廿漆 刹と梓
瞳は揺れ、声は震え、喉は張り付くように乾いていた。
吐き出した瞬間、膝の上で握り締めた手が小刻みに震え始め、再び目線を外す。
これ以上、刹の目をまともに見ることが出来なかった。
「ごめん。隠し事なしって、子供の頃約束したのに、言い出せなかった。忘れたかったんだ……」
刹は何も言わなかった。
ただ黙って、梓の言葉を待った。
梓は俯いたまま、掠れた声で続けた。
「……あの頃の俺は、ただの子供で……親に褒められて、勉強を教えてもらって、当たり前の毎日があると思ってた」
唇が震え、言葉が少しずつ零れていく。
「……けど。全部、違ってたんだ。俺が信じてたものは、最初から……何もかも嘘だったんだ」
梓の視線は伏せられたまま揺らぎ、刹は黙ってその言葉を受け止めた。
「―― 梓」
梓は、刹の声ではっと我に返る。
常葉神社の境内は、風に揺れる梢のざわめきだけが響いていた。
――白昼夢のような告白。
一呼吸置いた後、梓は俯き、拳を膝に押しつけながら低く声を落とす。
「曼珠沙華の毒は、赤坂に命じられて両親が作ってた。で、知らないうちに“赤坂が一番欲しがってた毒”を作ってたのが俺だった」
梓の声が、胸を押し潰し掠れる。
「でも、そのお陰で刹を助けられたなんて……皮肉なもんだよ」
梓は、握った拳をゆっくりほどきながらぽつりとこぼす。
「俺、生きててよかったのかな……。あれだけ人殺しといて」
梓の声は、自分でも抑えきれないほど震えていた。
「刹が子供の頃、使わされていた毒は、俺が……。俺が薬作りになんて興味を持たなければ……刹を苦しめずに済んだんだ。今回の事だって、その延長線。だけど、調合の書付はあの時燃えたから、赤坂の手には渡ってない。でも、俺が刹を傷つけたことに、なんら変わりはない……」
言葉は重く落ち、梓は深く俯いた。
やがて顔を上げ、遠い空を見上げる。
夕暮れの光が赤く差し込み、長い影を縁に落とす。
「俺は、あの毒を作る過程で偶然『毒に強い』って分かったんだ。普通の人間の致死量なんか、とっくに超えてるぐらい体に入ってたみたいでさ。かなり耐性がついてた。俺、あの時。敵に攻められた時に一緒に死んでれば……。俺、やっぱ化け物なの……」
その震えながらも諦めに満ちた声を遮ったのは、静かな呼び声だった。
「――梓」
その一言で、梓の胸は不意に掴まれた。
喉の奥で言葉が途切れ、息が途絶えそうになる。
刹はまっすぐに梓を見て、小さくため息をつき短く言い放った。
「阿呆か……。お前がそれで化け物なら、俺もバケモンだ。なんなら一緒にいる奴ら、みんなバケモンじゃねぇか。みんな、何かしら抱えてんだよ。俺もな。聞いただろ? 俺の過去。お前は、そんな奴らの仲間で、家族なんだよ」
梓は声を失った。温かさとも、悔しさともつかないものが胸に広がる。
「それに、お前の毒がなくても、俺は野盗の仲間だったし、人も殺してた」
刹の言葉に、梓の目から一筋の線が流れた。
「まさかなぁ……。そんな昔から俺とお前が"毒"で繋がってたなんてよ」
刹は暫し「うーん」と考えてから、梓の涙を親指で拭いながら、話を続けた。
「俺がお前の毒受けてたなら、今頃とっくに死んでるんじゃね? それに、俺がガキの頃使っていたやつは多分梓の毒だ。百発百中、みんなすぐ死んでた。だけど、こないだ鴉が使ってたやつは、間違いなく出来損ないのやつだな。俺、生きてるし」
刹はひょいと縁から立ち上がり、振り返ってにやりと笑った。
「今の昔話で思い出したけどよ? ……やっぱ俺、お前に言ってたな。"嫁にもらう"って」
