四拾 玄瑞の記憶 其の壱
――夜明け前。
それは、唐突な出来事だった。
他国の足軽たちが、鬨の声と共に、村に火を放ち押し寄せてきた。
あちこちで悲痛な叫び声が上がり、荒くれた男どもの容赦ない怒声が飛び交う。
手あたり次第火を放ち、女、子供を連れ去り、村の男衆は太刀打ちできるわけもなく、刃の前に地に伏した。
家々に火が回り黒煙が上がる中、玄瑞は家の影に隠れながら、幼馴染の市馬の家を目指した。
父も母も殺られてしまった。後ろ髪を引かれながらも振り返ることなく、玄瑞は市馬の元を目指した。
市馬と玄瑞は、生まれた頃から一緒にいる。もはや、兄弟、家族と言っても過言ではない存在だった。
「市馬ぁーッ! 市馬-ッ!」
玄瑞は黒煙にむせながらも、必死に市馬の姿を探した。
市馬の家にたどり着いたとき、家は炎に巻かれ、今にも崩れようとしていた。
「嘘だろ……。市馬ッ! 市馬ッ!」
力の限り叫んだ。叫んでも、叫んでも返事は返ってこない。玄瑞は、もう市馬はいないのだと思うと、急に体の力が抜けてしまい、その場にへたり込んだ。だが、それが却って仇となってしまった。
敵国の足軽に、その声を聞きつけられ、玄瑞は捕まってしまった。
「離せっ! 離せよ――ッ!」
玄瑞は手足をばたつかせ抵抗し、足軽の足を思い切り蹴った。その腹いせに腹を思い切り殴られ、一瞬息が出来ずにその場に膝をついて体を丸め蹲る。
「くっそッ。こいつ、俺の足、蹴りやがったっ! ガキだからって容赦しねぇぞッ。どうする? こいつ」
「まぁ、ガキの一人ぐらい殺ったって、変わりねぇだろ? どうせ、十文、二十文にしかならねぇんだからな」
「そりゃそうか」
足軽どもは笑いながら、腰に差した刃を抜く。
痛みに耐えながら顔を上げると、玄瑞の目に刃が飛び込んできた。
(殺られるッ)
思わず目を瞑ると、体に痛みが走る代わりに、足軽の「ぎゃーっ」という叫び声が耳に突いた。
「こんのクソガキっ! 何しやがった!」
「目がっ! 痛え! しみるっ!」
恐る恐る目を開けると、足軽どもは目を押さえ、その場でのたうち回っている。
すると次の瞬間、玄瑞の腕が引っ張られ、無理やり立ち上がらせる者がいた。
「市馬ッ!」
市馬だった。てっきり死んだと思っていた市馬が目の前にいる。自分の手を引いて、前を走るその姿は間違いなく市馬だ。玄瑞の目に思わず涙が溢れ、視界が歪む。
「へっ! 俺様特製、塩爆弾をお見舞いしてやったぜっ!」
市馬は得意げに言うと、振り返り、手を引く玄瑞を見た。
「お前、何泣いてんだよ」
「泣いてねぇよっ! 目から鼻水がちょっと出ただけじゃねぇかっ!」
「目から鼻水なんか出るか! 阿呆!」
市馬は笑い飛ばしながら、玄瑞の手を引いて走った。
とにかく、走って、走って、村が見えなくなるまで玄瑞の手を離すことはなかった。
◇ ◇ ◇
「はぁ……、はぁ……。ここまでくればもう追って来られないだろっ」
「多分、大丈夫だと思う」
玄瑞と市馬は、肩を激しく上下に揺らし、少しずつ呼吸を整えた。
呼吸が収まると共に、村が襲われ、両親が殺され、もう二度と会えないのだという実感が込み上げてくる。
「ぐすっ……。父ちゃん。母ちゃん」
玄瑞は鼻を啜り、かつて村があったであろう方角を見た。
遠くに黒煙が上がり、あの辺りに村があったのだと一目でわかった。
「玄瑞……。泣くなよ。俺まで泣くだろっ」
「だってさ。父ちゃんと母ちゃんに……もう、会えないんだ。村のみんなにも……」
「やめろよっ! 玄瑞! 俺が……いるだろッ!」
二人は遠くに立ち上る黒煙を見ながら、わんわん泣いた。泣いて、泣いて、声が枯れるまで泣きじゃくった。
