弐 よすがと連れて帰るもの
刹が無造作に掴みあげると、そいつは指に思い切り噛み付いた。
「いってぇーッ!」
刹は思わず投げ出すと、そいつは宙を舞って、再び朔へ目掛けて飛んできた。
「うわっ」
朔は反射的に後ろへ倒れ込み、避けようとする。次の瞬間、頭の上に軽い重みが乗った。小さな爪が髪に絡みつき、ジタバタとしている。
「いたたたたたっ!」
爪に絡まった髪が引っ張られ、朔は痛さに悶絶した。
半泣きになりながら恐る恐る手を伸ばすと、それはモチモチとしていて、柔らかくて暖かかった。
「え? なに!? 動物っ!?」
その言葉に、双子が朔に群がる。
「なんなん? そのちっこいの! めっちゃ可愛いやん!」
「ももんがの子供やな。やけど、白いももんがなんて珍しいんとちゃう?」
火緒ははしゃぎながら、爪に絡まった朔の髪を解き、火弦はじっくりと観察する。
「こんの小動物がぁッ! 鍋に入れて食ってやろうかッ!」
「はいはい。じっとして」
指を噛まれた怒りで荒らげまくる刹が、腰の小太刀に手をかけるも、梓がその指に布を巻きながら宥める。
「あれ?」
朔はももんがが身体を丸め、震えているのに気づいた。よく見ると、片方の後ろ足が垂れ、毛の間に赤い色が滲んでいる。
「……怪我してる」
「どれ? どれ?」
「あ、ほんまや。血ぃ出とるな?」
火緒がももんがの足を触ろうとすると、痛いのか「ギコギコ」と小さく鳴き、威嚇する。
朔はももんがを見つめた。
「痛くないよ」
黒い大きな目がじっと朔の顔を見上げたかと思うと、「しゅー、しゅー」とか細い声を漏らした。
朔は思わず息を詰め、それから、そっと笑った。
「……怒ってない、よね?」
指先でそっと背中をなぞると、ももんがは小さく身をすくめ、それからまた「しゅー、しゅー」と喉を鳴らした。
「怖かったんだよね……」
朔は優しく手のひらを体に当てると、小さな心臓がドクドクしているのがわかった。
「なぁ、梓。このももんが怪我しとるわ。見たって?」
「わかった。庵に帰ったら見るよ」
梓の言葉に、朔は耳を疑った。
「連れて帰っても……いいの?」
「仕方ないだろ? ねぇ? 刹」
刹は噛まれた指に巻かれた布を見ながら、あからさまに不機嫌な顔をする。だが、梓に脇腹をつつかれ、渋々頷いた。
「お前が……自分で世話しろよ」
「うん」
「最後までだぞ」
不貞腐れながら言う刹に、朔は強く頷いた。
「あ、そうだ!」
梓が、両手をパンと合わせ、わざとらしく思いついたかのように言う。
「名前、決めないとねっ」
朔は、ももんがを見下ろした。
ももんがはキョトンとした顔をしている。
「えっと、えっと……。じゃぁ、縁があって出会ったから……よすが。よすがにする!」
よすがは意味もわからず、ただ「しゅー」と鳴き、どうやらお気に召したようだった。朔はよすがを懐に入れると、大切そうに抱えて連れて帰った。
◇ ◇ ◇
――森の奥は、木々の騒めきと虫の声で、皆の足取りを消し去る。
街道を抜け、獣道に入りしばらく行くと、森の中にひっそりと隠されたように佇む庵が現れた。
庵には窓から灯りが漏れ、沸かした湯気が立ち登る。
「ただいまー」
刹が戸口を開けると、囲炉裏端で|玄瑞が寝転がりながら酒を飲んでいた。その横では、紅梅が囲炉裏にかかる鍋で雑炊を作る。
上がり框に皆が順番に腰を掛け、革足袋を脱いでいると、刹の所にふらふらと玄瑞が這いずってきた。
「刹ー、お前もちっと強くなれよー」
玄瑞は刹にまとわりつき、抱きつきながら頭をわしゃわしゃと撫でまくる。
「やめろよ! 酒臭いっ!」
刹は、必死に抵抗するも、如何せん玄瑞の腕力に絡み取られ逃げられない。
「出たよ。玄瑞の刹絡み」
「なんであのオッサンは、刹にだけああやって絡むんやろな?」
