参 庵の夜
「村じゃすでに、複数の野盗達が斬り合ってたんだよ。まぁ、その隙に貰うもんは貰えたけどな。だけど、毎度アレじゃあなぁ」
囲炉裏の火が、ぱちりと小さく弾け、静けさに余計に響く。
朔と梓が奥の部屋から戻り、刹がよそった雑炊の椀を手渡した。
刹は自分の椀を手にしたまま、しばらく黙っていたが、やがてぽつりとこぼす。
「なんかさ。……最近、野盗が増えてる気がする」
その一言で、部屋の空気がわずかに揺れた。
双子の手が止まり、刹の顔を見る。
「せやなぁ。確かに最初のうちはそんな見かけんかったけど……」
「最近、野盗同士の小競り合いによぅ出くわすしなぁ」
朔は黙ってよすがの背を撫でると、よすがは朔の顔を見上げた。
「そりゃあ……まぁ、あれだけ村が潰されにかかっとればな」
「流民も増えとるみたいやし……」
火緒と火弦が言葉を濁す。
「村を立て直すには、金も労力もかかる。確かに、そんな事するぐらいなら、野盗にでもなって盗んだ方が楽だし早いよね」
梓は、それを、さも当たり前かのようにさらりと言う。
刹は続けた。
「そうだな。俺らも似たようなもんだけどな」
軽く笑いながら言う刹に対して、誰も言葉を返さなかった。
囲炉裏の火が、またひとつ弾けた。
玄瑞が酒を口に運びながら、横目で刹を見る。
「お前から見て、どうだ?」
刹は少しだけ視線を落とし、椀の中を見た。
白く濁った汁に映る自分の顔が、かすかに揺れている。そこに映る顔は、歪で、まるで今の自分そのものを表しているようだった。
「……今はまだいい。ただ、国が潰しにかかった村を漁っているだけだ。これが、アイツらと同じように、快楽に変わり始めたら……」
「アイツら……って? 誰のこと?」
刹は梓の問いに、一瞬ハッとし、言い淀んだが、そのまま続けた。
「あ、いや。今見る限りじゃ、狙われているのは何故か村ばかりだ。大きな街は一つも狙われてねぇ」
双子と朔も、珍しく真剣に刹の話に耳を傾けている。
「潰された村の奴らが野盗になり下がって、廃村じゃなく、街なんかを襲い始めてみろ。俺たち食いっぱぐれて終わりだぞ? 盗んだもの、どこで買い取ってもらやいいんだ」
紅梅は煙管を吹かし、煙を長く吐き出した。
「ほんに。刹の言う通りじゃの。人が人をどんどん殺め始めれば、もはや生活どころではなくなるわい」
紅梅は、また一つ煙管を吹かす。
そして、皆にキツく言葉を言い渡す。
「ワシらは、漁りは行うし、これからも続ける。じゃが、命だけは決して奪ってはならん。例え、それが野盗相手じゃろうがな」
「逆に襲われたらどうしたらええん!?」
火緒の言葉に皆の目線が紅梅に集まる。
「そういう時は、怪我だけ負わせて逃げてこい。とかく、足を狙うんじゃ。足を狙えば、それ以上は追えん」
「ばあちゃん。時々、えらい玄人っぽい事言い出すから怖なるわ!」
「なぁに。昔取った杵柄よ」
「昔、なにがあったんよ……」
火緒と火弦が縮こまり、周りから軽く笑顔が戻る。
「とにかく、ワシらは変わらず漁りをする。頂く物は頂き、使えるものは代わりに使い、売れるものは売って金にする。それが、ワシらの生き方じゃ。じゃが……」
珍しく紅梅は、刹に渋い顔をし、物々しく告げる。
「刹よ。それはそうと、お前、いい加減仕事を見つけてはどうじゃ。お前も十七。元服してから大分と経つ。そこの穀潰しの二の舞にはなりたくなかろう?」
紅梅は玄瑞を煙管で指し、刹共々釘を刺す。玄瑞は知らん顔で酒を煽り、刹は図星を突かれたように焦った。
「俺は、ほら! 漁りの指揮も取ってるし、庵の手伝いもしてんじゃねぇか! 梓だって、もう十六だ。元服してるのに、まだ外に働きに出てねぇだろ?」
