廿参 悲しい打ち明け
数日が過ぎ、秋の野山も深まる頃。
梓は、刹の傷の具合を見ていた。
刹もすっかり元気になり、日常の生活が出来るまでに回復した。
「刹、包帯取るね」
そういうと、静かに包帯を外しながら戒める。
「まだ本調子じゃないんだから、作業はほどほどにね。傷口開いても、知らないからな」
「へいへい。わかってるって」
右肩に大きな傷が残った。
梓は申し訳なさそうに、刹の傷を撫でる。
「梓、くすぐったい」
そういうと、刹は直ぐに着物に袖を通し、照れくさそうに立ち上がる。
「……ごめん」
「ふぅ」とため息をつき、一人残された梓は、包帯を片付けると薬研を持ちだし、囲炉裏端で薬研を引き始めた。
しばらくすると、外から玄瑞と紅梅が言い合いをしながら入ってくる。
「じゃから! ワシは嫌じゃと言うておるのじゃっ!」
「んな事言ったって、俺らだけじゃ限界があるだろーがっ!」
「どうしたの?」
梓は二人の言い合いに、つい口を挟んでしまった。
「梓! 玄瑞のやつが、桐屋に里復興の手伝いを願い出ると言ってきかんのじゃっ!」
「だから、今のままじゃ、なかなか整うもんも整わねぇだろうが!」
梓は二人のやりとりに、「この義理母子は……」と、呆れ返って軽くため息をつく。
「師匠。玄瑞の言う通りですよ? ここは、師匠が少し大人になって、折れてはいかがですか?」
「梓までっ! 梓まで、玄瑞の肩を持つのかっ!」
紅梅がいきり立つも、梓は子供を宥めるように、優しく諭す。
「師匠。ここで桐屋の力を借りるのは、決して借りを作るわけではないのです。"使ってやった"、"儲けさせてやった"と思えばよいのです」
紅梅は、「なるほど」と相槌を打ち、早速桐屋への手紙を書き始めた。
玄瑞は感心しきったように、梓を褒める。
「お前、やるなぁ。あのばあさんが、一発で折れたぞ」
「物は言いようだよ」
梓はツンとそっぽを向き、再びゴリゴリと薬研を擦る。
どうも梓は玄瑞が苦手だった。
刹にちょっかい出すのもそうだが、それ以上に、玄瑞は生理的に受け付けない何かがあった。
「ふぅ」
薬研の中の薬を細かく砕き、ちょうど一息ついた所に、紅梅が手紙を持ってやってきた。
「梓や。すまぬが、刹と共に桐屋へこの手紙を渡しに行ってきてはくれぬか」
「刹、とですか?」
「うむ。あいつも大分と体が訛っておろう。歩くのが一番の回復じゃ」
「わかりました」
病み上がりの刹を連れて、桐屋のある"清瀬"の街まで向かうのは、いささか不安もあったが、師匠が言うなら仕方がないと承諾した。
紅梅は煙管を片手に、煙をくゆらせながら奥の部屋へと下がっていった。
不安を胸に、薬研を片付けて立ち上がる。
こうして二人は里を出て、清瀬へ向かう道を歩き始めた。
◇ ◇ ◇
清瀬は、”常葉様”という御狐様を祭った山の麓に位置し、この辺りでもかなり大きな町だ。
大店や、薬問屋など、生活に必要な物は大抵ここで揃う。
このあたりは “常葉様” への厚い信仰心のおかげで、戦の戦火を浴びることなく、平和に治められている――と、昔から聞かされてきた。
冬に差しかかる、秋のほんのり冷たい風が頬をかすめ、心地よい。
遠くに見える山々は、赤や黄に色づき鮮やかさを増している。
朝の空気は澄んでいるのに、梓の胸の奥は落ち着かなかった。
やがて町並みが見えはじめると、ざわめきと馬の嘶きや、荷車のきしむ音が押し寄せてくる。
「ちょっと前のあの戦。やはり赤坂が圧勝だったらしいぞ?」
「赤坂は野盗まで雇っていたらしい。そこまでせんでも」
「恐ろしいな。赤坂との戦の後は、毒気が強くて、暫くは近寄れんと商人共が言うておったぞ」
すれ違う町人の会話は、赤坂の噂で持ち切りだった。
「赤坂か……。戦ばかり仕掛けて、村を潰して回って。何が楽しいんだか」
誰に言うでもなく刹がつぶやいた。
梓の胸がざわつく。
それを見透かしたように、刹は低く言った。
「余計なもん気にするな。俺らは頼まれごとを果たしゃいいんだからな」
「……あぁ」
やがて、町の大通りに堂々とした店構えが現れる。
高い格子戸と白壁、立派なのれんに染め抜かれた「桐屋」の文字。
清瀬でも一、二を争う大店だ。
