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まほろばー流転奇譚ー  作者: 雨音かえる
再生之段

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30/33

廿捌 決意の裏で

 刹と梓が里に帰りついた頃、既に日は落ち、梓が灯明皿(とうみょうざら)に灯りを灯す。

 

 梓が荷を片付けている傍で、刹は胡座をかいた膝に頬杖をついたまま、ずっと黙っていた。

 冷えた夜気がすきま風で入り、灯明皿の灯りをやけに揺らす。

 

「……梓」

 

 梓の方を見るでもなく、ふいに声が落ちる。

 刹の目は、獲物を狩る獣のように鋭く、何かを決めたようだった。

 

「俺と梓が"毒"で繋がってた話。……ばあさんに話すか?」

 

 梓が手を止め、刹の方に向き直る。

  

「…………」

 

 刹は手のひらを組み、視線を落とし、一つ大きく息を吐いた。

 

「ばあさんとお前の話に出た"篝"ってやつ。同一人物だと思うんだ。俺たちは、……何の因果か"曼珠沙華"で繋がっている。この先、……また、鴉たち(やつら)が来たら……」


 刹はぐっと指に力を込め、唇を噛む。

 刹は梓の顔に目をやると、考えていた事を思い切って告げた。

 

「だから……まずは、鴉を。逃げ回る気はもうない。(あいつ)は俺が終わらせる。終わらせなきゃなんねぇ……」

「刹……」

 

 梓は辛そうに刹の顔を見た。

 なんと言ったらいいかわからず、なかなか言葉がでてこない。


「……刹が決めたなら、俺も一緒に行くよ。刹一人じゃ行かせない。だってさ、"コレ"」

 

 梓は左手首に巻いた赤い組紐を、刹にわざとらしく見せつけた。

 

「あ……」と、刹も自分の右腕につけた組紐を撫でながら、少しだけ息を吐く。

 

「でも、どうするの? 鴉を殺るの?」

 

 梓が不安げに聞いた。

 

「いや、庵に来た時、"不殺(ころさず)"の誓いをばあさんに立てただろ? だから、殺らない。ただ、もう誰も傷つけないように、手足ぐらいは使えなくする」

 

 刹の目に迷いはなかった。だが、手の震えは目に見てわかる。

 梓は刹に一つ、ある提案を持ちかけた。

 

「刹。そういう奴らは、手や足を無くしたぐらいじゃ折れないよ。口が利ければ、手下を使うからね。俺が調合した"毒"を使うのはどうかな? もちろん命に別状はない。ただ、少し抜け殻にはなるかもしれないけどね」 

「……さらっと怖いこと言うんだな」

「刹を苦しめたんだ。そのぐらいの代償はないとね。これでも、足りないぐらいだよ」

 

 梓の言葉に、刹はほんの少しだけ目を伏せた。

 短い沈黙が流れ、その奥で何かが固まる音がし、刹の覚悟が決まった。

  

 ――その後。二人は紅梅の元へ出向いた。

 

 囲炉裏の明かりがゆらゆらと揺らめき、薪の香りが妙に落ち着かない。

 いつもの囲炉裏端のはずなのに、別の格式高い場所に赴いたかのように緊張が走る。

 気持ちをきちんと固めてきたのにもかかわらず、胸がざらつく。

 

 刹は、囲炉裏端で煙管をふかす紅梅の正面に正座をした。

 梓は一歩下がって、刹の斜め後ろに座す。

 灯に照らされた刹と梓の影は、細く伸びている。


「双子と朔は?」

「奥の部屋で、既に高いびきじゃ」


 刹は、三人が寝静まった事を確認してから、静かに話し始める。

 

「そうか。……ばあさん、律さんから預かった手紙」

 

 紅梅は煙管を置くときちんと座り直し、刹から手紙を受け取り、開く。

 

「ふむ。えらく早いの。明後日、こちらへ桐屋の使いを幾人か寄越すそうじゃ。すぐにでも里の立て直しを始めると。はぁ……。久造に貸しを作ることになるとはな」


 紅梅が頭を抱えながらも、どこか嬉しそうに含み笑いをする。


「二人とも、ご苦労じゃったの。ゆっくりと休め」


 紅梅のその言葉にも、二人は動かなかった。


「どうした?」

 

