴉は、道端から森へと点々と続く血を眺めた。

 

「――まぁいい。また機会はあるだろ。大体の居場所は分かったしな。なぁ?  俺、ついてるよな? な?」


 鴉は手下に不気味に笑いかけると、手下も同じように笑みを浮かべる。


「それにな、刹。あの坊ちゃんより、お前の方が収穫だったわ。また会えるといいなぁ。……生きてりゃ、な」


 もういない刹に語りかけるように、独りごちる。

 白煙の彼方、煙管の赤い灯が小さく揺らめいた。

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