表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
まほろばー流転奇譚ー  作者: 雨音かえる
曼珠沙華之段

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/34

廿壱 夢裡(むり)の聲(こえ)

 気がつけば三日が経ち、あれよあれよという間に、草で覆われていた里が綺麗になってゆく。

 引いた草は乾燥させ、火種にするために1箇所に集められた。

 刹の療養場所として、里に流れる小川沿いの小さな家を使えるように、皆でなんとか整えた。

 

 「梓、刹とあの家を使え。囲炉裏は新しく灰をかいておいたからの。当面はそこで安静にするがよい」

 

 紅梅からそう告げられると、早速移動に取りかかった。

 双子が刹の脇につきながら、ゆっくりと家へ連れていく。

 刹の足取りはまだ乏しいが、一人で歩けるまでには回復した。

 

「刹、おかえり」

 

 梓は久々の刹の帰還に、微笑む。

 

「ただいま、梓。……。お前、その顔……」

 

 刹は梓の顔を見ると、目の下を親指でなぞる。

 梓は視線を逸らし、刹の手を跳ね除けると、そそくさと家を出ていく。

 

「何かあったら、声掛けて」

 

 刹を不自然に振り切ったかと、自己嫌悪に陥るも、梓の意識はもっと別の所へと引きずられていた。


(まただ……。また、あの夢。……白昼夢まで)

 

 瞼の裏に浮かぶのはあの赤い花。

 脳裏に響くのは、忘れ去ったはずのあの声。


 

 ――「お前のためだから」

 ――「お前は将来有望だ」

 ――「お前は私たちの誇りだ」


 

 聞こえもしない声に胸が詰まり、喉が焼けるように苦しくなる。

 目の下には濃い影。

 ふらつく足取りに声がかかる。

 

「梓? その目の下どないしたん? あんま寝てへんのとちゃう?」


 火緒が心配そうに、顔を覗き込む。

 

「梓、ちゃんと寝た方がいいよ」


 朔も気にかける。 

 火弦が腕を組み、さらに追い打ちをかける。

 

「せやで。梓に倒れられたら二人分の世話する羽目になるんやからな? それだけは勘弁してや」

 

 梓は「ありがと」と空元気に一言残し、小川の水を汲みに行った。


 小川に映る自分の顔は、どことなくやつれ、刹よりも死人のように見える。


(こんなんじゃ、だめだ……。しっかりしろ、俺!)


 梓は、川の水で顔を冷やした。

 そこには、水なのか涙なのかわからない水滴が、頬を伝っていた。


◇ ◇ ◇


 空の茜色が夜の闇にさしかかろうとした時、里に懐かしい声が響いた。


「おーい! お前らぁ! 生きてるかぁ!」

「「「玄瑞ッ!」」」


 双子と朔は、大慌てで家から飛び出て、久しぶりのその体に抱きつく。

 玄瑞の匂い。でも、どこか他人のような匂いがした。


「ほーれ。必要なもん持ってきたぞ」


 玄瑞は、大きな俵ぐるまに、生活用品を山ほど乗せてきた。


「どうしたんじゃ!? これはっ!」


 紅梅も家から出てきて、驚きながらも、口の端に零れる笑みをおさえられないでいる。


「来る途中、桐屋に寄ってきた」

「なんじゃと!? お前、金はどうした!?」

「ん? ばあさんのツケ」


 玄瑞はニッと笑い、紅梅は頭を抱えた。

 そして、ハッとした顔で玄瑞に詰め寄る。


「お前、余計なことを言うておらぬじゃろうな?」


 紅梅がギロリと玄瑞を睨むと、玄瑞はゆっくりとそっぽを向く。


「きぃーっ! お前っ! 久造に話したのかっ!」

「すまん。成り行きで」


 玄瑞は軽く謝ると、双子と朔に荷物を下ろし、家に運び込む告げた。

 米、野菜、調味料などなど。しばらく生活するには困らぬほどの量があった。


「玄瑞! 久造はここに来ると申しておったか!?」

「あー、言ってた」

「ぐぬぬっ……」

「だけど、とりあえず断っといたわ。ばあさんの面子もあるだろうしな」


 紅梅はその言葉に胸を撫で下ろした。


◇ ◇ ◇

 

 梓が刹の粥を作っていると、何やら外が騒がしいことに気がついた。

 

 家の外に出てみると、玄瑞が沢山の荷物を持って来ている。


「玄瑞っ!」


 梓が玄瑞に駆け寄ると、玄瑞はすかさず刹の様子を聞いた。


「梓、刹はっ!? あいつは、大丈夫なのか?」


 梓が頷くと、玄瑞は胸を撫で下ろし、刹のいる家へと向かう。


「刹っ!」


 玄瑞は刹の顔を見るや否や、抱きつき、いつものように頭をワシャワシャと撫で回す。

 刹は傷を負った肩を庇いながら「痛い痛い」と、玄瑞との再会を喜んでいた。


 玄瑞が皆のいる母屋へ帰る時、ふと梓は呼び止められる。


「梓。お前、なんだか元気ないな?」

「そう?」

「いつもなら、刹との間に割って入るのに。それに、その顔。看病もほどほどにしろよ?」

「うん。ありがと」


 梓は玄瑞の後ろ姿を見送ると、再び家へと足を向けた。


(今日こそは。絶対に……眠らないと……)

 

 

