伍 おなじ街、ちがう景色
その日、刹と梓は、先日作った薬を売りに街に来ていた。
もう秋だというのに、まだ日差しは容赦なく照りつける。
通りを行き交う人影もまばらで、どこか気だるい静けさが残っていた。
そんな中、二人は並んで歩いていた。
刹は背に薬の包みを担ぎ、前を見たまま淡々と足を進める。
その隣で、梓はわずか後ろを遅れて歩いていた。
「……なぁ」
「……ん?」
刹が梓に話しかけるも、素っ気ない返事が返ってくる。
「いつも思うんだけど、お前、街に来るの嫌なわけ?」
「べつに……」
梓がどことなく、つまらなそうにしているのが分かる。
刹の頭の奥に、何か引っかかるものがある。
けれど、それが何なのか、うまく言葉にできない。
「なんか、いっつも不機嫌だしさぁ。無理についてこなくても、いいんだぞ?」
刹の文句とも気遣いとも取れる態度にも、梓はちらりともこちらを見ない。
いつもなら、横に並んでいる梓が、街に行く時だけは少し距離を置く。
「気にしないで……」
小さくそう言って、梓は視線を逸らした。
(なんか、ツンケンしてるんだよなぁ……)
◇ ◇ ◇
刹と梓は贔屓の薬問屋を訪ねていた。
「こんにちは。結さん、刹です。薬を売りに来ました」
店先で声をかけると、奥から暖簾を押し分け、白い前掛けが良く似合う娘が出てきた。
「まぁ、刹さん。梓さんも。いらっしゃい!」
「……こんにちは」
明るい結の声とは打って変わって、梓はぶっきらぼうに返事を交わす。
「そちらの薬、とても評判がよくて。切らしてたから、丁度よかったわ」
「そうなんですね。 なら、本当にいい時に持ってきたみたいで、よかったです!」
刹は背筋を伸ばし、笑顔で丁寧に頭を下げた。
その声音は、普段の仲間に向ける粗暴な調子とはまるで別人だった。
(なんだよ、その態度。やっぱりこの女に気があるのか? 毎度、鼻の下伸ばしやがって……)
梓は心の中で毒づく。
だが、刹と結は、二人だけで世間話を楽しんでいる。
(刹の奴っ! 結とそんな楽しげにすんな!)
「そうなんです! 刹さんの持って来られる薬は分かりやすくていいんですけど、この南蛮から取り寄せた薬は効能書きが必要で……」
(刹さんのってなんだよ。俺もいるし! 大体薬は俺が作ってるんだからなっ!)
梓は、興味本位に茶色い瓶に入った液状の薬を、手に取って眺めた。
「ふーん。これは……。1回に匙何倍分かを水で希釈して飲むやつだね」
「ええっ! そうです、そうです! だから、効能書きが無いと分からないのに、この見本の1枚しかなくて。なかなか売れないんですよね……」
梓が一目で薬の処方を見抜き、結は目を丸くして驚き、すぐさま肩を落とす。
(ふんっ。大袈裟な女だな……)
「書付を沢山書き写さないといけないのですけど、私、字が下手で。なかなか上手くいかないんです……」
しょんぼりする結に、刹が「それはお辛いですね」と優しく声がけをする。
二人のやり取りを見た梓は、刹に皮肉たっぷりに言葉をぶつけた。
「刹。書いてやんなよ。いつも師匠に、本の書き写しさせられてるじゃない。そのぐらい、簡単でしょ?」
(ほらほら、刹。いつもみたいに『めんどくせーから、やだ』って言いなよ)
だが、梓の期待とは裏腹に、刹は快く「いいけど?」と答えてしまった。
結は、無邪気に顔をほころばせ、刹の手を取ると、早速机の前に座らせる。
梓は結の前では完璧な愛想を振りまきつつ、心の中で刹を八つ裂きにしていた。
「梓、少し時間が掛かるから、律さんの店にでも行ってろよ」
「あ……、うん。わかった」
梓は確かな敗北感を引きずりながら、律の店へと足を向けた。
薬問屋から追い出された梓は、とぼとぼと街並みを見ながら歩いた。
何度も来ている街なのに、何故か知らない街のように感じた。
――大店 桐屋。
「ほんと、いつ来てもデカいよなぁ。なんか、入りにくい……」
梓は、この店に来るといつも身構えてしまう。
やはり、引き返そうかと背を向けた途端、店先から軽やかで艶やかな声が飛んできた。
「あれ? 梓くん? 今日は一人?」
「あー、律さん……」
梓は店主の律に見つかってしまい、逃げ出す機会を逃してしまった。
店の中に通され、お茶を出される。
律は長椅子に座る梓の向かいに座ると、にこやかに話し始めた。
「このあいだは、双子くんと朔くん達が色々持ってきてくれたよ」
「あー……、そう……でしたね」
