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まほろばー流転奇譚ー  作者: 雨音かえる
再生之段

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四拾壱 玄瑞の記憶 其の弐

 夢の中で、玄瑞は父と母と一緒にいた。

 ここがどこかも分らないが、温かく心地がいい。


「玄瑞。お前、本当によく頑張るね。母さんとっても助かるよ」

「そうだな。お前はもうすぐ兄になるんだからな。下の子の分まで頑張らないとな」

「うん。俺、もうすぐ兄貴になるんだよな。楽しみだなぁ」

 

 母のお腹に耳をつけながら、母に頭を撫でられる。


「さて、そろそろ行かないとな。玄瑞、行くぞ」


 父が手を差し伸べ、母がお腹を支えながら歩く。

 玄瑞が手を差し伸べた瞬間、父も母も遠くへ行ってしまう。


「待って! どこ行くんだよ! 置いてかないでっ!」


「玄瑞、早く行くぞ」

「ほら、玄瑞。おいで」


 追いかけようとしても、足が地に縫い付けられたように前へ出せない。

 父と母は、どんどん遠くへ吸い込まれるように、次第に遠のいて消えた。


「待ってっ! 父ちゃん、母ちゃんっ! 俺も行くっ!」

「玄瑞……、玄瑞っ」


 ◇ ◇ ◇


 

「玄瑞っ! 玄瑞っ!」

「待って……」

 

 玄瑞は涙を流しながら意識が戻り、伸ばした手は空を切っていた。

 父と母の夢など、あれから一度も見たことなどなかったのに……。なぜ今更。

 感覚がはっきりとするまで多少時間がかかったが、市馬が玄瑞の体をゆすって名前を呼んでいたので、これが現実なのだとわかった。

 体を起こそうとするも、頭がやたらふわふわぼんやりとし、体に力が入らない。


「玄瑞。お前、大丈夫か?」


 市馬が心配そうに顔を覗き込む。


「市……馬?」


 意識がはっきりしないながらも、市馬の事はすぐにわかった。


「父ちゃんと母ちゃんが……」


 玄瑞は未だ夢か現かわからない、丁度その境界を漂っているかの様だった。

 市馬が濡れ手ぬぐいを玄瑞の額に乗せた。


「市馬。……ここは?」


 見たことのない天井が目に映る。

 なぜ自分がここにいるのか。最後の記憶を手繰り寄せ、少しずつ脳裏に蘇る。


「あの時、俺たちいつもみたいに旅人を襲っただろ? あの爺さんすっげぇ強くてさ。俺たち逆にやられたんだよ。爺さんが言うには、『二人も暴れられちゃ、手の付けようがないッ!』ってんで、手近にいたお前を薬で眠らせたんだと」


(爺さん? 誰の事だ? あの……旅人?)

 

 市馬が詳しく説明してくれたが、いかんせん、ぼーっとして頭が働かない。

 玄瑞は、「ふー」っと息を吐くと、その重い体を布団に預けた。


「どうじゃ? 目が覚めたか?」


 どこかで聞き覚えのある声が聞こえる。


(この声。あいつか)


 玄瑞は、「もう、どうでもいいや……」と再び眠りについた。


 

 ◇ ◇ ◇



 玄瑞が次に目が覚めた時、見知らぬ老婆が布団の脇に座っていた。

 老婆と言っても、まだ初老と言った風情。


「目が覚めたかぇ?」


 老婆は玄瑞の顔を覗き込むと、目の前手で軽く手を振る。

 

