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まほろばー流転奇譚ー  作者: 雨音かえる
曼珠沙華之段

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18/35

拾漆 狂鬼の宴 後(あと)

「がはっ……」


 手下の最後が、息絶えた。

 玄瑞は掴んだ手下の首を離すと、よろよろと歩き、庵の傍まで来た。そして、その場に大の字になってひっくり返る。先程まで、息のひとつも乱れていなかった体が、胸を激しく上下させ、肩が荒く揺れている。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


(身体中が、痛ぇ……。この技、不可がキツイから嫌いなんだよな)


 うっすらと開けた視線の先は、空が白みはじめていた。


(また、やっちまった……)


 目を閉じると、野盗との殺し合いがまざまざと脳裏に過ぎる。


「――鬼哭(きこく)


 鴉が震え、腰を抜かしながら地を這いずる。

 叫び、喘ぎ、のたうち回る。

 誰一人逃がすことなどない。逃れられない。

 鴉は、「助けてくれ」と悲痛な叫びを上げたが、玄瑞にはそれすら愉しいと思えた。

 鴉の体が最後に宙を舞った時、高揚した。

 抑えていたものが、一気に吹き出した。

 獲物を一方的に追い詰め、弄ぶ殺り方に、思い出すだけで自分でも反吐が出る。


(俺、もう人じゃねぇ。殺しを愉しんでる……)

 

 嫌悪感に、拳で自分の額を何度も叩く。


(愉しいと、思っちまうんだよ……)

 

 そして、一つ大きく息を吐くと、やっと冷静さを取り戻し、周りを見た。 

 庵の周りの土は、赤黒く染まり上げ、手下どもと、連れていた犬の骸が散乱する。どの骸も、肉は抉れ、至る所の骨が折れている。

 まるで、獣が獲物を食い散らかすかのように。


「汚ぇな……」

 

 玄瑞は鴉に目をやった。


(ふん。これじゃ、百舌鳥(もず)速贄(はやにえ)だな)


 呼吸を整えた玄瑞は、体を起こし胡座をかいた。周りを見渡すと、自分がよく知る庵など、どこにもなかった。

 軽く目を閉じると、子供たちの笑い声が頭の中にこだまする。あの懐かしい日々が。何気ない毎日が、あまりにも遠く感じた。


(みんな。すまねぇ)

 

 …………。

 

(あいつら、どこまで行けたかな。早く後を追わねぇと……)


 ここには誰もいない。

 皆の声も、紅梅の叱責も。

 自分一人だけ。


「うぐっ!」


 筋肉の端々が、ピリピリと焼け付くように痛む。


(はは……。歩けっかな……)

「あれ?」


 涙が無意識に流れ出す。


「うっ……。うっ、うっ」


 無意識に、腹の底から声が出ていた。

 手で顔を覆い、嗚咽を漏らす。

 拭っても、拭っても、目から涙が溢れ出す。


「情けねぇッ!」


 自分の不甲斐なさに、膝を思い切り叩きつける。


「なんで……。なんで……。自分を抑えきれねぇんだっ! 気がつきゃ誰も立ってねぇっ! もう、放っておいてくれっ!」


 喉の奥から絞り出すように嗚咽混じりの声をだし、玄瑞は何度も何度も、土を殴った。

 拳から滲み出た鮮血が、赤黒い土を塗り替える。


(ただ、普通に生きたいだけ……なのによぉ……)


 …………。


(やっと、ここまで来たのに……。家族ができたのに……)


 …………。


「いつか、俺が殺しちまうんじゃねぇかって思うと、たまらなく怖ぇッ! クソッ!」


 腹の底から叫び、体を伏せ、赤黒い土に爪を立てる。幾重にも筋ができ、爪の中が赤く染まる。

 玄瑞はひとしきり泣くと、乱暴に顔を血に染まった袖で拭い、大きく一息ついた。

 

 (まだ、あいつらといられるかな……)


 ゆっくりと立ち上がると、納屋に置いてあった油をまき、火を放った。

 庵が炎に飲み込まれてゆく。

 柱が崩れ、灰となり、舞う。

 何もかもが失われてゆく。


 玄瑞はしばらくその様子を見ていたが、やがて重い体を引きずるように、森の中へと姿を消した。


◇ ◇ ◇  


「玄瑞っ! おっそいなぁ! はよ来て、手伝えーっ!」

「しゃあーないで! いつかは追いつくやろ!」


 先に庵を出た一行は、暗がりの中、月明かりだけを頼りに峠の坂道を登っていた。

 双子が、刹を乗せた俵ぐるまを引き、後ろから朔と梓が押す。紅梅は、朔と梓が手に持っていた荷物を抱えるだけ抱えていた。刹の足元にも沢山の荷物が置いてある。

 よすがは刹の首元で丸まり、刹を温めようとしていた。

 時々、梓が刹を気にかけ、顔を覗く。


 なんとか峠の上までたどり着いた時、梓はすかさず刹の元に駆け寄り、刹の規則正しい呼吸を見て安堵した。

 皆は「はぁはぁ」と吐息を切らし、その場にへたれ込み、各々水筒で水をがぶ飲みした。


「梓や、おぬしも少し休んで水ぐらい飲め。ろくすっぽ休んではおらぬでは無いか。刹には、ワシが少し水を含ませるで」


 紅梅は、荷物から綿を取り出すと、水に浸し、刹の口を湿らせた。


「師匠。師匠の言う里と言うのは、どの辺にあるんですか? 遠いのでしょうか……。刹の体がそこまで持つかどうか……」


 梓は自分の持つ水筒に、視線を落とした。

 双子も朔も耳だけ傾けている。


「大丈夫じゃ。安心せい。刹の峠は越しておる。今更悪くなることはあるまいて」


 その言葉に、梓は胸を撫で下ろした。


「里は、桐屋がある清瀬の向こうじゃ。清瀬は、里と庵のちょうど中間地点じゃからの」

「はぁー!? そんな近かったん!?」

「なんでまた、そんな近いとこに庵なんか建てたんよ」


 火緒は火弦の肩を支えに身を乗り出し、火弦は相変わらず無関心のように話す。


「常葉の里はな。忍びの里なんじゃ」


 双子と朔が、前のめりになり紅梅に食いついた。


「忍びっ!?」

「やから、足狙えーとか、玄瑞がえらい強かったんか」

「知らなかった……」


 火緒は、あからさまに驚きの声を上げ、火弦は冷静に思い出し、朔は呆けた。


「忍びはな、あちこちに拠点を設けるのじゃ。忍務に有益になるようにな。今まで暮らしていた庵もその一つじゃ」

「じゃあ、他の拠点に行けばええんやないん?」


 火弦の意見に、皆が頷く。


「いや、刹の体を考えると、やはり近場がよい。それに、"灯台もと暗し"と言うであろう?」


 三人は、「そうか」と納得する。


「それにの? 潰された里など、今更誰が来ようか」

「もし、野盗とかの根城にされてたら?」


 朔の意見に、再び双子が頷く。


「それはないのぅ。隠れ里じゃしな」


 皆の顔がぱぁっとほころぶ。


「でも、そんな隠れ里がなんで襲われたん?」


 火緒の問いに、また紅梅に視線が集まる。


「その話はまた今度じゃ。さて、先を急ぐぞ! 夜明けには里じゃ」

 

 双子と朔は「えーっ!」と不服そうにふくれっ面を出す。

 一行は重い腰を上げると、ゆっくりと俵ぐるまを押し、里へ向かって歩き出した。

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