 その夜――。

 破裂するような音が脳を直撃した。

 梓は反射的に布団から跳ね起きた。

 胸がどくどくと暴れ、冷たい汗が頬を伝う。

 瞼を閉じれば、すぐに声が蘇る。

 

――「お前は私たちの道具よ」

――「お前は私たちの言うことを聞いていればそれでいい」

――「いい子だ」


 梓の喉から、「うっ」と押し殺したような呻き声が漏れた。

 慌てて口を手で抑える。

 隣に眠る刹を起こしてはいないか心配になり、刹の方を見た。

 刹は、静かに寝息を立てている。

 少しだけ安堵し、また眠りについた。


 ——次の夜も、梓は布団の中で身を縮めた。

 耳を塞いでも声は止まらない。

 胸がきゅうっと締めつけられる。

 息が荒くなりかけたそのとき――。

 

「やめろ……!」

 

 梓は自分の声で目を覚ました。

 額から汗がつうっと流れ落ちる。

 喉は焼けつくように乾くが、。荒い息を抑えようと、歯を噛みしめて堪える。

 薄掛けの端をぎゅっと握りしめ、梓は必死に自分に言い聞かせた。

 

「……大丈夫だ。ここにはもういない……いないから」


 横では刹が梓に悟られぬよう、寝息を装いながら様子を伺っていた。


 

――夜が来るのが怖い。

 薄掛けの中で丸まって縮こまる。

 

(ねむ……れない)

 

 けれど瞼を閉じれば、すぐに意識は赤に呑み込まれる。 

 また声が響く。

 

 ――『なぜ、言うことが聞けない!』

 ――『この、化け物がっ!』

 ――『俺たちの命、返せっ!』 


 複数の声が重なり合う。

 赤い花の花びらが暗闇の中、無数に舞い、梓を取り囲む。花びらの向こうに佇む二人の男女。

 心臓が『どくん』と嫌な音を立てた。

 全身の血が逆流するような息苦しさに、梓は布団の中で身をよじる。

 汗が滲む。喉が焼ける。 

 その瞬間、ぶちっと何かが切れた。

 胸の奥から抑えきれない叫びが噴き上がる。

 

「やめろ……俺は……お前らの……道具じゃない!」

 

 悲鳴と共に飛び起きた。

 目は見開き、息は荒く、全身は汗でぐっしょりと濡れている。

 暗闇の中で肩を震わせていた梓の視線が、ふと横に流れる。

 刹が身体を起こし、こちらを向いていた。

 

 「刹……俺……。俺、ほんとは……」

  

 言いかけた途端、急に喉が詰まったように息が止まる。肺が空気を求めて痙攣し、呼吸が浅く速くなる。

 刹は咄嗟に梓の異変に気付き、身体の不調も忘れすり寄る。

 

 「梓? 梓!」

  

 刹の声が必死に響く。肩を支え、背をさすり、何度も呼びかけて来るが、その声もだんだん遠くなる。

 梓の体は硬直し、荒い息は止まらない。

  

 「い……息が……できな……」

 (怖い……ッ!)

  

 刹は、梓の体をぐっと抱き寄せ、自分の胸元に顔をうずめさせる。背中をさすりながら、低く落ち着いた声を落とす。

 

「大丈夫だ。……大丈夫だから。ゆっくり……ゆっくり息を吐け。吸うよりも長くだ」

 

 荒い呼吸に合わせ、根気よく、ゆっくりと背中をさすり続ける。


「ふぅー、ふぅー」

 

 刹の心音が、梓の中で安堵に変わる。

 しばらくして、梓の体の震えは次第に和らぎ、呼吸も落ち着きを取り戻した。

 刹はそっと腕をほどき、傍に置いてあった桶を引き寄せる。

 桶から匙で水を汲み、梓へ差し出す。

 梓は水を受け取るなり、慌てて口に運んだ。

 だが――

 

「ごほっ……ごほっ……!」

 

 喉がうまく通らず、盛大にむせた。

 胸を叩きながら、荒い息のまま刹を見上げる。

 刹は言葉を挟まず、ただ背をさすり続けた。

 

「大丈夫か?」

 

 静かな声。

 梓は、かすれた声で短く返した。

 

「……大……丈夫」

 

 追及されたら壊れてしまいそうで、それ以上は言えなかった。

 刹は、再び梓の体を抱き寄せ、力強く抱きしめる。

 

「ほんとか?」

 

 それでも刹は心配そうに梓の顔を覗き込む。

 

「……疲れてるのかな? 数日まともに眠れてないんだ。浅い夢ばかりで、胸の奥がずっと張ったままで……。でも、もう大丈夫だから」

 

 咄嗟にその場の言い訳をした。だが、嘘では無い。

 刹は梓の顔をしばらく見つめ――やがて、短く「……わかった」とだけ言った。

 刹は自分の布団に、梓を引き寄せた。

 

「これなら、何かあってもすぐ気づける」

 

 照れもなくそう告げて、隣に横になる。

 梓は言葉を失ったまま目を伏せた。


「子供のころ、思い出すな……」

 

 刹の言葉に、胸の奥に、わずかに温かさが宿る。


「お前には無理させすぎた。……ごめんな。俺が隣にいるから」

 

 微睡みの中、目をゆっくりと泳がす。

 だが気づけば、口が先に動いていた。

 

「……うん」

 

 その日を境に、悪夢は少しずつ和らいでいき、夢を見ても、刹の手がいつも背中に触れている。

 その感覚があるだけで、梓は安心できた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