拾陸 狂鬼の宴 前(まえ)
刹は、俵ぐるまの荷台に布団ごと寝かされ、双子に縄でしっかりと固定された。
「よし! これで大丈夫や!」
「刹兄、ごめんな。少しの辛抱やからな」
双子が寝ている刹に語りかけ、梓は荷物を背負うと、刹の傍についた。
刹の足元にはみっちりと荷物が置かれ、足を圧迫しないか心配する。
西の空が茜色に染まるころ、各々荷物を担ぎ、名残惜しそうに庵に最後の別れを告げる。
「いつまでもこうしとる訳にもいかん。ゆくぞ」
紅梅に促され、皆は仕方なくトボトボと歩き出す。
「おりゃっ!」
「ぐぅっ!」
双子が俵ぐるまをゆっくりと引き進める。
刹と荷物を乗せた俵ぐるまは、重さに軋んだ。
皆は歩みを進める中、玄瑞だけは庵の縁側に腰をかけ、悠長に足をフラフラとしていた。
それに気づいた朔が、玄瑞に駆け寄った。
「玄瑞っ! 何やってんの? 行くよ?」
すると玄瑞は、はにかみながら、「わりぃ」と朔に手を合わせる。
「俺、後片付けしてから追っかけるわ。ほら、見られたくないもんとかあるわけよ。大人の事情ってやつだ」
玄瑞は、チラリと懐から本を見せる。
そこには、女性の顕な姿が描き出されていた。
朔は思わず、顔を赤らめ、皆の所に駆け寄る。
「朔。玄瑞、あーゆー本どっさり溜め込んでんねん。どれ持っていくか、選ぶのに時間かかるんやで」
「ほっといたり。名残惜しい別れには、時間がかかるもんや。人には、色々あんねん」
双子が朔を宥めるも、梓は玄瑞を横目で流し、紅梅は振り向きもせず、皆とその場を立ち去った。
◇ ◇ ◇
辺りが夕闇に包まれ、いつもなら賑やかな庵も、今ではただの空虚な家でしかなかった。
玄瑞は小さな灯りを頼りに、先ほどの春画を見ては鼻の下を伸ばす。
どのぐらい時が経ったのだろうか。
玄瑞は春画すら見飽きた様子で、本を投げ出し、縁側に寝転がった。
夜空は晴れ、無数の星が瞬く。
(あー、なんか嫌な事思い出しちまったな……)
玄瑞は夜空を見ながら、ムスッとした顔を浮かべる。
(なーんで、こんな時に思い出すかなぁ)
縁側でゴロゴロと寝返りを打ちながら、何度もため息をついた。
頭の中を、かつての自分の姿がチラつく。
思い出しては、頭を叩き、忘れるように首を振る。
(それもこれも、野盗たちのせいだっ!あいつらが……)
必死に鴉たちのせいにしようとするも、やはり自分自身が許せなかった。
(刹、すまねぇ。俺たちのせいだ……)
玄瑞は心の奥底に押し込めていた何かを、出さないように自分を言い聞かせた。
(俺は遊んで暮らしてぇんだ。刹たちにはまだ隠し通せる。見せたくねぇ。嫌われたくねぇ……。離れたくねぇ。でも……)
玄瑞は体を丸め、縮こまる。
「もう、勘弁してくれよ……」
玄瑞の呟きは容赦なく裏切られ、遠くから足音が聞こえてきた。
獣の鳴き声も聞こえる。
一人……二人、いや、数人はいる。
(はぁ……。)
玄瑞は体を起こし、縁側に腰掛けた。
森の奥から、いくつかの揺らめく灯が、庵に向かって近づいてくる。
(これで絶ってぇ最期だかんなっ。ばあさんの命だろうが、二度とやんねぇっ! 俺は普通の人として、あいつらと生きるんだッ!)
