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まほろばー流転奇譚ー  作者: 雨音かえる
曼珠沙華之段

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23/33

廿弐 金策算段

――パチパチと、部屋の奥から音がする。

 

 紅梅が帳面を開き、算盤(そろばん)を片手に何やら書き込みをしている。

 目はギラギラと血走り、周りの音など聞こえていないようだ。

 

「ばあちゃん、ばあちゃーん!」

 

 朔が湯呑み片手に覗き込む。……が、全く気が付かない様子。

 

「はぁ。ばあちゃん、また金勘定しとるし……」

 

 割いた竹で器用に籠を編む火弦が、ため息混じりで手を止める。

 紅梅は昔から、数字と睨み合いをし出すと、誰が話しかけても応えなくなる。

 

「ふむ……米が一石、味噌樽ひとつ……炭はあと……」

 

 紙をめくる音が妙に重い。

 一人ぶつぶつと、何かに取り憑かれたように喋る。

 火弦の隣で(くわ)を修繕していた火緒が、紅梅を見て呆れた顔をする。

 

「ばあちゃん、ここの所、毎日金勘定しとんのな? よー飽きひんわ。金勘定ばっかりして、何が楽しいんやろか」

 

 さらに隣で話を聞いていた玄瑞が、火緒に向けて咄嗟に、「しーっ!」と口元に人差し指をやる。

 

 パチッ

 

 紅梅の弾く算盤の手が止まった。

 

「毎日金勘定して楽しいか? ……だと?」

 

 紅梅が火緒をギロリと睨む。

 

「おぉー、楽しいともさッ。お前らの飯の金、お前らの衣の金に、家の修繕費! おまけに玄瑞が作ってきた借金ッ! 一体……誰がやり繰りして回しておると?」

 

 火緒と火弦はたじろぎながら、「紅梅様です」と言い、頭を下げる。

 

「ワシなんぞ、この着物、もう幾年月着ておると思う? お前らが成長する度に、衣をやり替え、その度に金がかかる。飯だって、ワシの分どれほどケチってお前らに食わせておると思うか!」


 だんだんと紅梅の怒りは、頂点へと上り詰める。

 

「しかも、今は漁りすら出来ぬッ! 貯めた金も尽きかけておるッ」

 

 はぁはぁと肩を荒くし、今にも筆を折りそうな勢いの紅梅に、朔が慌てて割って入る。

 

「まあまあ、ばあちゃん落ち着いて。ばあちゃんの有難みはよくわかってるからさ」

 

 火弦も続ける。

 

「せやで。飯の心配せんでええように、森で狩りやら木の実とったりしよるし」

 

 紅梅がふんっと鼻で笑う。

 

「そりゃそうじゃ。お前らは食わせてもろうておるんじゃからな! 働かずして食うべからずじゃ。自分の食い扶持は自分で稼がねばなるまいて! そこの穀潰しにも言うてやれ!」

 

 玄瑞は「はいはい」と肩を落とす。

 紅梅は帳面を閉じて、静かに話し始めた。

 

「まぁ、生きるには何を言うても金がかかる。飯を食っていくには、稼がねばならんのじゃ。しかも、今ある金でうまくやり繰りをする。それが生活じゃ。お前らもじきに、一人立ちする日が来るじゃろうて。その時の為に金策は重要なことじゃ」

 

 紅梅の説教話を聞き、皆静かに頷く。


「とかく、今は里と言わず、自分達の生活を何とかせねばならぬのじゃからな。協力せねば、何事も上手くゆかぬ」

「そうだよなぁ。協力は"大事"なんだよな?」


 玄瑞が紅梅の前に座り、ニタっと意味深な笑みを浮かべる。


「なんじゃい。気持ち悪い笑いを浮かべよって」

「ならよ、"桐屋"に手伝って貰うってのはどうだ?」

「んなっ! それは、ならぬ! それだけはならぬぞ! 玄瑞ッ!」


 玄瑞の"桐屋"発言に、紅梅はムキになってたじろぐ。


「でもよぉ。このままだと、いつまで経っても里の復興どころか、家ひとつも直せねぇじゃねえか」

「うぐっ」


 玄瑞のまともな意見に返す言葉もない。

 だが、紅梅は引き下がらない。


「じゃが、嫌なものは嫌じゃ! 今更あヤツになんぞ貸しを作りとうないッ!」

「ばあちゃん。そないな事言うとる場合やないで。はよ、体勢立て直さな。借金は漁り出るなり、仕事出るなりして返したらええやん」


 火弦の最もな大人びた意見にも、紅梅は子供のように口を尖らせ、ぷいっとよそを向く。


「ばあさん。意地張るのやめろよ。この先の為だぞ?」


 玄瑞が宥めにかかるが、紅梅には逆効果だったらしく、玄瑞に当たるように怒鳴り散らす。


「あ、あやつは! あやつは裏切り者じゃ! ワシは生涯独身を貫き通したと言うに、いくら家の為じゃからと、嫁を取り、子を成し、孫までおる! 絶対に許せんのじゃっ!」


 紅梅は、床に突っ伏し、年甲斐もなくオイオイと泣き始めた。


「え……」


 皆引き気味に、冷ややかな目で紅梅を見る。


(結局、そこかよ……)


 全員が同じことを思った。


「まぁ、ばあさんの気持ちは分からんでもないけどよ。ばあさんは俺と言う息子を養子に取ったじゃねぇか。ばあさんも、息子がいるんだから、おあいこって事で」


 紅梅は玄瑞の言葉にキッと目を釣り上げ、「そういうことじゃないわいっ!」と、ドスドスと足音を荒らげ家から出た。


◇ ◇ ◇

 

 紅梅は家から少し離れた、かつて桐谷家があった場所に来た。

 そこには家という形は残ってはいないものの、その形跡は伺えた。

 紅梅はその場にしゃがみこみ、そこらにあった木の枝で、土に"のの字"を何度もなぞる。


「久造……。お前は、阿呆じゃ。男とは、皆、阿呆なのかのぅ。目先の事しか考えておらぬ……。ワシはこんなに想うておるのに……」


 ――遠い目をして、肩を落とした。


「桐谷家が営む、桐屋……か。ダジャレのセンスは昔からないのう。久造」


 目を瞑れば、昔の光景が瞼の裏に浮かび上がる。


「もう、こんな年になってしもうたわい」

(あの時、もっとワガママになっておれば、よかったのかのぉ……)


 紅梅はふうーっと息を吐いた。


「ばあさん。昔の事を悔やんで思うより、今出来ることした方がいいんじゃねぇのか?」


 頭上から玄瑞の声が落ちる。

 玄瑞は、紅梅の横に並んでしゃがんだ。

 紅梅は、またも子供のようにぷいっと顔を背ける。


「ばあさんも、じいさんも、もういい歳だ。正直、いつ死んでもおかしくねぇ」

「ぬかせ。勝手に殺すな」


 紅梅はいじけたように、言葉を返す。

 それを聞いて、玄瑞が笑う。


「まぁ、殺しても死にそうにねぇけどな。だからよ、茶飲み友達ぐらい、やっとけよ」

「うるさいわいっ!」


 玄瑞は「よっこらしょ」と立ち上がると、「俺も年取ったな」と笑いながら帰って行った。


「茶飲み友達……か」


 紅梅は、久造と縁側で茶を交わす姿を想像し、「それも悪くないかもな」と、一人笑った。

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