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まほろばー流転奇譚ー  作者: 雨音かえる
再生之段

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32/35

丗 久造

「久造っ!?」

「じいさんっ!?」


 紅梅と玄瑞が目を丸くし、思わず声を上げた。


「な、なんじゃ!? 何故お前がここにおるっ! 予定は明日じゃったろ……」


 久造は、「どっこらしょ」と上がり(かまち)に腰をかけ、草鞋を脱いでいる。


「いや、のぅ? 早う紅梅ちゃんに会いとうての。一足先に来てしもうたんじゃ」


 久造はニコニコしながら、囲炉裏端に上がる。

 刹と梓は久造の顔をじっと見つめた。

 その視線に気づいたのか、久造が二人を指さしながら尋ねた。


「こいつらが、面倒見とる小僧どもか。いや、一人は嬢ちゃんか?」

「俺は、男です」


 梓がムスッとした顔で言い直すと、久造は「すまん、すまん」と高らかに笑いながら謝る。


 二人の前を横切る時、久造から紅梅よりもキツイ煙草の残り香が漂った。


(このじいさんも、すごい愛煙家みたいだな)

(うん)


 刹がコソコソと梓に耳打ちした。

 久造が紅梅の隣に胡座をかく。

 そして、玄瑞をチラリと見やる。


「玄瑞、久しいのぅ。お前、こないだ店に寄ったらしいの。えらく血まみれで」


 その言葉に、刹と梓がすかさず反応する。

 玄瑞は一言、「まぁな」とだけ応えた。


「お前、未だに自分を制御出来んようじゃの。律から聞いたぞ? やっと歩いて店まで来たとな。お前、まだ鬼哭が使いこなせてないな?」


 久造は「やれやれ」と首を横に振る。


「じいさん。鬼哭って……なんだ?」


 刹が話に割って入る。


「鬼哭とはな?」

「じいさんっ!」

「久造っ!」


 久造が説明しようとすると、玄瑞と紅梅が止めに入った。


「刹に説明する必要はねぇ。やめてくれ」

「なぜじゃ?」


 玄瑞の懇願に、久造はケロッとした顔で返す。


「刹は……、刹には普通に生きて欲しい。俺たちみたいになる必要はねえ。だから、知る必要もねぇ」


 久造は、玄瑞の言い分を聴きながら、懐から煙管を出し火をつける。

「ふー」っと、一つ煙を燻らせ、玄瑞に問う。


「お前、こやつに自分を重ねてはおらぬか?」


 久造は、刹を煙管で指す。


「ふぉっふぉ。ご立派じゃの。おい、小僧」


 急に刹の名を呼ばれ、ビクンと体を揺らした。


「お前は、知りたいのじゃろ? 鬼哭が何か」


 刹は、力強く頷く。


「ほれ、みぃ。小僧は知りたがっとるじゃろうが。なぜにそこまで、引き止める」

「久造! こやつらは普通に生きて普通の暮らしをさせたいのじゃ! 余計な口出しするでない!」

「普通のぅ……」


 久造は、キャンキャンと(まくし)し立てる紅梅の傍で、耳に指を突っ込んだ。


「あー、やれやれ。相変わらずうるさいのぅ。じゃが、そこも可愛いとこじゃ」


 久造の言葉に紅梅は、押し黙り、顔を赤らめた。


「先程、お前らが何やら騒がしかったのは、この事か」


「ふぅー」っと、煙を天井に逃がす。


「小僧。話してみよ」

「じぃさんっ!」

「お前は黙っとれッ!」

 

 玄瑞は久造に怒鳴られ、促された刹は戸惑いながら話し始めた。


◇ ◇ ◇


 全て話し終えたところで、久造が煙管の草を囲炉裏に落とし、新しい草を詰める。


「紅梅ちゃん。紅梅ちゃんの気持ちは、分からんでもない。じゃが、こいつらの意志を刈り取ってはならんのじゃないかな?」

「じゃが……」


 紅梅は言葉を詰まらせた。


「儂らはこいつらより、幾分か経験がある。じゃからと言って、自分たちがした経験をさせたくないが為に、こやつらから取り上げてもよいのかのぉ?」

「…………」


 紅梅は、口を尖らせ、俯いた。


「もし、それで命を落とすことになったら……」


 小声でブツブツと呟く。


「そうかの? よく考えてみよ。それは、こいつらの意志や自由を奪ってはおらんか? 先程の話でも、しっかり鍛錬させとれば、小僧は死の淵を彷徨うことなく、その鴉とか言う奴も、その場で仕留められとったかもしれんのぉ」


