拾漆 狂鬼の宴 後(あと)
「がはっ……」
手下の最後が、息絶えた。
玄瑞は掴んだ手下の首を離すと、よろよろと歩き、庵の傍まで来た。そして、その場に大の字になってひっくり返る。先程まで、息のひとつも乱れていなかった体が、胸を激しく上下させ、肩が荒く揺れている。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
(身体中が、痛ぇ……。この技、不可がキツイから嫌いなんだよな)
うっすらと開けた視線の先は、空が白みはじめていた。
(また、やっちまった……)
目を閉じると、野盗との殺し合いがまざまざと脳裏に過ぎる。
「――鬼哭」
鴉が震え、腰を抜かしながら地を這いずる。
叫び、喘ぎ、のたうち回る。
誰一人逃がすことなどない。逃れられない。
鴉は、「助けてくれ」と悲痛な叫びを上げたが、玄瑞にはそれすら愉しいと思えた。
鴉の体が最後に宙を舞った時、高揚した。
抑えていたものが、一気に吹き出した。
獲物を一方的に追い詰め、弄ぶ殺り方に、思い出すだけで自分でも反吐が出る。
(俺、もう人じゃねぇ。殺しを愉しんでる……)
嫌悪感に、拳で自分の額を何度も叩く。
(愉しいと、思っちまうんだよ……)
そして、一つ大きく息を吐くと、やっと冷静さを取り戻し、周りを見た。
庵の周りの土は、赤黒く染まり上げ、手下どもと、連れていた犬の骸が散乱する。どの骸も、肉は抉れ、至る所の骨が折れている。
まるで、獣が獲物を食い散らかすかのように。
「汚ぇな……」
玄瑞は鴉に目をやった。
(ふん。これじゃ、百舌鳥の速贄だな)
呼吸を整えた玄瑞は、体を起こし胡座をかいた。周りを見渡すと、自分がよく知る庵など、どこにもなかった。
軽く目を閉じると、子供たちの笑い声が頭の中にこだまする。あの懐かしい日々が。何気ない毎日が、あまりにも遠く感じた。
(みんな。すまねぇ)
…………。
(あいつら、どこまで行けたかな。早く後を追わねぇと……)
ここには誰もいない。
皆の声も、紅梅の叱責も。
自分一人だけ。
「うぐっ!」
筋肉の端々が、ピリピリと焼け付くように痛む。
(はは……。歩けっかな……)
「あれ?」
涙が無意識に流れ出す。
「うっ……。うっ、うっ」
無意識に、腹の底から声が出ていた。
手で顔を覆い、嗚咽を漏らす。
拭っても、拭っても、目から涙が溢れ出す。
「情けねぇッ!」
自分の不甲斐なさに、膝を思い切り叩きつける。
「なんで……。なんで……。自分を抑えきれねぇんだっ! 気がつきゃ誰も立ってねぇっ! もう、放っておいてくれっ!」
喉の奥から絞り出すように嗚咽混じりの声をだし、玄瑞は何度も何度も、土を殴った。
拳から滲み出た鮮血が、赤黒い土を塗り替える。
(ただ、普通に生きたいだけ……なのによぉ……)
…………。
(やっと、ここまで来たのに……。家族ができたのに……)
…………。
「いつか、俺が殺しちまうんじゃねぇかって思うと、たまらなく怖ぇッ! クソッ!」
腹の底から叫び、体を伏せ、赤黒い土に爪を立てる。幾重にも筋ができ、爪の中が赤く染まる。
玄瑞はひとしきり泣くと、乱暴に顔を血に染まった袖で拭い、大きく一息ついた。
(まだ、あいつらといられるかな……)
ゆっくりと立ち上がると、納屋に置いてあった油をまき、火を放った。
庵が炎に飲み込まれてゆく。
柱が崩れ、灰となり、舞う。
何もかもが失われてゆく。
玄瑞はしばらくその様子を見ていたが、やがて重い体を引きずるように、森の中へと姿を消した。
◇ ◇ ◇
「玄瑞っ! おっそいなぁ! はよ来て、手伝えーっ!」
「しゃあーないで! いつかは追いつくやろ!」
先に庵を出た一行は、暗がりの中、月明かりだけを頼りに峠の坂道を登っていた。
双子が、刹を乗せた俵ぐるまを引き、後ろから朔と梓が押す。紅梅は、朔と梓が手に持っていた荷物を抱えるだけ抱えていた。刹の足元にも沢山の荷物が置いてある。
よすがは刹の首元で丸まり、刹を温めようとしていた。
時々、梓が刹を気にかけ、顔を覗く。
なんとか峠の上までたどり着いた時、梓はすかさず刹の元に駆け寄り、刹の規則正しい呼吸を見て安堵した。
皆は「はぁはぁ」と吐息を切らし、その場にへたれ込み、各々水筒で水をがぶ飲みした。
「梓や、おぬしも少し休んで水ぐらい飲め。ろくすっぽ休んではおらぬでは無いか。刹には、ワシが少し水を含ませるで」
紅梅は、荷物から綿を取り出すと、水に浸し、刹の口を湿らせた。
「師匠。師匠の言う里と言うのは、どの辺にあるんですか? 遠いのでしょうか……。刹の体がそこまで持つかどうか……」
梓は自分の持つ水筒に、視線を落とした。
双子も朔も耳だけ傾けている。
「大丈夫じゃ。安心せい。刹の峠は越しておる。今更悪くなることはあるまいて」
その言葉に、梓は胸を撫で下ろした。
「里は、桐屋がある清瀬の向こうじゃ。清瀬は、里と庵のちょうど中間地点じゃからの」
「はぁー!? そんな近かったん!?」
「なんでまた、そんな近いとこに庵なんか建てたんよ」
火緒は火弦の肩を支えに身を乗り出し、火弦は相変わらず無関心のように話す。
「常葉の里はな。忍びの里なんじゃ」
双子と朔が、前のめりになり紅梅に食いついた。
「忍びっ!?」
「やから、足狙えーとか、玄瑞がえらい強かったんか」
「知らなかった……」
火緒は、あからさまに驚きの声を上げ、火弦は冷静に思い出し、朔は呆けた。
「忍びはな、あちこちに拠点を設けるのじゃ。忍務に有益になるようにな。今まで暮らしていた庵もその一つじゃ」
「じゃあ、他の拠点に行けばええんやないん?」
火弦の意見に、皆が頷く。
「いや、刹の体を考えると、やはり近場がよい。それに、"灯台もと暗し"と言うであろう?」
三人は、「そうか」と納得する。
「それにの? 潰された里など、今更誰が来ようか」
「もし、野盗とかの根城にされてたら?」
朔の意見に、再び双子が頷く。
「それはないのぅ。隠れ里じゃしな」
皆の顔がぱぁっとほころぶ。
「でも、そんな隠れ里がなんで襲われたん?」
火緒の問いに、また紅梅に視線が集まる。
「その話はまた今度じゃ。さて、先を急ぐぞ! 夜明けには里じゃ」
双子と朔は「えーっ!」と不服そうにふくれっ面を出す。
一行は重い腰を上げると、ゆっくりと俵ぐるまを押し、里へ向かって歩き出した。




