表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
まほろばー流転奇譚ー  作者: 雨音かえる
曼珠沙華之段

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/33

陸 言えなかったこと

「梓っ! おい、梓っ!」


 刹は梓に掴まれた腕を振りほどき、梓に眉を(ひそ)めた。

 梓は口をツンと尖らせ、目線を合わせようとしない。


「梓、どうしたんだよ? なんかあったのか?」

「……っ」


 言葉にしようとするも、喉の奥にひっかかり、なかなか出てこなかった。


「ったく! あれじゃ、結さんに失礼だろ? 次、行ったらちゃんと謝れよ?」


 刹は梓に掴まれていた手首を擦りながら、軽く説教を垂れる。

 すると、梓の中のモヤモヤしたものが一気に頭まで駆け上り、キッと目を釣り上げ、気づけば刹に向かって怒鳴っていた。


「刹の……バカーッ!」

「っんな! なんでだよっ!」


 梓は刹にありったけ気持ちをぶつけると、息が切れるほど全力で走った。


(刹の、バカバカバカバカバカバカッ!)

 

 背中の向こうで、「俺、何もしてねぇだろーがぁッ!」と叫ぶ刹の声が聞こえた気がした。



 無我夢中で庵まで走り、勢いよく戸口を開けたかと思うと、急いで草鞋を脱ぎ捨て、部屋の端に(うずく)る。

 紅梅は何事かと、目を丸くした。


「ど、どうしたんじゃ!? 梓?」

「なんでもないッ!」


 膝を抱え部屋の隅に蹲る梓の肩が、僅かに震えている。

 紅梅は「またか……」とため息をつくと、ゴリゴリと薬研を擦り出した。

 部屋には囲炉裏の炭が爆ぜる音と、ゴリゴリと薬草を潰す音に混じり、梓が鼻を啜る音が聞こえる。

 そこへ、今度はゆっくりと戸口が開き、遅れて刹が帰ってきた。

 梓はビクっと肩を揺らした。


「ただいまーっ」

「おお、刹。ご苦労じゃったの」


 刹は荷物を置くと、紅梅に「今日の分」と、金を手渡した。

 梓は更に背を丸め、壁に頭を擦るほどに擦り寄せ、刹の視界から逃げようとする。

 刹は無言でしばらく見つめ、それから短く吐き捨てた。

 

「……阿呆か」

 

 梓はその後も一言も口を開かず、唇を噛んだままだった。


◇ ◇ ◇ 

 

 囲炉裏端では、すでに夕飯の支度が始まっていた。

 鍋の湯気が立ちのぼり、味噌の香りが部屋いっぱいに広がる。

 そこへ刹が無言のまま入ってきた。

 囲炉裏端に腰を下ろすが、刹の背中から発せられる無言の圧が双子と朔を押し潰す。

 火緒が箸を止め、ひそひそ声で隣の火弦に耳打ちを始める。

 

「なぁ……あの二人、なんか空気やばない?」

 

 火弦は刹に気づかれないよう、ちらりと一瞬だけ見た。

 

「いつものことやろ」

「いやいや、今日のはちょっとガチっぽいって。ほら梓、微動だにせんし」

 

 火緒が口を尖らせて鍋をつつく。

 朔はよすがに木の実を与えながら、苦笑した。

 

「でも確かに、今回は長引きそうかも……なんか、いつもと違う感じがする……」

「なんだー? お前らー。喧嘩でもしたのか?」

「ちょっ、玄瑞っ!」


 いつもの調子で、玄瑞は刹に絡み始める。

 朔が玄瑞の膝を叩いて止めるも、刹は全く相手にしていない。

 それどころか、刹にギロリと人睨みされ、その圧に玄瑞までもたじろぐ。


「お前……、ただでさえ目つき悪いんだから、睨むとこぇーんだよ……」

「玄瑞。刹兄は目つき悪いんやのうて、"鋭いだけ"なんやて。な? 刹……兄ぃ……」


 火緒が庇うも、刹の圧は火緒にまで飛び火する。


「火緒、庇えてへんから」

「火弦ぅ~っ」


 火緒はその刹の刺すような視線に、堪らず火弦の影に身を隠す。

 

 そのやり取りを見ていた紅梅が、団扇で火をあおぎながら大きなため息をついた。

 

「まったく、いくつになっても子供の喧嘩じゃの」

 

 鍋のぐつぐつ煮える音と、仲間たちのひそひそ声が広がる中、刹は黙々と飯をかき込む。さっさと食べ終えると、「ごちそうさま」とひとこと言い、誰の顔も見ることなく戸口へ向かう。


 バンッ!