「気色悪っ。玄瑞は刹みたいなんが好みなんやで」
「ばれたかーっ」
朔と双子の言い様に、刹は「うえっ」と舌を出すも、隣で玄瑞に冷ややかな目を向ける梓に顔を青ざめた。
玄瑞が刹にベッタリと引っ付いていると、ふと刹の指に巻かれた布に気がつく。
「お前、それどうした? 怪我したのか?」
心配そうにする玄瑞の間に梓が割って入る。
「朔が拾った"ももんが"に噛まれたんだよ」
「ももんが?」
刹を玄瑞から引き離し、キッと睨みながら、つっけんどんに返した。
朔は懐から小さな白いももんがを取り出すと、玄瑞に見せた。
「あれ? こいつ怪我してねぇか? 梓、見てやれよ」
「うるさいな! いちいち言われなくても、わかってるよ。それより、刹が先! まだちゃんと薬塗ってないんだから!」
玄瑞の言葉に余計イライラしたのか、刹は首根っこを掴まれると、引きずるように奥の部屋へと連れて行かれた。……かと、思いきや、襖から顔を覗かせ、朔も部屋へよすがを連れて来るよう呼びつける。
「まったく あの酒臭いオヤジが刹にまとわり着くと、刹まで酒臭くなるみたいで気分が悪くなる!」
梓がブツブツと小言を言いながら、刹の指に薬を塗り、手際よく綺麗な布を巻き直す。
「玄瑞もさみしいんだろうよ。あいつ、ずっと義兄弟探してんだろ? 俺がその変わりみてぇなもんなんじゃね?」
「刹は、そいつじゃない! 混同しないで欲しいよ!」
「でもな? 俺らはそのお陰で玄瑞に拾って貰えたんだからな? そこは感謝だ」
「わかってるよ……」
刹が梓を窘めると、少ししょんぼりと肩を落とした。
「あの……。梓。次、いいかな?」
朔がおずおずと言い出し、梓の顔色を伺っている。よっぽど梓が怖いと見える。
「あぁ、ごめん。見せて」
朔がよすがを差し出すと、よすがは嫌なのかジタバタと暴れた。
「これじゃ、ちゃんと見れないな。朔が抱えててよ」
朔がよすがを抱き、梓が足に薬を塗ると、よすがは怖いのか痛いのか、「ぎっぎっ」と鳴いて威嚇する。
「だめだよ。大人しくして」
朔がよすがに言うと、途端に大人しくなる。
それを見た梓は、感心しながらも治療の手は止めない。
「へー、朔の言うことが分かるのか。案外こいつ、賢いかも。可愛いじゃない」
「いーや、そいつは俺の指に噛みつきやがったからな! 可愛くねぇ!」
刹がよすがを見て、「いー」っと威嚇すると、よすがも負けじと「ぎっぎっ」と威嚇し返す。
「刹もよすがもやめなよ。よすがだって、悪気があった訳じゃないんだよ。あんなに乱暴に掴まれたらビックリするって。ねぇ? よすが?」
朔がよすがに話しかけると、よすがは朔に擦り寄り「しゅーしゅー」と甘えたような声を出す。
「けっ!」
刹は面白くないと言わんばかりに、胡座に頬杖をついて悪態をついた。
「はい。できたよ。何回か薬を塗ればよくなるよ」
「ありがとう、梓」
「しゅー!」
「どういたしまして」
「このっ! 小動物めっ!」
梓とよすがが仲よさそうにする姿に、刹は憎たれ口を吐き、囲炉裏端へ戻って行った。
そんな刹の後ろ姿を見て、朔と梓は笑い合った。
囲炉裏端では、既に双子が雑炊をがっついていた。
紅梅は煙管を嗜んでいる。煙管の灰を落とし、また新しい草を詰める。煙草に火をつけると、「ふぅ」っと天井めがけて煙を吐き出す。
紅梅は、一息つくと煙管を咥えたまま麻袋を広げ、中から欠けた茶碗や端だけ焦げた布を出した。
紅梅はそれらを手に取ると、一つ一つじっくり品定めをする。
「欠けた部分は接げば使えるじゃろ。布も焦げた部分は切ればよい。縫ってしまえば分かりゃーせん」
「そんなんで買取してもらえんのか? 今回はちぃと邪魔が入ったからさ。良いもの選べなかったんだよ」
刹は、雑炊をよそいながら、紅梅に村でのことを話し始めた。




