拾捌 廃墟の里
夕暮れに庵を出発し、夜通し歩き続けた。
明け方、ようやく空が白みはじめるころ、紅梅から「ここじゃ!」と歓喜の声があがる。
小川沿いに歩くと、その先に、大きな洞窟があった。
皆は紅梅の後について、暗い洞窟を進む。
次第に光が差し込み、里が姿を表した。
洞窟の先は庵の何倍も開けてはいたが、草は生え放題になり、焼け落ちて炭だか木だか分からない家もある。そこいら中に、骨と化した骸が散乱している。見る限り、人の物だか獣の物だか、わからない。
「うへぇ……。これが、里? ほんまにこないなとこに住む気なん?」
火緒の顔が引き攣り、火弦はただ呆けた。
朔とよすがも、なんと言ったらいいか分からず、周りを眺めた。
立ち尽くす皆を他所に、梓だけは全く動じず、すかさず休める場所を探しに走る。
「梓。ほんま感心するわ……」
「刹が絡んどるからな。あの根性の逞しさには、ほんま惚れ惚れするで」
「うん。僕も普通に凄いと思う」
「しゅー」
しばらくすると、梓が小走りで戻ってきた。
「あの向こうに、まだ使えそうな家があった。とりあえず、そこに刹を運ぼう」
皆は梓の後につき、案内された家へ向かう。
辛うじて建ってはいるものの、壁は所々剥がれ、家の中にも草が侵入している。
だが、床も抜けておらず、囲炉裏もある。
「暫くは、ここを拠点に里を整えていくしかないの」
火緒が家に片足を乗せると、床がギシっと音を立てた。
「床、抜けへんやろなぁ……。寝とる時に床が抜けるとか嫌やわ」
火緒が注意深く床を探る中、梓は床など気にもとめず、黙々と刹の寝床を作りはじめる。
紅梅も、囲炉裏周りの準備をはじめた。
双子と朔は、上がっても誰も床が抜けていない事を確認する。
「大丈夫みたいやな! 二人とも落ちとらん!」
火緒が登った途端、床が抜け落ち、三人とも芋づる式に派手に転んだ。
「ほらみぃ! やっぱり腐っとるやないかいッ!」
「こないなとこ、絶対嫌や……」
「右に同じ」
「しゅー」
その様子をみて、紅梅は大声で笑いを上げた。
「ついとらんのぉ。今日はゆっくり休んで、明日から里の復興開始じゃ!」
「ほんまかいな。復興て……」
三人と一匹は激しく肩を落とし、愕然とした。
「なにやってんの。お前ら、上がる前に刹を運んで」
「へーい」
梓の呼び掛けに、火緒が気のない返事をし、火弦と朔が「いたた」と起き上がる。
刹の足元に、所狭しと乗せられた荷物を先に中へ運び込み、皆で刹の布団を掴む。
「せーのっ!」
梓の掛け声と共に、ゆっくりと刹を家の中へ。
「はぁ……疲れたぁ」
「もう無理やて……」
「死ぬ……」
「しゅ……」
双子と朔は、這いずりながら囲炉裏端まで来ると、その場に力尽きた。
梓と紅梅で、交代しながら刹を診る。
刹は時折目を覚まし、補液を少し体に入れ、また眠る。
その日は、腹の足しに、少しの乾飯と水で凌いだ。
「団子食べたいー!」
「鍋食べたい」
「よすがは少しの量でもお腹いっぱいになるから、こういう時は羨ましいよね」
「しゅー、しゅー」
皆は干し芋の欠片を口いっぱいに頬張るよすがを、よだれを垂らしながら見ていた。
よすがはお腹いっぱいで、上機嫌だ。
そして、腹をすかせた三人とお腹いっぱいの一匹は、身を寄せ合いながら眠りについた。
◇ ◇ ◇
梓は紅梅を寝かし、一人、囲炉裏端で眠る刹の傍にいた。
囲炉裏の火をじっと見つめ、先日紅梅から聞かされた刹の話を思い出す。
(刹……。どうして話してくれなかったの)
手を組む指が、行き場なく交差する。
(俺、信用されてないのかな……。違うよね。俺だって、刹に言ってないことがある)
梓は後ろめたさを感じながら、虚ろな目を刹に向けた。
「梓……」
刹が目を覚まし、か細い声で、梓を呼ぶ。
「ん? どした?」
「梓。……その。ごめん。ずっと言おうと思っていたんだ。昔のこと」
刹は、暗がりの中、天井を見つめながら梓に謝る。
「急にどうしたの。何を謝ってるの? 俺こそ、ごめん。勝手に刹の思い出したくないこと聞いてしまって……」
刹が手を伸ばし、梓の手を取る。
「言おう、言おうと思ってたんだ。……でも、なかなか言い出せなくて。言ってしまえば、お前にどんな顔されるか。どんな風に思われるか。……怖かった」
刹は、涙を堪えながら、言葉を噛み締めるように告げる。
「俺は。……人殺しだ」
梓は、刹の手を両手でしっかりと掴んだ。
「刹、俺はね。刹が好きなんだ。子供の頃からずっと。それはね、刹だからなんだよ」
刹は、梓の告白に驚いて体を起こそうとする。
それを梓が支え、抱き起こす。
「今になって、刹の過去を知ったところで、何も変わらない。だって、俺と出会った頃の刹は、既に辛い経験をした後だったんだから。その刹が好きなんだ。だから、これからも。……変わらない」
梓が刹を、真っ直ぐに見つめる。
刹は、堰を切ったように涙が溢れた。
梓が、刹の背中を優しくさすった。
「軽蔑されるかと……思ってた」
「そんなわけないだろ?」
梓が刹の肩を抱く。
「ありがとう、梓。変わらないでいてくれて」
「ううん。変われないよ。変わるわけない。俺の方こそ……ごめん」
「梓が謝ること、ないだろ?」
「うん。でも、なんか、……ごめん」
「おかしな奴」
刹は、泣きながら笑った。
ひとしきり泣き、鼻を啜りながら、梓に身を委ねる。
「梓。もう、隠し事ねぇから。これからも、絶ってぇしねぇから」
「うん。大丈夫だよ。もう、休みな」
梓がゆっくりと、刹を横にさせる。
刹は、安心しきったように眠りにつく。
その顔は、まるで出会った頃の子供の時のようだった。
それとは裏腹に、梓の胸がズキリと痛む。
(刹。ありがとう。でも、ごめん。まだ、話せないや……)
刹の肩を擦りながら、囲炉裏の火を見つめる。
高いびきをかく双子のその傍らで、静かに二人の話を朔が聞いていた。