刹はのれんを押し分け、梓を促して中へ入る。
整然と商品が並ぶ店内に、穏やかな声が響いた。
「おやおや、刹くん。お久しぶり。体はもう大丈夫?」
桐屋の若旦那――桐谷 律がにこやかに迎える。
背筋の伸びた穏やかな男で、その存在感は店全体を包み込むようだった。
「あれ? 律さんなんで知ってるんですか?」
「ほら、先日玄瑞さんが前に来られた時に」
「なるほど」と相槌を打つと、梓に手紙を渡すよう促した。
「紅梅からです」
律は手紙を受け取ると、直ぐに目を通し、返事を書くので少し待つように言った。
その間、店の中の商品を見て回る。
さすが、大店というだけあり、色々な物が取り揃えられていた。
刹は、何やら熱心に商品を手に取り、眺めている。
「刹、何見てるの?」
声をかけるも、「なんでもないっ!」と慌てふためき、商品を戻す。
そうこうしているうちに、律が奥から手紙を持って奥から出てきた。
「これを紅梅様に」
梓は手紙を手渡され、風呂敷の中にしっかりとしまった。
「他に御用はないかな?」という律に、刹が「梓、ちょっと外で待ってろ」と外に出るように促す。
梓は仕方なく、怪訝な顔をしながら店を出た。
(なんだろ? なんかさっき見てたよな? まさかっ! いかがわしい本じゃないよね)
梓は道端に転がる小石を蹴りながら、店先の柱に持たれて暫し待った。
暫くすると暖簾を押し分けて、刹が出てきた。
「すまん。待たせたな。行こうか」
刹は何事もなかったように歩き出す。
手には何も持ってない。
あまり怪しむのもどうかと思い、そのまま刹について歩いた。
しばらく町を歩いた二人は、暖簾をくぐった。
湯気と味噌の香りが漂ううどん屋で、木の卓に腰を下ろす。
「……思ったより人が多いんだな」
梓は箸を止め、外のざわめきに耳をすます。
「だからこそ、飯は食えるうちに食っとかないとな。待たされるのはごめんだ」
刹は運ばれてきたうどんを豪快にすすり、すぐさま食べ終わり、器を置く。
「刹。もう少しよく噛んでゆっくり食べなよ。まだあまり、胃腸も整ってないんだからさ」
「あー、すまん。つい。うどんってさ、柔らかいし、飲み物みたいにするっと入っちまうからさ」
そして続けて、何気ない調子で言った。
「なあ、梓。せっかく清瀬まで来たんだ。あとで……常葉神社に寄っていかないか?」
梓はうどんを少し啜り飲み込む。
「……神社に?」
「体慣らしだ。階段もいい鍛錬になる」
刹はそう言うと、湯気の向こうを眺めた。
ふたりは町を抜けて街道を道なりに進んだ。
やがて分かれ道を山手へと折れ、緩やかな坂道を登っていく。坂を登りきった視界の先に、真紅の鳥居がずらりと連なっていた。
陽の光を浴びて赤がぎらぎらと輝き、回廊のように続いている。
その赤が梓の脳裏で花に変わり、軽く目眩を覚えた。
――曼珠沙華。
夢の中で幾度も見た、血のような赤い花。
『あなたは、私たちの――』
頭の中を声が回る。
胸の奥がドクンドクンと波打ち、呼吸がだんだん浅くなる。
刹は横目で梓の変化を捉えた。
迷いなくその手をつかみ、低く短く告げる。
「行くぞ」
力強く、そして優しく。
刹の掌の熱に引かれ、梓は何の抵抗もできず鳥居をくぐった。
赤に呑まれそうな意識を、刹の手の熱だけが現実へと引き戻していた。
長い鳥居を抜け石段を上りきると、常葉神社の境内が広がっていた。人の気配はなく、風に揺れる木々のざわめきと、遠く町のざわめきが微かに届く。赤や黄に染まる葉が舞い落ち、どこか哀愁を漂わせる。
刹は無言で梓を拝殿の縁に座らせ、背をゆっくりと摩った。
「……なぁ梓」
遠回しな言葉はなく、刹はそのまま問いかける。
「俺が毒を喰らってから、お前……様子がおかしい。何か隠してるだろ」
いきなり確信を突かれ、刹の目を見ることができない。胃のあたりが押し上げられる感覚に陥る。梓は視線を落とすと息を呑み、唇を噛んだ。
(言い逃れ、できないな)
梓は観念し、喉の奥から精一杯の声を絞り出した。
「気づいて……たんだ」
力なく笑いながらも一瞬言葉がつまり、沈黙が流れる。
刹の顔を見ると、目を逸らすことなく静かに告げた。
「刹が受けたあの毒……あれは……俺が作り出したものなんだ」