そして、二人は手を繋いで道を歩いた。
◇ ◇ ◇
「とりあえず、今夜の寝床を探さねぇとな」
「そうだな。この辺り来たことねぇから、イマイチよくわかんねぇんだけど。どうする?」
「どっか、村があったら、そこでなんか食べさせて貰おう」
市馬と玄瑞は、道なりにひたすら歩き、空が茜色に染まる頃に村をひとつ見つけた。
その村からは、夕飯の香しい匂いが風に乗ってやって来る。
「行こう!」
玄瑞は市馬に手を引かれ、村へと駆けた。
村人は、二人から事情を聞きつけると、家に招き入れ飯を与えてくれた。
「優しい人達でよかったな」
「そうだな」
二人は粗末だが、温かい飯を食い、その日はその家で眠りについた。
市馬は、夜中。村人の話す声で目が覚めた。
「あいつら、いくらで売れるかね」
「さぁ? どうだろうな。単に下働きの奴隷としてなら十文から二十文。その手の店に売りゃ、百文は固いんじゃねぇか?」
市馬は急いで玄瑞を揺すり起こし、村人が寝静まった頃を見計らって、こっそりと家から抜け出た。
市馬は家から出る際、持てるだけの食料を懐に入れた。
玄瑞も同じように持てるだけ持った。
闇夜に紛れて走り、峠を上り、崖近くの窪んだ所に腰を落ち着けた。
「やっぱり、根っからの善人なんて、この世にいるわけねぇんだ」
「そうだな。市馬がいて、助かったよ。やっぱりお前がいないと。俺だけだったらきっと今頃、もう死んでるか、売られてるかだったよ」
「まぁな。お前には俺がいる。俺にもお前がいる。二人いれば、なんとか生きてけるって」
市馬は、ニカッと笑う。
強気な市馬に、玄瑞はいつしか惹き付けられていた。
自分も強くなりたい。でも、強くなれない。
強い市馬が傍にいるだけで、強くなれた気がした。自分に自信が持てた。
――二人なら生きていける。
市馬の言葉に、安心を覚えた。
◇ ◇ ◇
それからは、生きるために何でもやった。
村から食料や着物を盗み、武器として鉈や包丁を手に入れた。道行く人も襲った。
野山で木の実を取り、小動物を狩り、屠った後貪り食う。
最初は抵抗があったものの、次第に慣れていった。
最初に見つけた崖の窪みは少しえぐれており、人目に付くこともなかった。
雨風も多少はしのげた。
寒い冬は、盗んだ筵で体を覆い、二人で身を寄せあった。
生活は酷いものであったが、玄瑞は市馬がいるだけで幸せだった。
三度目の春を迎えた頃、街道をゆく一人の男がいた。
その男は頭巾で顔を覆い、菅笠を深々と被り、目だけを出している。
「なぁ、あいつ普通の旅人とはなんか違わねぇ?」
「でもよ、荷物は沢山背負ってるんだ。何かしらいいもんはありそうじゃねぇか?」
玄瑞は男を見て訝しげに思うも、市馬は荷物に目が眩む。
普通の旅人のようには見えなかったが、いつものように市馬と二人で襲いにかかった。
だが、やはり玄瑞が懸念したように、いつものようにはいかなかった。
男は驚きもせず、市馬の攻撃をいとも簡単に躱し、武器を持つ手に手刀を食らわせる。
「ぐっ……」
市馬が痛みに顔を歪ませ、その場に蹲った。
「市馬ッ! くそっ! こいつ!」
「やれやれ。めんどくせぇな」
玄瑞が男に鉈で襲いかかると、持ち手を掴まれ体を羽交い締めにされる。
「すまねぇ、少し寝ててくれ」
男が懐から出した布で鼻と口を覆われると、花のようないい香りがし、だんだんと眠気に襲われる。
「あ……れ?」
玄瑞の体から力が抜け、かくんと落ちた。
「玄瑞っ! 玄瑞っ……」
(市……馬……)
遠くに聞こえる市馬の声に、玄瑞の意識は、闇の中へと落ちていった。