梓は店の雰囲気にソワソワと落ち着かない。たじろぎながら律と話すが、律はそんなことは一切気にせず、弾丸のように話しまくる。
「薬売りにきたの? 刹くんと? へー。刹くん今、薬問屋で仕事してるんだ? 梓くん、待たされてるわけか。待つのも大変だよね?」
梓は律に気圧され気味になりながらも、何とか答え、茶を啜り間を持たせる。
「ところで。紅梅さまは、お元気?」
急に律の声が落ち着き、冷静になる。
「あ、はい。師匠は相変わらずです。元気すぎるぐらい元気ですよ」
「そう。それはよかった。うちの爺様が気にかけていてね。なんせ、初恋の人だから……」
律の言葉に思わず茶を吹き出し、むせた。
律が慌てて、梓の背中を摩る。
「い、今。なんて……?」
「ごめん、ごめん。驚かせちゃったね。実は、そういう事なんだ。『紅梅ちゃん、紅梅ちゃん』ってうるさくてね? だから、贔屓にさせてもらってるってわけ」
梓は昔から桐屋とは懇意にしていると紅梅から聞いてはいたが、まさかそのような事とは思わず驚きを隠せなかった。
桐屋の爺様がどんな人かはわからなかったが、紅梅を想像しただけで、何故か寒気がする。
「こんな事、刹くんはウブそうだし、双子くんや朔くんはまだ子供だから話せないし、梓くんになら話してもいいかな? ってね?」
律は茶目っ気たっぷりに口元に人差し指を乗せる。「ナイショ」ということなのだろう。
梓は言葉も出せず、ただただ頷くしか出来なかった。なんだか、どえらい秘密を握ってしまった気がして、梓の心はさらに揺さぶられた。
そんな話をしていると、一人の貧相な男が麻袋からガラクタを出して、買取を願い出ているのが目に入った。
「おねげえします。これを買い取ってくだせぇ。村が野盗に潰されそうで、逃げてきたんでさ。金がないと、生きていけねぇ……」
やり取りを見ていた律が立ち上がると、男に近づき、品定めをする。
店の者に何やら話をし、金を男に渡すと、男は何度も頭を下げ店から出ていった。
「やぁ、ごめんね。何やら、村が潰されそうなんだって。野盗が年貢の取り立てに来たって」
「はぁ? 野盗が? ……なんで?」
「さぁ? それはわからないけど、明日までに年貢が収められなかったら、村を潰すと言われて逃げてきたそうだよ?」
律の言葉に、梓の顔が険しくなる。
「律さん。ご馳走様でした。また、来ます!」
「梓くん? 紅梅様に、たまには顔出すように伝えといてねー!」
梓は店先で叫ぶ律を置いて店を出ると、そのまま、まっすぐ刹の元へ向かった。
「せっ……つ」
店先で刹を呼ぼうとしたが、何やら楽しげな二人の会話が聞こえ、気がつけば、二人に近い窓際で聞き耳を立てていた。
刹は机に向かい、筆に墨を含ませ、軽快に紙へと走らせている。
その筆運びは無駄がなく、驚くほど滑らかだ。
町娘は感心したように見つめていた。
「……左利き。やっぱりいいですね……」
「え?」
刹が結の顔を見ると、ウットリした目で語り出した。
「右利きって、紙に文字を書くと擦れる時ありますでしょ? 左利きだとそれがないので、書き損じ以外、紙が汚れることが無くていいじゃないですか。なんて、うらやましい……」
結のよく分からない恍惚とした顔に、刹は「はぁ……」とだけ返事をし、手を止めることはない。
梓は窓の外で額を押しつけながら、イライラが増す。
(……なんだ? あの女のウットリした目は……! 何話してんだ!?)
やがて効能書きを書き終え、刹が筆を置く。
書き上げた紙を差し出すと、結は深々と頭を下げた。
「ありがとうございました。本当に助かりました。私、すぐに墨を擦ってしまって、何度書いても綺麗に書けないんですよね……」
結は「はぁ……」と溜息がちにお礼を言った。
「また必要なら声をかけてください」
刹は柔らかく応じる。
(……また? またって言ったか? 次もやる気満々じゃないかっ……! なんなんだよ……)
梓は頭を抱え、掻きむしりながら思わずその場にしゃがみ込んだ。
結が仕事料を渡そうとすると、刹は「正式な依頼ではないので、次から頂きます」と断った。
(お前~ッ! ちゃんと受け取れよなッ!)
梓は心頭に来ていたが、ふと我に返り、刹を迎えに行く。
「刹! 帰るぞ!」
「うわっ! 梓、どうしたっ!?」
いきなり店に入ったかと思うと、梓は刹の手首を掴み、ずんずんと引っ張って歩く。
「また、お願いしますねぇ~」
その背後で、結はにこやかに手を振っていた。




