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まほろばー流転奇譚ー  作者: 雨音かえる
曼珠沙華之段

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21/35

廿 常葉の忍び

 ――その夜。

 崩れかけた家の小さな囲炉裏は、庵と同じ火を灯した。どんな場所であろうと、ぱちりと炭が弾け、変わらない温かさを与える。

 

 皆が囲炉裏端に集められた。


 刹は梓に支えられ、隣の部屋から、よたよたとおぼつかない足取りで歩いてくる。


「皆、集まったの」


 紅梅が皆の顔をぐるりと見渡し、「ふん」と鼻を鳴らす。


「皆に集まってもらったのはな、この里の話をしておこうと思うての」


 双子と朔は興味津々に身を乗り出し、刹は梓にもたれかかり、梓はそんな刹に薄がけをかけた。


「…………」

「なんなん? 早よ話してぇな!」


 火緒が紅梅にせっつくも、紅梅は苦虫を噛み潰したような顔をする。


「お前らのその顔、何とかならんのかっ。気になって話どころじゃないわいっ」


 双子と朔はお互いの顔を見合せた。

 刹も三人の顔を覗き込もうとし、梓が倒れないように支える。


「ははっ。なんだ? お前らのその顔っ」


 刹の声はか細いながらも、笑い声に少しだけ生気が戻っているのがわかる。

 双子と朔は、縁どったように真っ赤になった口で、「へへっ」と照れ笑いしながら、久々の刹との会話に顔が緩んだ。


◇ ◇ ◇


「おほん。気を取り直して」


 改めて紅梅が背筋を伸ばし、話し始める。

 双子と朔の顔には、紅梅の(めい)により、漁り用の面頬が取りつけられた。

 よすがは朔の胡座(あぐら)の上で丸まり、静かな寝息を立てている。


「火弦から、きちんとこの里、ワシらの事について説明せいと打診があった。ま、家族ならば伝えねばならん事は、伝えねばな」


 紅梅の凛とした態度に、周りも気が引き締まる。


「この里はな、常葉領、常葉時定(つねはときさだ)様のお膝元。ワシらは時定様の城仕えとして、戦忍びをしておったのじゃ」

「戦忍び?」

「主に戦に出る忍びのことやろ?」


 火緒の疑問に、火弦が紅梅の代わりに応える。

 

「左様。常葉と言えば、この辺りの四国(よんごく)。常葉、赤坂、白岩、青陽の中で、頭一つ飛び抜けて勝ち戦をしておった」

「ばあちゃんら、そんなに強かったん?」 

「うむ。特にワシらはその中でも、優れた暗殺部隊として暗躍しておったのじゃ」


 紅梅は鼻にかけ、得意げになって話す。


「ワシ、久造、玄瑞、山吹、蓮音(はすね)の五人は"伍"という一つのまとまりでの。伍鬼と呼ばれておった。ワシの二つ名は、"鬼毒"。毒を扱い、吹き矢で撹乱する」


 その"毒"という言葉に、梓の体が反応する。


「久造は、『抉鬼(けっき)』、玄瑞は、『狂鬼(きょうき)』。二人とも、"鬼哭"という技を使い、声を上げる間もなく肉を切り裂き、骨を砕く」

「玄瑞が……」


 刹が、表情を失う。


「山吹は"紅鬼(くき)"、蓮音は"蒼鬼そうき"、二人合わせて"雙対(そうつい)"と呼ばれる、火縄銃の使い手じゃった。狙った獲物は必ず仕留める」


 双子が紅梅の言葉に、目を見開く。


「普段ワシらは表舞台に出ることはあまりないんじゃが、その日だけは違った。ワシら五人が、戦に駆り出されておる時、赤領城主、赤坂厳藤(あかさかげんとう)が暗殺されての。それをワシらのせいにされたんじゃ……。いわゆる、濡れ衣というやつよ」


 朔の手がじわりと汗ばみ、強く握る拳がどんどん白くなる。


「赤坂がこの里に、報復として攻め入り、この有様じゃ」

「なあ? ……それ、おかしない?」


 火緒が紅梅に口を挟む。


「ここは、隠れ里なんやろ? なんで、里の場所がわかったん?」

「ふん。火緒にしては、鋭い指摘じゃの」

「にしては! って、なんやねんな!」


 珍しく的を射た事を言ったにもかかわらず、窘められ火緒は口を尖らせた。


「すまん、すまん。それはな、里の中に"裏切り者"がおったのよ。そいつが、この里に代々伝わる秘伝書を盗み、赤坂に売りよった」


 紅梅の膝の上で握られる拳に、震えが走る。


「それにな。時定様も、ワシらを売ったんじゃ。時に強すぎる刃を持つ者は、いつ牙を剥くかわからんからの。赤坂と協定を結び、常葉領は今や赤坂領の配下。ワシらは二つの国に追いやられたのよ」