 刹はしばらく黙ってから、低い声を吐き出す。


「ばあさん、話がある。」


 刹は、梓から聞いた話を紅梅に説明する。

 梓は、刹の後ろで俯き、呼吸が速まる。


「…………」


 真実を知らされ、紅梅の顔がみるみるうちに強ばっていった。


「……そうか。梓や。ワシらの不始末がお前にまで及んでいようとは。ワシは、お前は唯のあの村の生き残りだと思うておった。まさか、曼珠沙華の毒を作らされておったとは……。すまぬ……」


 紅梅は梓に向き直り、深く深く頭を下げた。

 梓は顔を背け、「もう、いいです」とだけ、小さく応えた。


「ワシらは曼珠沙華の毒が使われておることを知り、赤坂のお抱え薬師がおる薬師村を突き止めたんじゃ」


 梓がハッとして、顔を上げる。

 刹が腕を後ろに回し、梓の手を固く握った。

  

「そして、あの日。玄瑞がお前を拾うた日じゃ。玄瑞を村の偵察に向かわせたが、隣国が同じように毒の出処を突き止め、焼き討ちにかかった。そして、お前を見つけ、連れ帰った。篝は……、仕留められんままじゃった」


 暫し沈黙が流れ、刹が口を開いた。

  

 「ばあさん。あいつ……、鴉はまた俺たちを狙うと思う。いくらこの隠れ里に来たとしても、赤坂と鴉が繋がっている限り、そして、俺がいる限り必ず追ってくる。俺と鴉には因縁があるし、必ず(ここ)を探し出すはずだ。里に近づける前に片をつけたい」

 

 紅梅の瞼がわずかに動く。

 

「……片を付けるとは、どのように? 奴を殺すのか?」

「いや、殺しはしねぇ。ばあさんとの誓いだけは絶対に破らねぇ。梓の薬で動けないようにするだけだ」

 

 紅梅はしばらく手を組み、ふぅ、と深く息をついた。

 

「じゃが、お前らにはまだその腕すらない。今まで玄瑞に鍛えさせてはきたが、そこらの拙い野盗上がりの相手が関の山じゃろう」

 

 紅梅の言うことももっともで、何も言い返すことが出来なかった。

 紅梅は暫く黙っていたが、観念したかのように刹と梓に白状した。

 

「玄瑞」


 その一言で、玄瑞がすっと姿を現す。

 今まで気配など、微塵も感じなかった。本当にそこにいたのかさえ、疑わしいほどに。


「やっぱり、忍びなんだな」


 その言葉に、玄瑞は「ふっ」と笑う。


「すまねぇ、刹。鴉は……俺が()()()

「え?」


 刹は、一瞬目の前が暗くなる。


(今、なんて言った? 鴉が……死んだ……)


 刹の中で、その言葉がぐるぐると回り、やがて我に返る。

 紅梅は煙管の煙をプカプカとくゆらせながら、話を続ける。


「玄瑞が遅れてこの里にきたワケは……。そういう事じゃ」

 

 刹が顔を上げる。

 

「……なん……で?」

 

 紅梅はかわらず煙管をふかしながら、すんとした顔をしている。

 

「降りかかる火の粉は……払わねばならぬ」


 いつもの、あの優しい紅梅ではなかった。

 そこにいるのは、間違いなく暗殺を生業とする忍びだった。

 刹の鼓動が早くなり、梓の握る手に思わず力が入る。


「俺たちじゃ……、手に負えない奴らだから……?」

「そうさの」

「不甲斐ないから?」

「そうさの」


 刹の声が怒りに震える。


「余計な事すんなよ」


 刹が声を荒らげ、紅梅に怒鳴りつける。

 

「誰がそんなこと頼んだよッ! ふざけんなッ!」

「刹ッ」

 

 玄瑞の呼び止める声にも振り向かず、刹は梓の手を引いて、仮屋から出ていった。

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