序 鬼の子
――秋。
天の青さが少し高くなり、風が冷たくなりはじめた頃。
昼下がりの団子屋は、炭火の香ばしい匂いと人々のざわめきに包まれていた。
子どもが団子をせがみ、旅人が湯呑みを手に小休止する。
いつもと変わらぬ光景……のはずだった。
笑い声の合間に、不穏な囁きが混じる。
「ついに国境で睨み合いを始めたらしいぞ?」
「戦なんざ御免だな。いい事なんか一つもねぇ」
「それがよ? 戦なんかよりもっと恐ろしいものが、戦場に出るらしい」
団子を咥えたまま手を止めた小僧の喉が、唾を飲む。
声を落とした男は、湯呑みを持つ手を小刻みに揺らす。
「最近聞いた話なんだが、『鬼』が出るらしいぞ?」
「鬼?」
「ああ、それなら俺も商人どもから聞いたよ。自分たちが片づけに行ったら、骸も物資も、もぬけの殻だったって」
「鬼が根こそぎ持って行っちまうのか?」
声を落とした男は、震えながら小さく頷いた。
「骸を喰らい、物資は全部持っていっちまう。そのうち、生きた人間も襲い始めるって話だ」
話を聞いていた男の持つ湯呑の湯気が、ゆらりと揺れた。
「そんな話、信じてんのかよ」
静まり返った所に急に声が落ち、一同びくっと肩を震わせた。
傍で団子を頬張っていた少年に視線が行く。
少年は、団子をぱくりとかぶりつくと、男たちの傍にやってきた。
「オッサンたち。いい年こいて、そんなおとぎ話信じてんの?」
少年は、男たちを小馬鹿にするような生意気な顔つきで笑い飛ばす。
だが、男の一人が真剣な顔で少年に食って掛かった。
「おとぎ話なんかじゃねぇ! 夜道を歩いている時、人間のような出で立ちで、確かに鬼の形相だったって!」
男の必死な訴えに、少年は「うーん」と何かを考える仕草をしたかと思うと、あっけらかんとした顔で男たちに言った。
「ふーん。でも、それって、本当に『鬼』なのかねぇ? ただの見間違いなんじゃねぇの? それに、夜道ならなおさらだ」
「いや、違うね! あれは絶対に小鬼だったって!」
「でも、オッサンが見たわけじゃねぇじゃん」
少年に言われ、男はぐうの音も出せず、押し黙った。
「刹君。頼まれ物の団子だよ」
団子屋の主人が、少年に団子の入った風呂敷包みを渡した。
店主は、刹に軽く目くばせした。
「お、葵さん。いつもすまねぇ。ありがとな」
そう言うと、刹は男たちにニヤリと笑い、意地悪そうな顔を見せたかと思うと、その場を立ち去った。




