【幕間】色恋沙汰はババをも喰わぬ。
――これは、 里に来てしばらく経った、ある夜の男たちの話である。
夕飯も済ませ、仮家の大広間の灯りの下、皆が輪になって座っていた。
題目はただひとつ――「色恋」について。
皆も、思春期真っただ中のお年頃。気にならないわけがない。
だが、あいにく、この里には老婆の紅梅しか女子はいない。
紅梅など、女として眼中すら値しない。論外。
皆は「色恋」というものが全く持ってわからなかったのである。
火緒が、いつになく真剣な声音で切り出した。
「なぁ……お前ら。恋って、しっとるか?」
普段のお調子者ぶりからは想像もつかぬ口調に、一同の視線が集まる。
皆、一斉に首を横に振る。
「俺ら、女言うたらばあちゃんしか知らへんやん」
「いや、あれは女やない」
火弦が的確にツッコミを入れる。
「おい、薬問屋の結さんもいるぞ?……いでっ!」
刹の"結"発言に、梓が思わず刹の足をつねる。
「あの女は、空間が読めないから嫌いだ……」
梓がそっぽを向く。
「確かに、あの人は天然だからな。女……としては、どうかな?」
刹のその発言に、梓は機嫌を直してにんまりする。
「あかん……。俺らの周りには、圧倒的に女子がおらなさすぎや……。野郎ばっかで、恋愛話……」
「辛すぎやろ」
ふと気づいてしまった絶望感に、双子は打ちひしがれる。
「刹兄と梓は、すでに出来上がっとる(?)からいいとして、朔はまだまだお子ちゃまや」
「やっぱ、俺ら……虚しすぎんか?」
再び双子は、絶望感に打ちひしがれる。
「見てみいや、揃いの組紐とか……」
「あー、やってられへん」
刹と梓は互いに背を向け、顔をあからめる。
「あかん! 気ぃ取り直して! ええか? 恋っちゅーんはな、胸が無駄にどきどきして、顔が赤こうなるらしい。恋人になったらな――手を繋いで……」
息を呑むように皆が耳を傾ける。
火緒は声をひそめた。
「くっ……口吸いするんやと!」
きゃーっと声を上げ、手で顔を隠す火緒。
朔はぽかんと口を開けたまま、頭の中でその光景を想像していた。
(――お互いに口を吸い合う……?……痛いのだろうか?)
火弦は「ふふん」と、興味深そうに少しニヤついただけだった。
その隣で、梓が刹に体を寄せ腰をつつく。
腰をつつかれた刹は、うつむいて肩を震わせた。
すでに“毒事件”の折に唇を重ねたことがある二人。思い出すだけで血が頭に上り、刹はまともに目を合わせられなかった。
「いやいや、お前らのは口吸いやのうて、ただの人助けやから。ゲロつきの口吸いらーてっ」
火緒が、「ちゃうちゃう」と鼻で笑いながら、ツッコミを入れると、梓の冷めきった目が火緒を捕らえ、刹のただならぬ殺気が襲いかかる。
と、その時。
ガラッ。
勢いよく仮家の戸口が開かれた。
「野郎ども……アホな話ばっかしてないで、はよ寝ろ」
玄瑞が大あくびをしながら、戸口にもたれる。
「うっさいな玄瑞っ! 今、めっちゃええとこなんやっ! 邪魔せんといてやっ!」
火緒が玄瑞に食って掛かる。
皆も「そーだそーだ」と言わんばかりに、玄瑞に睨みを効かせる。
「しゃーねーなー」と頭をぼりぼりとかきながら、広間に上がってきた。
「じゃぁ、俺がもっとちゃんと、"恋愛"についてすごいこと教えてやんよ」
「玄瑞、経験あんの?」
火緒がバカにした口調で、玄瑞を茶化す。
「お前なぁ。俺を幾つだと思ってやがる! 恋愛はないが、"経験"はあるっ!」
『経験……?』
皆が一斉に首を傾げる。
「おうよ。花街に行ったらな、気に入った女と座敷をとる。そして、そのあと……」
玄瑞師の講義は、事細かく、それは詳細に伝えられた。
時は静かに経ち、夜も更けてゆく。
◇ ◇ ◇
「いやぁぁぁぁぁぁ」
悲鳴にも似た声が上がり、皆が一斉に顔を赤らめ、顔を手で覆い、あちこちに転げ、のたうち回った。
玄瑞の説明が、あまりに現実的で、尚且つ懐から春画まで持ち出し説明を始めたので、皆、思わず呼吸が荒くなる。
その破壊力たるや、思春期のお子ちゃまたちには幾分か刺激が強すぎた。
ただ、一人。朔だけは、どこか、別の世界へ飛んで行った。
「あかん。やっぱ、実戦経験のある師匠は違うわ……」
火弦は、はぁはぁと息を荒らげる。
「っというか、玄瑞。いつもそんな本、懐に持ち歩いてるわけ?」
梓が刹の腕にしがみつき、玄瑞を睨む。
「おうよ! これは俺の聖典だからな!」
「自慢になんねーだろ」
無駄に自慢する色欲魔・玄瑞に対し、刹が庇うように梓の肩を抱く。
「なぁなぁ! じゃあさ、こないだから話題にちょいちょい出とる、ばあちゃんと久造っちゅー爺さんは、どないやったんやろか?」
火緒の発言に、全員一瞬で熱が冷め、冷たい風が吹く。
「ばあさんなぁ……。アレでいて、意外と乙女だからなぁ。あんま、想像したくねぇが……」
玄瑞は「うぇ」っと、苦虫を噛み潰したような顔をする。
「あんま、気色悪い事聞きなや。せっかくの気分が台無しやわ……」
火弦は急に冷静になり、「あーあ」とその場で興醒めしたように寝転がる。
「いやいや。やっぱ、人生の大先輩やん? 百戦錬磨かもしれへんやんっ!」
火緒は、どこかタガが外れたように、明らかに暴走していた。
「だけどよ。ばあさん、ずっと独身貫いてんだぞ? あれ? ……てぇ、事は……しょ……」
皆がごくりと唾を飲みこんだその瞬間。
ドカッ!
玄瑞の鼻先を掠め、杖が柱に突き刺さる。
しん、と静まる一同。
「……はよ、寝ろや」
紅梅が戸口で鬼の形相をしていた。
チッ。
全員が小さく舌打ちしてそっぽを向く。
こうして「恋バナ(?)座談会」は、紅梅の釘(杖)刺しで幕を閉じたのであった。
そして、朔は……未だ、あさっての方向から、戻らない。
【あとがき】
圧倒的に女子がいない骸衆の里。思春期男子にとっては、もはや絶望しかありません(笑)




