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まほろばー流転奇譚ー  作者: 雨音かえる
曼珠沙華之段

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2/35

壱 骸衆と戦場漁り

 川から吹き上げる風が、庵を抜けていく。

 秋の空気を押し流すように、少し冷たい風が通り過ぎた。

 

 (あずさ)は縁側に座り込み、薬研で薬草をすり潰してる。

 

 ゴリ、ゴリ


 乾いた音が続く。

 その傍らで、紅梅(こうめ)は湯呑みに口をつけていた。

 熱の抜けきらない茶をゆっくりと含むも、その熱さに思わず舌を出す。

 

 庭では、二つの影が対峙するように向き合っていた。

 (せつ)が踏み込み、拳を打ち込む。

 だが、玄瑞(げんずい)は半歩身をずらすだけでそれを受け流す。

 すると、力任せに空を切った拳が空回りし、勢い余って刹の体が泳いでしまった。

 

「おわっ!」

「よっ、と」

  

 玄瑞に足元を払われ、背中から地面に落ちた。

 鈍い音が響き、刹は背中を抑えのたうち回る。

 

「いってぇーっ」

「ははっ、刹、またやられてる」

 

 縁側の柱に寄りかかっていた朔が、堪えきれずに腹を抱えて笑っている。

 

「刹。お前の動きには、まだ無駄が多いんだよ。ちゃんと相手を見ろー」

 

 玄瑞は涼しげな顔で刹を窘める。

 刹は顔を歪めながら起き上がり、悔しさを飲み込むように、口をつぐむと膝についた土を払った。

 

「おい! 朔! 笑ってねぇで、次、お前やれよっ」

 

 八つ当たりするように、笑う朔に短く言い捨てる。

 

「はいはい」

 

 朔は肩をすくめ、木刀を手に取った。

 軽く振って感触を確かめると、そのまま玄瑞の前に立つ。

 

「ふふん」

 

 玄瑞も縁側に立てかけてあった木刀を手に取り、朔の前に立ち、軽く鼻で笑う。

 朔はじりじりと間合いを測るように、わずかに踏み込んだ次の瞬間、勢いよく打ち込んだ。

 ヒュッと風を裂く音が鳴る。

 玄瑞は、刹の時と同様、受け流しにかかるが、ほんのわずかに、足の運びが変わった。

 朔はそれを見逃さなかった。瞬時に一歩詰め、さらに一撃。

 打ち合いは、意外にも長く続いた。

 

「ひゅ~」

 

 見ていた刹が感心するかのように、口笛を吹く。


「でやぁーッ!」

 

 朔の渾身の一撃だった。それでも玄瑞には届かない。

 軸がぶれた瞬間、木刀が逸れ、体勢が崩れる。

 気がついた時には、もう詰められていた。

 目の前に木刀の切っ先がある。

 

「……やっぱ無理か」


 朔は苦笑して息を吐いた。

 

「これが戦なら、お前死んでるなぁ」

 

 玄瑞が朔の頭をコツンと木刀で叩く。

 

「いってぇーっ!」

 

 朔が頭を擦りながら涙ぐみ、刹がそれを見て笑った。

 

「お前ら、まだまだ修行が足りんぞ」

 

 玄瑞が笑いながら縁側に腰をかけると、手ぬぐいで汗を拭い、置いてあった冷めた白湯を一気に飲み干した。

 

 そのときだった。

 森から慌ただしく、買い出しに出ていた火緒(ひお)火弦(ひづる)の双子が、たくさんの荷物を背負って走り込んできた。

 

「大変や~っ!」

「どうした?」

 

 刹が顔を上げる。

 双子ははぁはぁと息を切らし、刹と朔の飲んでいた白湯を取り上げると、一気に飲み干した。

 ふぅっと一息つくと、短く告げる。

 

「また一つ、村が潰されたで」

 

 皆の顔つきが変わり、誰もすぐには言葉を返せなかった。

 

「はぁ……またか」

 

 刹が視線を落とす。

 

「この国の殿様は何考えてんだか……」

 

 梓が薬研を擦る手をやめ、小さくため息をついた。

 

「この国、もうあかんのとちゃう? 他国やのうて、自分の国潰しにかかりよる」

「せやな。ここら辺もいつ潰されるかわからへんし」

 

 双子はお互いの顔を見合わせ、大きな溜息をつく。

 

「なあ、お前ら。それ、どこ情報だ?」

「あー、葵さん……むぐっ」


 刹の問いにまんまと乗せられた火緒が、つい口を滑らせ、火弦に口を塞がれる。


「ほー、お前らだけで、団子食ってきたのかぁ?」


 刹がバキバキと指を鳴らす。


「あー、いや。ほら、街まで言った帰りに、いー匂いがしてきてな? あの匂いには勝てへんて」


 火緒が言い訳するも、刹にとっつかまり、頭を拳でグリグリされる。

 

 そんな騒がしい中、朔は一人、視線を落としたまま、ただ黙っていた。


  

