廿陸 梓の記憶 其の参
目の前に立つ生意気な顔の少年、刹だった。
(僕とあまり変わらないくらい……?)
それなのに、何だか偉そうな態度が鼻につく。
「お前、きったねぇな」と汚いものを見るように梓に言い放った。
梓は知らぬ顔をしてそっぽを向いた。
「お前、無視すんな」
刹が突っかかると「いてっ」と頭を抑えた。
「それは俺がお前に言ったやつだろが」
玄瑞が刹の頭を小突く。
梓は(なんなの?こいつら……)と思いながら、目を合わせないようにした。
玄瑞は、庵の戸口で紅梅と何やら言い合いをしている。
「して。どうじゃった」
玄瑞が紅梅に尋ねる。
「俺が潰すまでもなかった。すでに他国の兵が押し寄せ、根源は潰されてた。で、あいつが、多分生き残り」
玄瑞は、「へへへ」と笑い梓を指さす。
「なーにが『へへへ』じゃ! お前、こやつらの食い扶持稼げるんじゃろうなぁ!」
紅梅は玄瑞に八つ当たる。
だが、玄瑞は言う。
「いやいや、自分の食い扶持ぐらい自分で稼げるよなぁ?」
玄瑞は梓を見て、頷くように促す。
だが梓は一言も口を聞かず、目も合わせず、微動だにしない。
「刹はちゃんと稼げるもんなぁ」
玄瑞の言葉に刹は、得意げに言う。
「俺はちゃんと畑仕事も、水汲みも、山菜採りもやってる」
「なぁ? えらいよなぁ、刹」
玄瑞は刹の頭をわしゃわしゃと撫で回す。
刹は、「やめろ」と玄瑞から離れようとするが、玄瑞が捕まえて逃がさない。
「はぁ……。まったく。同じ境遇の子らは、引き合うのかのぉ。仕方ない」
紅梅は両手で杖をつき、その上に顎を乗せ頬杖をつく。
玄瑞は紅梅の反応を見て、「よかったな」と梓に目配せをした。
「とにかくじゃ。まずは、こやつを洗わねばの!」
「じゃあ、俺手伝う……むぐっ」
手伝いに行こうとする刹を、玄瑞が小声で引き止める。
「お前っ! 女の裸みるなんぞ、10年早ぇんだよ!」
「あ……」
刹は顔を真っ赤にし、背けた。
(馬鹿じゃないの……)
梓はこのやり取りを見て、自分だけ違う世界にいるような気がした。
周りに沢山人がいるのに、自分だけ一人。
そんな気がした。
◇ ◇ ◇
川辺に湧く出湯で、梓は紅梅に綺麗に洗われた。
髪を整え、体が小さかった為、紅梅の着物をあてがわれる。
肌は透き通るように白く、艷めく。
刹は、梓を見て、顔を赤らめ呆けている。
紅梅が何やら玄瑞に耳打ちをした。
「げっ! ほんとかよっ! 刹には黙っとこう」
玄瑞は何やら紅梅から告げられ、刹を見てニタつく。
それを見た梓は、「ふん」っと顔を背けた。
「お前、こっち来いよ」
刹が梓の手を取ろうとしたが、梓は振り払う。
刹は少しムッとしたが、すぐに気を取り直して離れに案内した。
離れに入ると、知らない家の匂いがした。
「ここ、俺たちしかいねぇから、好きに使えよ」
普通に話しているだけなのに、刹が話すと梓には自慢げに聞こえる。
なんだか、自分の家と自慢されているようで鼻につき、こいつは好きになれないと思った。
部屋がいくつかあったが、何故か刹のいる部屋に入り、壁の隅に蹲る。
「そこ、俺の部屋……」
一人になりたいはずなのに、一人になるのが怖かった。
『もう、自分は独りなのだ』
梓はその日、一言も口を聞かなかった。
広間の囲炉裏を囲んで、皆で飯を食った時も。
表情一つ変えなかった。
梓は寝床には入らず、部屋の隅でうずくまり、一晩過ごした。