「刹にとっては、大した話じゃなかったんだろうけどさ。俺にとっては、大事な事だったんだ。初めて、傍にいてくれた人だから……」
梓はあとからあとから、零れる涙を拭いながら、平静を取り戻したかのように返す。
「お前、俺が話しかけても全く口きいてくれなかったよな」
「その頃は、お前のこと変な奴だと思ってた」
「お前の方が変な奴だったよ。部屋の隅から全く動かなかったくせに。それに俺、最初お前のこと『口の悪い女』だと思ってたからな」
それを聞いて、梓がふっと笑う。
「でも、刹がさ『俺がお前を守ってやるから!こっちこいよ』って逆ギレ気味に手を差し伸べてくれたから、今の俺がある。あれは俺が『女』だからカッコつけて言ったのか?」
刹はあれ? と照れくさそうにする。
「そんなこと……言ったっけか?実際……俺の方が助けられてばっかりだけどな?」
梓は静かに首を振る。
「あの時も今回も、俺が助けられたんだよ……」
二人の言葉に、かすかな笑みが混じる。
「……あの頃は、もう生きることを諦めていたんだ。いつ野垂れ死んでもいいと思ってた。でも、師匠が俺の、薬への知識を見抜いてくれた……」
梓は目を伏せながら続けた。
「あー、あれな。確か、山に薬草取りに行け!ってババに急き立てられて、渋々行ったら……俺が木から落ちて、足をバッサリやっちまって」
刹が照れ隠しのつもりか慌てて話題を変え、梓も思わず笑みをこぼす。
「あの時は俺がいなかったら、お前どうなっていたかな。立てなかったもんな。結局、摘んだ薬草与えて……俺が刹をおぶって帰って……。薬草も持ち帰れなくて……」
二人はしばし笑い、ふと沈黙が訪れる。
刹は笑みをすっと収め、鳥居の方を振り返った。
「……俺も、上手く隠してたんだけどな。まさか、ばあさんからバラされるとは思わなかったぜ。油断した」
刹は少し不貞腐れた声で言う。
梓はふっと顔を上げる。
刹は背を向けたまま、声を落とした。
「俺は戦孤児だって言ってたけど……本当は違ぇんだ。あんなことやって、人を殺めて生き延びてきた。……もしそれを知られたら、お前やあいつらに軽蔑されて、居場所がなくなるかもって……怖かったんだよ。あの頃の俺は、『もう何も失う物なんかない』って、ヤケになってた。だから、どんどんアイツらに染まったし、染まらなきゃいけないって。というか、染まって行けたんだろうな。でも、今は違う。こんな俺にだって、家族ができたからな。それに……俺にはお前が必要だ」
梓は刹の耳が赤くなっているのを、見逃さなかった。刹は、照れた時や緊張した時は、いつもすぐ"耳が赤くなる"。あぁ、昔から変わらないなと、少し可愛く思った。
「俺さ、思ったんだ。あのまま鴉に襲われずに、ただの農家の息子で終わってたら、どうなってただろう? って。毎日田んぼや畑耕して……。両親もいて。そのうち普通に嫁もらって、子ができて。それも幸せだったのかもしれない。鴉に連れて行かれたのは最悪だったけど、梓に会えたし、皆にも会えた。多少、強くもなれた。悪い事もあったけど、いい事もあった。だから、今は満足してる。俺さ、子供の頃、本当はすぐ泣く弱虫だったんだぜ?」
刹は笑いながらひとしきり言い終えると、「……あ、そうだ」小さく呟き、わざとらしく懐を探った。
ごそごそと取り出したのは赤い組み紐。
「律さんのとこで買ってきたんだ。今、街で流行ってる“お守り”なんだとよ。本当は守り袋でもやろうかと思ってたんだけど、身につけるにはこれがいいらしいから。二人で付けると、絆が深まるらしいぞ?」
刹は再びにっと笑い、梓の左手を取った。
「ガキの頃から一緒にいるんだ。もしも何かあったとしても、これがある限り必ず傍に……」