 茶を啜っていた紅梅が、ふいに湯呑みを静かに置いた。

 

「――そんなことより」

 

 紅梅が皆の方に向き直す。

 

「村が……潰れたんじゃろ? ならば、ワシらは仕事に取りかかるぞい」

 

 紅梅が口元を緩めながら、ゆっくりと顔を見渡した。

 その言葉に、空気が変わる。

 皆は嫌な顔を浮かべると、肩をガックリと落とした。

 

「さぁ、漁りの時間じゃ」 


◇ ◇ ◇

 

 満月の光が、焼け跡を白く浮かび上がらせていた。

 足元には残り火が赤く燻り、焦げた柱の熱が頬を刺した。焼けた藁に血の臭いが混ざり、思わず袖で鼻を覆う。


「うぅ……。この匂い無理やぁ」

「俺もあかん」

 

 口元を覆う面頬・鬼の口でも、それを遮ることはできない。息を吸うたび、喉の奥にざらついたものが残り濃くなってゆく。

 足元がおぼつかず、慎重に歩みを進めた。

  

 ――まだ、温かい。


 革足袋の底が、ほんのり熱を帯びている。

 黒ずんだ塊が、地に散らばるように、そこら中に横たわっていた。

 どこまでが人で、どこからが煤なのか、判別がつかなかった。ただ、そこに“いた”ことだけが、はっきりと残っている。


 朔は、無意識に息を浅くしていた。 

 喉の奥に臭いが張り付いたのか、思わずむせる。

 ふいに、焼けた梁の下敷きになった骸が、視界に飛び込んできた。

 その骸の下には、まだ年端も行かぬ幼子が一緒に下敷きになっている。


「逃げ遅れたんやろ?」

「いちいちそんなん気にしとったら、身ぃ持たへんで」

「わかってるよ……」


 双子に(たしな)められ、諦めたように応えた。

 

「……行くで」

 

 火弦の低い声に、朔は一度だけ強く瞬きをして、無理やり視線を切った。


「やべぇな。先客がいやがる」


 低い刹の言葉に、皆が歩みを止めた。

 村の真ん中辺りで、二組の野盗が縄張り争いを繰り広げている。


「そりゃそうだよなぁ。物、漁り放題だからな」

「巻き込まれたら面倒だよ? 刹、どうする?」


 顔を覗き込む梓に渋い顔をしながらも、刹は辺りを見渡すと、小声で素早く指示を出す。


「双子と朔はあの辺漁れ。俺らはこっちの方を漁る。めぼしいもの拾ったら、さっさとずらかれ。見つかんなよっ。あ、あと米は絶対忘れんなっ」


 皆は声も発することなく、ただ頷き、持ち場に着く。

 朔と双子は、黒く焦げた柱をどかし、その下にあった焦げた葛籠(つづら)を開けてみた。少し欠けてはいるものの、茶碗や椀、それに箸などが入っていた。


「やりぃっ! もーらい!」

「火緒、雑に扱いなや。割れてまうわ」

「火緒声が大きい!」


 朔は「しぃー」っと火緒に向けるが、気にする様子もなく、麻袋の中にひょいひょいと食器を詰め込む。


「ん?」


 朔は足先に何かが触れたのか、足元をキョロキョロと見回していた。


 

 刹と梓は、使えそうな反物や(ざる)などを袋に急いで詰めた。

 

「刹。米がある」

「持って走れる分だけにしとけっ」


 刹と梓は麻袋に、米を担げる分だけ急いで入れた。


「よし! ずらかるぞ!」


 刹が言ったその時だった。


「ぎゃぁぁぁぁぁっ!」


 思わず朔が腰を抜かすほどの大声を上げ、よたよたとその場で踊る。


「朔っ! 静かにしろっ!」


 刹が小声で朔を怒鳴りつけた。

 顔に何やら黒い物体が張り付いている。

 その声に驚いた野盗達が、一斉に振り返った。

 松明を掲げ、走り寄ってくる。

 

「あっ! その鬼の面頬(めんぽう)! お前ら、骸衆じゃねぇか!」

「やべっ!  走れ!」


 ジタバタしている朔の腕を双子が引っ捕まえ、一同は一目散に走り出す。


「あっ! お前ら! 『弔い』忘れんな!」


 刹の声に走りながらも軽く振り返り、片手で村に向かい拝むと、野盗どもの叫びが一段と甲高く裏返った。

 

「なんだ!? ごめんじゃねぇよっ! 荷物置いてけ! 待ちやがれ!」

「待てるかっ! 阿呆!」

 

 刹の声が、闇夜に鋭く響く。


 一同は素早く森の中へと逃げ込み、野盗の足を巻いた。


「あいつら……、しつこいんやて!」


 火緒が汗を拭う。

 ハァハァと息を切らしながら、刹が全員いるかどうかを確認した。

「よしっ!」と言うと、朔の顔にへばりついている丸い物に目をやる。


「なんだ? それ」


 刹がひっぺがすと、それは「ぎっぎっ」と威嚇するかのように鳴いた。

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