 戸口が勢いよく閉められ、皆が肩をビクつかせた。 

 二人の間に流れる刺さるような冷たい空気に、周りの皆も、終始生きた心地はしなかった。


 ◇ ◇ ◇


 皆が自室に帰り、庵には紅梅と梓だけが残された。

 紅梅は、椀の中に取っておいた梓の晩飯をそっと差し出す。


「梓や。ずっとそうやっておるつもりかえ? 飯でも食え。少しは落ち着く」


 紅梅の言葉に、梓はようやく顔を上げた。

 目は赤く腫れ、酷く疲れた顔をしている。

 紅梅は、梓を囲炉裏端へ引き寄せると、温かい白湯を入れた。梓はゆっくりと飲み干し、ようやく一息つくことが出来た。

 

「師匠……。すみません」


 梓が掠れた声で紅梅に謝る。

 だが、紅梅はふっと鼻で笑い、椀を梓に差し出した。

 梓は一口、また一口と少しずつ味わうも、なんだか味がしなかった。


「梓や。久々の街はどうじゃった。何も変わらんかえ?」


 紅梅は、街での話を聞いてきた。

 梓はしばらく黙っていたが、「あ……」と思い出したかのように話し始める。


「師匠。桐屋へ行ってきたんですが、買取りで村人が来たんです」

「ほう。最近は村も貧相なんじゃろう。して、それが?」

「その村人、村から逃げてきたと言ってました。国から急に年貢を納めろと、野盗のような輩が押し寄せてきた……と」

「年貢? 野盗が?」

「はい。明日までに収められなければ、村を潰す……と」


 紅梅は、しばらく顎に手を当て目を閉じた。

 

「野盗が年貢を納めろと模倣して、村を襲っているのか……。はたまた、国と野盗に繋がりでもあるのか……」


 紅梅はブツブツと独りごちる。

 梓は椀を置き、眉をひそめながら、紅梅をじっと見つめる。


「どちらにせよ、その村は潰されるじゃろうな」


 紅梅は決意したかのように、言い渡す。


「明日、漁り決行じゃ。よいな。皆にはワシから伝えとくで。梓は今日は、ここで寝るがよい」

「あ、でも、師匠。村の場所までは聞いていなくて……」

「心配には及ばん。情報というものは、流れるからの。それより、今日はもう休め」


 紅梅の何も触れぬ優しさに、梓は身体からやっと力が抜けた。

 そして、もう一つ。忘れていた事を紅梅に告げる。


「あ、そうだ。あの、師匠。桐屋の爺様が『紅梅ちゃんによろしく』と、言っていたそうです」


 ぶほぉーッ!!

 

 紅梅が飲んでいた茶を勢いよく吹き出し、囲炉裏から煙が上がる。

 もくもくと上がる煙に二人は咳き込んだ。


「ごほっ。師匠、そんなに驚かなくても……」


 梓が紅梅を見ると、両手を頬に添えて顔を赤らめていた。その姿たるや、さながら乙女そのもの。

 梓は見てはいけないものを見てしまった気がして、顔を下に背ける。


「すっ、すみませんっ! そんなに驚くなんて……」

「どこまで聞いた……?」

「へ?」

「どこまで聞いたかと言うておる!」


 紅梅は顔を真っ赤にしながら、梓に頭ごなしに怒鳴る。


「えっと……。昔、爺様の初恋の相手が師匠だったと律さんが……。その事で懇意にさせてもらっていると」


 紅梅は、小さく「律め……」と呟き、拳を握りしめる。……と、同時に余計な話は伝わっていないと悟り、安堵する。


「『たまには顔を見せてください』と言っていましたよ?」


 梓の伝言に観念したのか、紅梅は落ち着きを取り戻し、静かに話し始めた。


「桐谷家は、我が鬼頭家と並ぶ二大名家じゃった。ワシらの里は、代々忍びの家系。お互いに惹かれあっても、家を潰す訳にはゆかぬ。お家を繋げるためには、一緒にはなれんじゃった……」


 紅梅はどこか遠くを見ながら、懐かしむ。


「里が攻め入られて、皆が散り散りになった時、あ奴らも行方がわからぬ事になっての」


 梓は紅梅の昔話に、胸がズキリとした。


 (もし、俺たちも離れ離れになってしまったら……)


 そう考えずにはいられなかった。


「しかし……、まさかこんな近くで店を営んでおったとは! しかも、あんなにデカくしよって!」


 紅梅は自分との貧富の差に、苛立ちを隠せない。


「最初あの店を知らずに尋ねた時は、腰を抜かしたわい! 里が無くなったとは言え、今更、あやつの元になど行けるか! 後妻など、ワシの誇りが許さぬ!」

 (あぁ、怒りの原因後妻(そっち)か……)


 梓は紅梅が、『二番手は嫌だ!』と駄々を捏ねている姿につい自分を重ねてしまい、少し恥ずかしくなってしまった。


「とにかくじゃ。明晩、漁りに出るぞ」


 梓は、胸に重苦しい物を抱えながら、小さく頷いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