 抗う事の出来なかった当時を思い出し、紅梅は余程悔しかったのか、「あれほど国に尽くしてきたのに」と苦渋の声を漏らした。


「そしての。その盗まれた秘伝書には、我が里の一発必中の毒の製法が書かれておる……」

「え……?」


 思わず梓が顔をあげ、声が漏れてしまう。


「刹、すまぬ。お前が受けたその毒。常葉のものやもしれん」


 刹は何も言わず、ただ目を伏せ、両手を固く結び組む。


「じゃが、刹は命を取り留めておる。ワシらの製法ならば、必ず命を落とすでの。じゃから、違うものかもしれんし、そうかもしれん」


 紅梅の確信の持てぬあやふやな言葉に、火緒がヤキモキし、苛立ちを見せた。


「結局どっちなんよ! なんで、そうかもしれんと言えるんか、分からへんわ! 刹兄が生きとるんなら、違うもんなんやないん!?」

「いや、そうとも限らん。ワシらの毒は"曼珠沙華"を使うからじゃ。しかも、通常の曼珠沙華ではのうて、"白曼珠沙華"。その花は白く、根は血のごとく紅い。それが、ワシらの毒じゃ。それに、作り方がちと特殊での」

「そんで? その裏切り者とか言う奴は? 薬の製法知っとるん?」


 火緒が普段は出さぬような低い声で、紅梅に迫る。


「いや、あやつには製法までは教えなんだ。不出来な弟子じゃったが、どうも野心が強くての。そヤツの名は、"(かがり)"と言う。もはや、生きておるかもわからんがな」


 ガタンッ


 梓が体勢を崩し、床に手をついた。


「梓、大丈夫か?」


 梓は、一点見つめ、放心していた。

 刹が心配そうに梓の顔を覗き込み、頬に手をやる。


「大丈夫。ちょっと、寝不足なだけだから……。刹、先に部屋に戻ろう。刹の体にも響く」

「おぉ、そうか。早よぅ、休め」


 刹と梓は、二人で支え合いながら部屋へと戻って行った。

 その傍らで、双子も面頬の下で息を荒らげていた。胡座をかいた足首を強く掴み、肩を震わせている。


「火緒? 火弦? どうしたの?」


 二人の様子に朔は眉をひそめた。


「なんでもあらへん」

「俺らも早よ寝よ。明日も仕事、山のように残っとるし」


 双子はそう言うと、部屋の隅へと行ってしまった。

 残された紅梅と朔は、二人、囲炉裏を囲み静かな時を過ごす。


「朔よ。我が里はな、取り返しのつかん過ちを二つ犯した」

「二つ?」


 紅梅が頷く。


「一つ、戦忍びとはいえ、多くの命を奪ったこと。二つ、里の毒を流出してしまったこと。この二つじゃ」


 朔は何も言わず、黙って囲炉裏の火を見た。

 炭の火が弱まり小さくなりかけている。

 傍に置かれた小枝を降り、火に焚べた。


「里にはな、こんな掟がある」


 一、(いつわ)りを()さず

 二、(あざむ)くこと無く

 三、(まが)ひを飾らず

 四、(はづかし)めを加へず

 五、(たちまち)に背を向けず


「簡単に言えばな? 『騙すな、嘘つくな、誤魔化すな、貶めるな、見捨ててはならぬ』という事じゃ。忍びは、仲間の信頼と結託は絶対じゃ。じゃから、裏切りは……万死に値する」


 紅梅の顔つきがみるみるうちに険しくなり、歯を食いしばりながら、声を漏らす。


「本来ならば、裏切り者のそヤツを地の果てまで追い込み、トドメを刺すべきであった。じゃが、あの戦でワシらは全てを失うた。死んだも同然の身で、逃げるように表舞台から姿を消すのが精一杯じゃったんじゃ」

 

 朔は、紅梅の言葉に苛立ちを覚えた。

 

「……なんか、勝手だよね」


 囲炉裏に小枝を焚べながら、表情を変えることなく紅梅に告げる。


「戦とかさ、裏切りとかさ、毒とかさ。大人たちが勝手にしたことなのに、僕たち何の関係もないのにさ。巻き込まれてる」

「そうじゃな」

「自分たちのした事は、自分たちで何とかしないとだめだよ」

「そうじゃな」


 夜が更ける中、朔の静かな怒りは、囲炉裏の炎が燃え盛るように少しずつ増していった。

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