 もっともな発言に、紅梅はぐっと目を瞑った。


「ワシらが間違っておったというのかっ!」


 紅梅は耐えきれず、立ち上がり久造に怒鳴りつける。


「紅梅ちゃんは間違ってはおらぬよ。それもまた、こやつらを可愛いが故にじゃろ? じゃが、本当に可愛いのなら、信じてやることも、必要なんじゃないかのぉ」


 久造は、紅梅の怒鳴り声にも顔色一つ変えず、煙管をひとつ吹かす。


「玄瑞。お前もじゃ。この小僧に自分を見すぎてはおらぬか? お前も小僧も似たようなもんじゃ。じゃからと言うて、お前が小僧を押さえつけてよいものではなかろう」


 玄瑞は、おもむろに肩を落とし、刹を見た。

 刹は、玄瑞の目を真っ直ぐに見返す。


「わかったよ。これ以上は何も言わねぇ」

「よし。じゃあ、鬼哭の事を話してやろう。いや、話すより実際に見せた方が早いの」


 久造は、煙管を囲炉縁に置き、再び「どっこらしょ」と立ち上がると、よたよたと草履を履きだす。


「玄瑞、小僧。何をしておるか。はよぅ、来い」


 玄瑞と刹は、言われるがまま草履を履き、表に出た。

 梓も出ようとしたが、紅梅に引き止められた。

 


「さて。小僧、こちらへ来い」


 久造が刹に手招きをする。

 と、そこへひと仕事終えた朔が駆け寄ってきた。


「あれ? このおじいさんは……」

「久造じいさんだ。桐屋の、主だ」


 玄瑞が朔に説明すると、朔は丁寧に挨拶をする。


「はじめまして。久造さん、朔と言います」

「おぉ、丁寧じゃの。はじめまして。儂の事は、じいちゃんでよいぞ?」


 久造は、朔と同じように丁寧にお辞儀をした後、頭を撫で、紅梅のところに行くよう伝えた。


「そういえば……、まだお前の名前を聞いてはおらなんだの。あの坊主の方がよっぽどしっかりしておる」


 久造は刹を窘めると、刹は久造に向き直り、背筋を伸ばす。


「刹と申します。よろしくお願いします」

「よろしい。あの小僧はなんと言う?」

「あぁ、あいつは梓です」

「ふむ。若い頃の紅梅ちゃんに、よう似とるの」


 その言葉に刹と玄瑞が驚愕し、思わず紅梅に振り返る。


「さて、始めようかの」


 久造は、刹の前に立ち、足を肩幅に開いた。

 そして、「しゅー」っと息を吐く。

 その音は独特で、刹は見よう見まねでやってみるも、なかなかできない。


「鬼哭とはな、体内の気の巡りをよくし、へその下、いわゆる丹田に気を集め一気に放出する。そうする事で、瞬発力を高め爆発的に人体の能力を上げる技じゃ」


 久造は「しゅーしゅー」と息を吐く。

 刹は久造が、息を吐く方に集中している事に気づいた。


「吐く方に集中するのか」

「察しがよい。じゃが、なかなか難しいぞい。暫くは呼吸法じゃの」


 玄瑞は、二人が呼吸法の練習をしているのを、ぼーっと眺めている。

 久造は、玄瑞をチラリと見やると、「ふっ」と笑った。


「ちょうど良い。玄瑞。刹に一度"鬼哭"を見せてやろうではないか」

「それだけは……できねぇ」


 玄瑞は久造の誘いを断る。だが、久造はそれを許さないと言うように、刹の背後に立つ。


「玄瑞、お前が本気を出さねば……、刹が死ぬことになるぞ? よいのか?」


 久造の冗談めいた発言に、玄瑞は微動だにしない。

 

「……すまんな、刹」

「え?」


 久造が小声で囁く。

 刹が久造を振り向く間もなく、人差し指が喉元に向かって突き出された。

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