「ふむ。ちと、薬が効きすぎた様じゃの。これを飲みなさい」


 玄瑞は老婆に支えられながら、ゆっくりと体を起こし、湯呑を渡された。

 飲もうとするも、恐ろしく苦々しい臭いが鼻を突く。


「うっ……。なんだ。この匂い」


 玄瑞は思わず老婆に付き返すと、老婆も再び突き返す。


「気付けじゃ。飲んでおけ。直に頭もはっきりとしてくる」


 玄瑞は渋々その薬を口にしたはいいものの、あまりの苦さに一口しか飲めなかった。

 老婆は不満げに鼻を鳴らしたが、「まぁよいじゃろう」と湯呑を下げてくれた。

 たった一口とはいえ、苦みが口の中に残り、頭も次第にはっきりとしてくる。


「まずい……」


 玄瑞は舌を出し、口で呼吸をしながら苦みを紛らわせた。

 そして、傍に市馬がいないことにふと気づく。


 「市馬……。ばぁさんっ、市馬はっ? 市馬はどこだ!?」


 慌てふためく玄瑞の肩を押さえ、落ち着くように促した。

 

 ――市馬がいない。


 それだけで、玄瑞の心は焦りと不安で埋めつくされる。

 息を荒げ、肩に力が入り、あたりを見回す。


「大丈夫じゃ。あの小僧は今、たらふく飯を食ろうておる。心配せんでもええ」


 老婆の言葉に、さらに不安が過る。

 昔、村でもてなされ、売られそうになったことを思い出した。


「ばぁさん。俺たちをどこに売り飛ばす気だよっ! そんなこと、ぜってぇさせねぇからなっ!」


 玄瑞は今出せる、ありったけの声を張り上げて、老婆に掴みかかる。

 老婆は落ち着いて、ゆっくりと玄瑞の手を掴み、ふふっと笑う。


「お前らのようなガキ共。売り飛ばしたところで何になろうか。二束三文にしかならんぞい」


 老婆の言葉に、玄瑞は掴んだ胸倉を手放し、「ごめん」と呟いた。

 

「ワシは、紅梅(こうめ)。薬師をしておる。ここは、常葉の里。忍びの里じゃ。本来、下界の者は入れぬところ。久造が何を思ったか、拾ってきてしまっての。あぁ、久造というのは、お前らを連れてきたあの男じゃ」

「忍びの……里?」

「左様。おぬしらは、今日からこの里の人間として生きるのじゃ。よいな。どうせ、行く当てもなかろう」


 老婆の言葉に戸惑いを隠せなかった。

 無理やり連れて来られて、「この里の人間になれ」など、おかしな話だ。

 玄瑞は隙を見て、市馬を連れて逃げようと思った。だが、それも一瞬の事で、老婆の言葉で打ち消された。


「この里から出ようなどとは思わぬことじゃ。抜け忍は”死罪”じゃからの」


 ”死罪”――死。


 玄瑞の中に重くのしかかった。

 どこに行っても、抗うことのできない”死”という言葉。

 自分はどうなってもいい。だが、市馬を死なせたくない。

 ただ、それだけが玄瑞の中で強く根付いた。


 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 それからというもの、玄瑞と市馬は紅梅と久造に鍛え上げられ、忍びの道を歩み始めた。

 字を習い、兵法を学び、鍛錬に励む。時には戦場(いくさば)にも狩り出された。

 言われるがままの日々をこなし、眠りにつく。

 毎日がその繰り返しだったが、唯一よかったのは、市馬と一緒に居られる事。それからもう一つ。飯をたらふく食べられる事だった。

 市馬とは義兄弟でもあり、よい好敵手(ライバル)でもあった。

 玄瑞が戦で敵将の首を取り、軍配が上がれば、市馬が手放しで褒めてくれた。

 だから、多少無理をしてでも頑張れた。

 玄瑞は市馬から褒められると、この上ない喜びと幸福感に満たされた。

 

 

 年頃になれば、二人は町へ繰り出し、色町通いなんてこともした。

 酒を飲み、女と遊び、馬鹿をやっては紅梅に叱られ、久造に笑われた。

 玄瑞にとって、こんな毎日が続けばいいのに……とささやかな夢が出来た。


 

 玄瑞と市馬が十八になった頃。市馬に滝裏に呼び出された。

 

「話ってなんだよ。あらたまって、気色わりぃなぁ」

 

「玄瑞。俺、里を出るわ」


 …………。

 

「……え?」


 市馬の言葉に玄瑞の視界が真っ白になり、滝の轟音は頭の中でかき消された。

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