次の日も、またその次の日も、紅梅に呼ばれて何かをする時以外は、ほとんど部屋の隅にうずくまっている。
紅梅は見かねて梓を庵に呼び出すよう、刹に言った。
「おい、お前。ばあさんが呼んでる。ついてこい」
刹の相変わらずの偉そうな態度に、内心イラつきながらも、刹と並んで庵へ向かう。
庵に着くと、紅梅が二人に囲炉裏端に座るよう促した。
「あれから数日経つが、おぬしからまだ名を聞いておらんかったな。名は?」
梓は答えなかった。
すると、業を煮やした刹が梓に冷たく言う。
「お前、寝床と飯まで出してもらって無視かよ。名前ぐらい言うのが礼儀じゃねぇのか」
梓はムッとしたが、表情には出さない。
「……梓」
刹に言われたから、言ったのではない。
『名がわからなければ、不便だろうと思ったから伝えただけ』自分にそう言い聞かせた。
「梓か。玄瑞から聞いたが、おぬし『薬師村』の生き残りじゃろ? 薬草に知識はあるかの?」
梓は答えない。
紅梅は「ふぅっ」とため息をつき、二人に言う。
「明日、二人には薬草を採ってきて貰おうかの。採ってきてもらうものは、紙に絵を記しておくでの。明朝、一番にここに来い。よいな」
刹は頷いたが梓は無視した。
離れへ戻り、梓は部屋に入ると、やはり部屋の隅でまたうずくまる。
刹は梓を横目に知らん顔をしながら、字の勉強を始めた。
それをちらりと見た梓は「また自慢かよ」と思い、顔を伏せた。
――次の日。
紅梅に言われた通り、薬草摘みに出かけた。
梓は、紅梅から渡された紙に書かれた絵を頼りに、薬草を摘んでゆく。
刹には、紙に書かれた絵がいまいちわからなかった。
どの草を見ても同じに見えた。
「梓、どれが薬草なのか全くわからないんだけど。お前、よくわかるな?」
梓は刹に『名前は呼び捨てにされ、お前』と言われて、またイラつく。
「うわぁぁっ!」
梓が素知らぬ顔で薬草を摘んでいると、背後から刹の悲鳴が聞こえた。
振り返ると、刹が足をバッサリと切って血を流している。
「お前、何したんだよ」
梓は思わず声をかけた。
刹は足を痛がりながら、我慢強く言う。
「あ、あの木の上に生えてる茸を取ろうとした、足滑らせた」
梓は無言で背負った籠から水筒を出し、刹の傷に水をぶっかける。
「痛ぇ!」
「我慢しろ」
梓は手ぬぐいで傷周りの濡れた部分を拭き取り、摘んだ薬草を揉みほぐした後、刹の傷口に貼りつけ手ぬぐいで結ぶ。
刹は、その手際の良さに見惚れていた。
そして刹に背中を向け、おぶる体制をする。
「籠はお前が持て」
「いい。このぐらい……」
刹は立ち上がろうとするも、痛みが走り立つことすらできない。
「無理すんな」
「女におぶさるなんて! そんな情けねぇことできねぇ!」
梓は内心(馬鹿か)と罵り、刹は渋々、梓におぶられ山を降りた。
庵に帰ると、紅梅が二人を見るなり血相を変える。
「どうしたんじゃっ!?」
「俺がヘマやって、足切っちまった」
刹は苦笑いしながら、紅梅に傷を見せた。
刹の傷口は、きちんと応急処置がしてある。
その丁寧な処置に紅梅は驚いた。
「これは、梓。おぬしがやったのか?」
紅梅が梓に尋ねるも応えない。
代わりに刹が口を開いた。
「うん。梓がやってくれた。すごく手際もよかったから助かった」
紅梅は「ほう」と梓を見て告げる。
「梓や。明日からワシの手伝いをしておくれ。
お前なら、役に立とう。ようやった」