玄瑞は自分に言い聞かせると、気合いを入れるため、自分の頬を二度叩いた。
「誰だっ! そこにいる奴ぁ!」
暗がりの中、玄瑞の気配に気づいた手下が怒鳴り声を上げる。
「自分の家にいちゃいけねぇのかよ」
玄瑞は不貞腐れながら応えた。
「その声。 これは、これは。この間の。えらく静かだが……。坊ちゃんたちは? お前が逃がしたのか?」
辺りを見回しながら、相変わらず下卑た笑いで鴉が姿を現した。犬を数頭、手下を数人引き連れ、入口を塞いでいる。
「まぁなぁ。刹たちをお前みたいな汚い奴に、汚させたくねぇんでな」
玄瑞がニッと笑う。
「そいつぁ許せねぇなぁ。せっかく、俺の刹を迎えに来たのによぉ。刹には野盗としての才能があるんだ。俺だけが、あいつを分かってやれる」
「俺の刹……だと?」
その言葉を聞き、玄瑞の顔がピクリとわずかに引き攣る。
「それに、俺はあいつの親父だしな。刹には、俺しか家族はいねぇんだよ」
ブチンッ。
玄瑞の中で何かが切れた。
「家族……」
ゆっくりと立ち上がり、玄瑞は鴉に近づく。
「一つ、尋ねる。お前らの狙いは、刹か? それとも……朔、か?」
それを聞いた鴉は高らかと笑いを上げた。
夜の森に響き渡り、驚いた鳥が一斉に飛び立つ。
「ひゃーっはっは! お前、おもしれぇな? いつ気づいた?」
「ふん。お前の視線は、馬鹿みたいにわかりやすいんだよ」
玄瑞は懐から、般若のような牙のついた面頬を静かに取り出す。
「もう一つだけ。お前の後ろについてるのは、赤坂か?」
「お前、一つだけって言っただろ? 答える義務はねぇな」
「そうか」
玄瑞は面頬を取り出すと、耳に掛ける。
「なんだぁ? やる気かぁ? お前一人に、こっちは多勢。まさに、多勢に無勢とはこの事だなぁ!」
「まぁ、落ち着けって」
いきり立つ手下を宥めながら、鴉が一歩前に出る。
「いいだろう。冥土の土産に一つだけ教えてやろう。あの、刹に使った毒。あれはな、赤坂から賜ったものだ」
玄瑞の中で、刹が倒れ、苦しみ、死の淵を彷徨う姿が脳裏を掠める。血管が切れそうなほど、拳を握りしめる。
「やはり、そうか」
(刹……。終わらせてやるからな)
玄瑞は、「しゅー」っと長く息を吐く。規則正しい呼吸を続けながら、懐から角手を取り出し、指に嵌める。
「コイツはな、手のひら側に刃が着いてんだ。掴まれると、痛ぇぞ?」
「そんなもんで何ができるんだ? こっちの刃の方が何倍も痛ぇに決まってる」
鴉は腰から刀を抜き、玄瑞に見せつける。
「しかし、お前。さっきから"しゅー、しゅー"うるせぇぞ」
鴉は玄瑞が規則正しく吐く、変な呼吸に文句を垂れた。
「すまねぇな。これはな。まぁ、準備運動みてぇなもんだ。お前ら見てぇな奴には、一生かかっても理解できねぇと思うがな」
「うるせぇ!」
笑う玄瑞に、イキった手下が斬りかかるも、その首を掴み、刃を喉に食い込ませ、首をへし折る。
手下の足元には断末魔の叫びと共に、赤黒い血が滴り落ち、血溜まりが出来上がる。
鴉は手に持った松明を掲げ、目を凝らして玄瑞の姿を確かめた。
その姿を見た鴉は、途端に顔を強ばらせ、喉の奥から言葉にならない声を漏らす。
「頭、どうしたんで?」
鴉は一歩、また一歩と後ずさり、冷や汗をかいている。
「あ……っ、お前、その面頬……。その武器。まさか……、"常葉の狂鬼"ッ!」
「あー、俺の事知ってたんだ。戦にも出ねぇ野盗如きが」
「骸の下には、血溜りが出来上がる……。それは、"鬼が人を貪り食った残骸のように見える"。だから、狂った鬼、狂鬼ッ! た、確かに、"彤様"があの時葬ったと……」
鴉はつい名前が口をついてしまい、慌てて口を塞ぐ。
「ほぅ。"彤様"ねぇ? そいつは、"赤坂彤"で間違いないな」
鴉は口を抑えたまま、首を横に振る。
「まぁ、いいか」
玄瑞は、ゆっくりと鴉に歩寄り、鴉の目の前に顔を突きだす。
「ばあさんには、足止めしとけって言われたけどよ。狂鬼を出された以上、生かして返せねぇわ。俺、死んだことになってっから」
面頬の奥で、ニッと歯をむき出しにして笑う。
「さぁ、遊びの時間だ」