梓は呆れて笑った。
けれど、目の奥に宿る光は、泣きそうなほど優しかった。
組み紐を梓の左手首に結ぶ。
最初こそ梓は呆気にとられていたが、やがて赤く結ばれた左手首を見つめ、まんざらでもない顔をした。
「俺にもつけてくれよ」
刹が右手首を差し出す。
梓は少し照れながらも、そっと組み紐を結んでやった。
二人は並んで赤い紐を見下ろし、わずかに笑みを交わす。
「常葉様にお参りして帰るか」
刹が拝殿へ向かって歩き出す。
梓はその背中を見ながら、ぽつりと呟いた。
「……ありがとう、刹」
そして二人は並んで拝む。
(梓を守れますように)
(刹を守れますように)
境内を後にしようとしたその時。
刹は、何か視線のような物を感じた。
目をやると、狐の彫刻がこちらを見ていた。
ほんの一瞬だけ “風鈴でも鳴ったかのような澄んだ空気” が通り抜ける。
「……気のせい、か」
夕暮れの風が吹き抜け、結ばれた赤い組み紐を静かに揺らしていた。
◇ ◇ ◇
刹と梓が並んで歩き、帰路につく。
清瀬の街中を通り、街の出口にさしかかろうとした時、いつものあの声が飛んできた。
「刹さぁーん」
「げっ」
梓は駆けてくる結の顔を見ると、あからさまに嫌な顔をする。
「刹さん! また例の効能書き、お願いしてもよろしいかしら? あれから売れ行きがよくて」
「あ、いいですよ? いつにしましょうか?」
刹の急な態度の代わり用に、梓は刹の足を思い切り踏みつけてやった。
「いっでぇーッ!」
刹はぴょんぴょんと飛び跳ね、足をさする。
「あら?」
結が梓の手首を見たあと、刹の手首を眺める。
「あらあらあら?」
「な、なんですか?」
梓がぶっきらぼうな態度で結に尋ねると、結は口に手を添え、「ふふふ」と笑う。
「やっぱり、刹さんと梓さんて、"そーいう関係"だったんですねぇ?」
「え?」
梓はわけが分からず、刹を見た。
刹は、顔を赤らめて、あさっての方向を見ている。
「その組紐、最近清瀬で流行っている『縁結び』のものなんです。それを恋人同士で結び合うと、必ず結ばれるっていう……」
「えっ!?」
それを聞いた梓は、何故か結に焦って弁解を始めた。
「いや、でも。俺、こんな顔でも男って分かりますよね?」
「分かりますよ? 別にいいじゃないですか。男同士の何がいけないんですか? むしろ……尊い……」
結の、うっとりとした恍惚な表情に、梓は唖然とする。
「梓っ! 帰るぞ! 結さん、また来ます!」
刹は梓の左手首を掴むと、引っ張って歩き出した。
「また、お二人で来てくださいね!」
梓が振り返ると、結がにこやかに手を振っていた。
引かれる手首には揃いの赤い組紐が揺れていた。
耳まで真っ赤にしながら、前を歩く刹の背中を見て、梓はなんだかほっこりした。
曼珠沙華之段 了
【あとがき】
皆様、ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます。
今回の話で『曼珠沙華之段』は、終わりになります。
次回は、軽い幕間を1話入れ、その後から『新段』に入ります。
一発目の段から、なかなかに重たく、"なろう"にはないギリギリの攻めをしてしまいました。(本当に首の皮一枚だと思う。)
本当によく読んでもらえたなと、感激しております。
曼珠沙華の毒は?赤坂の陰謀は?何故、朔が鴉に狙われたのか?他のみんなの業は?里復興!
まだまだ謎+労働が残ってはおりますが、がんばってついてきていただけると幸いです。
よしなに。
追伸 : 個人的に空気クラッシャーの結さんが好きです(笑)