梓は紅梅の『ようやった』という言葉に、目眩を覚えた。
そして、振り切るかのように紅梅に言う。
「薬なんか……見たくもない」
頭がクラクラしながらも、なんとか平静を装い部屋へ帰る。
部屋の隅でうずくまると、いつの間にか寝てしまった。
――梓は夢を見た。
真っ暗なのに、足元には一面の赤い花。
その花ごと自分を焼き尽くす炎。
『よくやった』
『お前ならできる』
あの化け物たちの声が響く。
逃げても逃げても、追いかけてくるあの声。
「嫌だ!来るな!来るなー!」
足元に広がる赤い花は、無数の人の手に変り、梓を引きずり込もうとする。
「ごめんなさいっ! 薬をっ!」
梓は眠りながら声に出し、もがいた。
「梓! 梓!」
梓は刹の声で呼び戻された。
身体中汗でぐっしょり濡れ、はぁはぁと息を切らしている。
気づけば刹が梓の肩に手を置き、目の前にいた。
「どうしたっ!? お前、汗びっしょりじゃねーか!」
「はぁはぁ」吐息を切らし、胸を抑える。
「なんでも……ない……」
梓は刹の手を振り払い、またうずくまる。
刹はついに堪忍袋の緒が切れ、梓を怒鳴りつけた。
「ほんっと、いい加減にしろよ! めんどくせぇなぁ! 言いたいことあるなら言えよ! 聞いてやるから!」
梓はチラリと刹を見ると、一言だけ言い放つ。
「ほっといて……」
それを聞いた刹の中で、何かが切れた。
「お前なぁ! 気になるんだよ! いちいち態度が"構ってください"みたいにさぁ! お前も戦孤児なんだろ? 俺と一緒じゃねーか! いつまでもウジウジしてんなよ!」
梓は刹から放たれた『ウジウジ』という言葉が妙に引っかかり、段々とイライラが募り始める。
「騙されて苦しくて、みんな……全部嘘だったって気持ち、わかんのかよ!」
梓は涙をいっぱいに溜めながら、刹に食いついた。
「なんだよそれ。意味わかんね。でも、お前が酷いことされたってのは、何となくわかる。もし、そいつがまた来たら……俺がぶっとばしてやるよ。俺がお前を守ってやる。だから、こっちこいよ」
刹が梓の腕を掴み、引き寄せた。
だが、梓はその手を振り払う。
「いらない。お前の手なんか、借りない!」
その言葉に、刹の中で何かが切れ、取っ組み合いになった。
暫しお互いに罵りあいながら、着物を掴み、部屋を転げ回す。
しばらくの後、「はぁはぁ」吐息を切らしながら、二人とも大の字に寝転ぶと、刹が梓の手を取った。
梓は何故かその腕に安心感を覚え、涙がとめどなく溢れ出る。
刹は、梓を引き寄せると、背中を優しくさすった。
たった一つしか歳は違わないのに、刹がやたら大人に見えた。
「お前、本当は薬嫌いじゃないんだろ?あんだけ手際よく、俺の傷手当してくれたし。見たくもないなら、しないよな?」
「……うん」
「俺たち、隠し事なしな!」
「……うん」
「お前、女のくせに結構力あんのな? お前みたいなじゃじゃ馬、ぜってぇ嫁の貰い手ねぇな」
刹は、笑った。
梓には言っている意味がよく分からなかった。
「じゃあ、貰い手なかったら、お前が貰ってよ」
「いいぜ」
「約束な。まぁ、俺、"男"だけどな」
刹は思わずガバっと身を起こし、梓は不敵に笑った。
その夜、二人は同じ床につき、手を繋いで眠りに着いた。
梓は幾日かぶりに、心の底から安心を覚え、眠りにつく事ができた。
刹への嫌悪は、信頼へと変わっていった。