刹はこれみよがしに梓を引き合いに出すも、それが返って仇となる。
「俺は、薬作って街に売りに行ってるから、仕事してるのと変わらないし」
梓の言葉にたじろぐ。
「じゃ、じゃあ! 双子は! アイツらだって……」
勢い余って、双子に火の粉が飛ぶ。
「俺らまだ十四やし。元服来年やから、まだ時間あるし!」
「刹兄。無職はヤバいんとちゃう?」
「じゃ、じゃぁ! 朔っ……」
「朔は、俺らより下やから論外やろ」
双子にも正論を言われ、刹は「こんな話じゃ無かっただろ……」と、ガックリと肩を落とした。
その傍らで、「俺たち仲間だな」と言わんばかりに、玄瑞が「にっ」と刹に笑顔を向けた。
「時代は移り変わる。戦の世も、じきに終わりを告げるじゃろう。そうなった時、漁りではもはや生きては行けん。手に職は、持っておかねばな」
◇ ◇ ◇
夜も遅く、雲が月を覆う。
庵の周囲を闇が包み込み、刹は離れの自室に帰ると、寝支度を始めた。
外はぽつりぽつりと、葉に雨粒が当たる音が聞こえ始める。
「今夜は湯には浸かれそうもねぇな……」
外を眺めていた刹が戸口を静かに閉め、土間にある竈門で湯を沸かし始めた。
竈門に薪を焚べると、熱で汗が滴り落ちる。
刹は框に腰をかけ頬杖をつくと、雨音を聴きながら湯が湧くのを待つ。
しばらく物思いにふけり、ふと笑みをこぼした。
すると、ガラリと戸口が空く。
「何してたの? 思い出し笑いなんてして」
庵の台所の片づけを済ませた梓が、部屋に入ってくるなり刹に尋ねた。
「うん? ……ちょっとな」
「なに? 教えてよ」
「いや、今のこういう生活が、ずっと続けばいいなぁって」
ほくそえみながら、梓に応える。梓はその笑みに何かを勘ぐる。
「刹。仕事は探さないと駄目だよ?」
「またその話かよっ。わかってるって。いきなり、現実に戻すなっての!」
梓は「ふふっ」と笑うと、「ごめん、ごめん」と謝り、刹の隣に腰を掛けた。
「でもさ、いざとなったら俺が薬で稼ぐから」
「はぁ? そういう問題じゃねぇだろ」
いきなりの梓の言葉に、思わず顔を赤らめた。
そして、そこからは梓の勝手な妄想が繰り広げられる。
「もし、刹が仕事見つけられなくてさ。俺が薬作って、一緒に薬草取りに行ったり、街に薬売りに行ったりして……そんで」
「おい、梓」
こうなったら梓の妄想は止まらない。
「うん。それもいいな。稼ぎは少なくても、のんびり暮らしていけそうだし……。刹の面倒を俺が見るのかぁ。なんだか、夫婦……」
「梓っ!」
刹が梓の妄想を遮るように、軽く諌める。
「あのな、梓。俺、ちゃんと仕事見つけるし。お前の世話にはならねぇから」
ピシャリと言い渡された梓は、先程の刹を彷彿させるかのようにガックリと肩を落とした。
「そんなガッカリすることか? おかしな奴だな」
(大体、男同士で"夫婦"はねぇだろ)
刹は鼻で笑うと、桶に湧いた湯を取り、手ぬぐいを浸す。
「だって……。刹とずっと一緒にいたいんだもん……。それに、子供の頃、約束したし……」
梓は小声でブツブツといじけている。
刹は「なんのこっちゃ」と、熱い手ぬぐいで顔を拭いた。
「あーあ。今日は漁りに出たから湯に浸かりたかったなぁ……」
刹は、服についた匂いを嗅ぎ、嫌な顔をする。
「そうだねぇ、河原の出湯は雨が降るとねぇ?」
梓は興味なさげに、台詞の様に棒読み口調で言った。明らかに不貞腐れているのがわかる。
「ほら、アイツら呼んでこいよ。体拭いて寝るぞ。明日も早いんだからな」
あっさりとそう言う刹に対して、梓はふくれっ面で双子と朔を呼びに行った。




