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まほろばー流転奇譚ー  作者: 雨音かえる
再生之段

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33/33

丗壱 鬼哭

 気づけば、玄瑞が目の前に立っていた。

 久造の指は、刹の喉に触れるか触れないかの位置で止まっている。

 玄瑞が、久造の手をガッシリと掴み、制していた。


「…………ッ」


 刹は何が起こったのか、全くわからなかった。

 玄瑞はさほど自分から離れてはいなかったが、気づけば目の前に立っている。


(い……っ。いつの間に?)


「玄瑞。よかったのぉ、間におうて。刹の喉元に風穴空けんで済んだわい」

「じいさん……ッ」


 久造が飄々としながら玄瑞に言い放つと、玄瑞は口から「しゅー、しゅー」と音を出しながら歯をギリギリと食いしばっていた。


(刹。儂が合図したら、家まで全速力で走れ。出るなよ)

(……?)


 久造が、小声で刹に耳打ちする。

 玄瑞の顔つきがみるみる変わり、その様は、まるで獣のようだった。歯をむきだし、眼光は消えるも、その口端は上がっている。

 次の瞬間、久造は玄瑞に掴まれた手を引き寄せ、刹の腰を蹴り半歩下がる。

 反動で、刹はよたよたと転びそうになるも、なんとか踏ん張った。


「刹ッ! 行けぇーッ!」


 久造が吠える。

 訳も分からず、刹は言われたとおり家まで走った。

 戸口が開いたかと思うと、紅梅が刹の腕を掴み家の中に引きずり込み、すぐに戸口を閉める。


「刹っ!」

「大丈夫?」


「はぁはぁ」と肩を揺らす刹の周りに、梓と朔が寄り添う。


「な、……なんだったんだ!? なぁ! ばあさん!」


 刹は息を落ち着けながら、紅梅に尋ねた。


「戸口の隙間を、少し開けて見てみよ」


 言われるがままに戸口を開け、覗いてみる。

 同じように、梓と朔も覗く。


「え?」

「人……の動きじゃ、ないよね?」

(ゴクリ)


 刹は言葉が出ず、梓は動きを必死に追い、朔は生唾を飲んだ。


「ばあさん、あれは……なんだ?」


 刹は、外の二人のやり取りから目を離す事なく、紅梅に再び尋ねた。

 紅梅も、戸口の隙間から外を見ながら話し出す。

 

「あれは、"鬼哭"。人体の気を呼吸で練り上げ、瞬発力、腕力、肉体を極限まで底上げする。久造が編み出した技じゃ」


 刹と梓と朔は、目が離せなかった。

 目を必死に動かし、追うのがやっと。


「で、なんでじいさんは俺を家に避難させたんだ? 危ねぇからか?」


 紅梅も、外の二人を目で追いながら、口だけ動かす。

 

「久造はな、鬼哭を意のままに操れる。じゃがな、玄瑞は……。己に支配されてしまうのじゃ」

「自分に?」

「左様。"理性"を失い、目に映る動くもの全てが標的となる。人でも、動物でも、動くものは全てな」


 刹は、玄瑞の姿を目で必死に追う。


(玄瑞……)


 その姿を見ていると、いたたまれなくなる。

 獣のように、ただ久造を獲物として捉え、一心不乱に拳を打ち込んでいる。


「あやつはどうも、頭に血が上る"癖"があるようでの? それが自分でもなんなのかが、わかっていないようなのじゃ。鬼哭は、気を練り上げる。あやつの中に湧き上がる"何か"が、そうさせるのじゃろ」

「…………」


 刹は応えることなく、ただじっと玄瑞を追った。


◇ ◇ ◇


「ほれほれ、どうした玄瑞。お前の力はそんなものか?」

「がぁぁぁぁぁッ!」


 玄瑞が打ち込む拳も、久造は流れるようにひょいひょいと交わしてゆく。

 理性を失っても、煽られているのがわかるのか、一層動きが激しくなる。


「よほど刹が大事と見える。お前とよく似ておるからの。特に、野盗上がりの所……とかな? いや? それとも……、"市馬"かの?」


 久造のその言葉に、玄瑞の形相が一気に鬼と化す。久造は玄瑞を煽り続けた。

 

「ふむ。声は聞こえておるようじゃの。そこだけは、進歩じゃ。じゃが……」


 久造は、玄瑞の腕を締め上げ、地に伏せる。


「まだまだじゃのぉ」


 だが、玄瑞は体を捻り、片足で踏ん張るとそれを軸に、もう片方の足を回し、久造の背中に蹴りを入れ拘束を解く。


「ほう」


 久造は、ニヤリと嗤う。


「これは、面白いの」


 と、そこへ、山から双子が帰ってきた。


「ただいまーっ!」

「あー、つかれた」


 呑気に柴を抱え、里へと足を踏み入れる。


「しまった!」


 久造のその目線と一言で、玄瑞は振り向き、双子の姿を捉えてしまった。


「火緒! 火弦!」


 朔が戸口を勢いよく開け、飛び出した。


「いかん! 朔、戻れっ!」


 紅梅の声も聞かず、朔は双子の方に走る。


「くそっ!」

「刹っ!」


 刹と梓も、飛び出す。


「なにっ!?」

「玄瑞っ!?」


 玄瑞が双子に襲いかかる。

 双子は何がどうなっているのか分からなかった。

 本能的に危険を察したのか、思わず持っていた柴を放り出し、目をぎゅっと瞑り頭を庇う。

 やがて周りが静かになると、双子はゆっくりと目をあけた。

 目の前には、久造が立ちはだかり、玄瑞の両腕を制している。


「だ、誰?」

「…………ッ」


 双子はそこから一歩も動けず、玄瑞と久造に目を見張る。

 久造は、「ふん」と玄瑞の延髄に手刀を打ち付け、玄瑞はそのまま、地に伏した。


「梓……、見えたか?」

「いや……、全然見えなかった」


 刹と梓は、久造を凝視している。


「やれやれ。まさか、まだ坊主がおったとはな」


 久造は、くるりと振り返ると、紅梅に手を振る。


「紅梅ちゃぁん。こやつを頼むー」

「わかった」

「久々本気出してしもうたわい。筋肉痛が怖いのぉ……」


 久造は、首をゴキゴキ鳴らしながら、「ふぅ」と一息つくと、家の中に入った。


「刹、梓。手伝っておくれ」

「お、おう……」

「はい」


 刹と梓は紅梅について行き、玄瑞を両脇から支えると、引きずるように家へと連れて入った。


◇ ◇ ◇


「火緒! 火弦! 大丈夫?」


 久造の動きに呆気を取られ、暫し動けなかった朔も我に返り、双子を心配する。


「朔、今の……なんやったん?」

「あのじいさん、誰?」


 双子はその場に立ち尽くし、引きずられてゆく玄瑞を指さししながら目で追った。


「あのじいちゃんは、"久造さん"。桐屋の主なんだって」


 朔は双子が落とした柴を、拾いながら説明する。

 双子も、落とした柴を拾いながら、朔に問い詰める。


「で、玄瑞はどないしたん? 俺ら、殺されかけてんけど……」

「なんか、様子おかしかったで?」

「あー、あれはね……。後でちゃんと説明するよ」


 朔は誤魔化しながら柴を拾い、双子は首を捻りながら柴を拾った。

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