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まほろばー流転奇譚ー  作者: 雨音かえる
曼珠沙華之段

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16/33

拾伍 それぞれの時

 ぱちぱちと囲炉裏の炭が弾け、その音で、梓は再び我に返った。


「これが刹と鴉の因縁であり、あやつの"本当"の過去じゃよ」

 

 紅梅の低い声が、庵に静かに落ちる。

 梓はその言葉を受け止めきれずにいた。

 ふと視線を感じ目をやると、刹の目がうっすらと開き、天井を見ていた。

 

「刹、いつ目が覚めた」

 

 声をかけると、刹は乾いた喉でかすれた声を漏らす。

 

「……べらべらと……よくしゃべる。他人(ひと)の過去……ほじくりかえしてんじゃねぇよ……」

 

 梓は息を呑んだ。


 ――生きている。

 

 その実感に安堵が浮かぶ。

 

「気分はどうだ? 少しでも水が飲めるか?」

「はぁ……最悪だ。体も動かねぇ。目が覚めりゃ……胸糞悪い話してやがる……」

 

 強がるように吐き捨てる刹に、梓は顔色一つ変えない。

 

「さて、刹の意識も戻ったことじゃし、ワシは隣の部屋で休むとするかの。あとは任せたぞ」

 

 紅梅はそう言い残し、立ち上がると、そそくさと逃げるように部屋を出ていった。


 ――二人きりになった部屋に、気まずい沈黙が残る。

 

「梓……すまなかった。助けるつもりが……逆に迷惑かけちまった……」

 

 天井を見ながら、刹が絞り出すように言った。

 梓は首を振る。

 

「迷惑だなんて。もとはといえば、俺が油断していたのが悪い」

 

 重い空気の中、梓は無言で刹の体を起こすと、匙で水をすくい、刹の唇に運んだ。

 ごくりと喉を通ると、刹は目を閉じかけながら呟く。

 

「ばあさんの話……聞いただろ。俺は真っ当な人間じゃない。この手は血に染まってる。……お前に嘘をついていたのも、……ばれちまった」

 

 噛み締めるように言葉を吐き出したあと、刹は食いしばった。

 だが、梓は何も応えなかった。

 何かを思いつめた顔で、そっと刹を横にさせる。

 梓の胸に残ったのは、刹の言葉よりも“赤い花”の残像だった。

 その表情を横目にしながら、刹は再び眠りに落ちていった。


(刹。お前は、何も悪くないんだ。むしろ、俺が刹をこんな目に合わせてしまったんだよ……。ごめん。……ごめん)


 梓は項垂れると、声を押し殺して、泣いた。



 

 ――それから、しばらくして。

 梓は、ひとしきり泣いたあと、少し落ち着きを取り戻し、白湯を一杯飲み干した。

 外から双子の声が聞こえてくる。納屋から俵ぐるまを出し、車輪の点検をはじめたようだ。


「ちゃんとしとかなっ!」

「ほんまやで。途中、刹兄落っことしたら、えらい事やからな」


 火緒の声はとりわけ大きく、よく響く。

 それに対して火弦は落ち着き払い、大人しい。

 双子でも、こうも違うものかと苦笑した。


(あいつらは、刹の過去は知らないんだよな。ただ、何かは勘づいているみたいだけど。せめて、誤解はないようにしたい)


 梓が刹の顔を眺め、その寝顔に手を添える。


「ようやく落ち着いたかえ」


 不意に紅梅の声が落ち、びくっと体を震わせると慌てて手を引っこめる。


「あ、はい。また、寝ました」

「そうかい。なら、梓も休んでこい。もう体も限界に近い。明日は、歩くからな。それまで休め。ワシも休む。代わりに朔を寄越しておくれ」

「はい……」


 梓は渋々了承すると、刹の顔を名残惜しそうに見つめ、自室へと足を向けた。


 外に出ると、一瞬太陽に目が眩んだ。

 寝ていないのと、一気に押し寄せた疲労と、暗い部屋にいたせいで、余計に頭がクラクラする。

 フラフラしながら離れへ行き、朔の部屋の前まで行くと、何やら朔がよすがに話しかけていた。

 悪気はなかったのだが、いつ入っていいものやら分からず、しばし話に耳を傾けた。


「よすが。お前は、呑気でいいよなぁ」

 

 朔は、最低限の荷物を風呂敷にまとめ、よすがは傍で残り物の干し芋を貰っていた。

 少しだけ開いた障子の隙間から、その様子が伺える。

 よすがは生意気にも両手で干し芋を掴み、小さな口を一生懸命に動かし、食べているのがわかる。


「刹と梓。大丈夫かな……」

「しゅー、しゅー」

「大丈夫って言ってるの? うん。そうだよね。刹も梓も、強いもんね……」


 朔はよすがを優しく撫でている。

 その様子に、梓の胸がズキンと痛む。


(朔。俺は、強くなんかないよ……)


「僕は……」


 梓はいたたまれなくなり、朔に声を掛けた。


「朔、ちょっといいかな」

「あ、うん」


 梓が部屋に入ると、慌てて振り返る。


「今から少しの間寝かせて貰うよ。師匠が刹を見ているけど、俺と同じで寝不足だからさ。少しの間、刹を見ていてほしいんだ」

「わかった」

「何かあったら、すぐ知らせて」


 梓はそれだけ告げると、何事も無かったように、自分の部屋へと帰った。


 ◇ ◇ ◇

 

 朔が庵へ行くと、囲炉裏端で紅梅が船を漕ぎ始めていた。


「ばあちゃん、変わるよ。奥で休んで」


 朔が声をかけると、紅梅はハッと目を覚まし、「すまぬな」と一言残すと、大あくびで奥の部屋へと下がっていった。

 刹の傍に座り、眠る顔を眺めた。


「刹。僕は、刹ほど強くないんだ。……僕も、強くなりたいよ。どうしたらいいの……?」


 朔が刹に語りかけるようにごちる。

 そこに、玄瑞が首にかけた手ぬぐいで、顔の汗を拭きながら入ってきた。


「朔、刹の様子はどうだ?」

「うん。まだなんとも……。ねぇ、玄瑞。刹、大丈夫だよね……?」

「当たり前だろーが。コイツはな、……強い」


 さすがの玄瑞も、眠る刹の顔を目の当たりにし、言葉では強がるものの、心配の色は隠せないようだった。


「玄瑞はさ。その……、あんなに強かったんだね。普段とは違いすぎて、少し驚いちゃった」


 朔の言葉に、玄瑞は戸惑った様子を見せた。


「ははっ……。本当はあんな姿、見せるもんじゃねぇんだけどな」


 玄瑞は、軽く笑って話を流そうとする。

 その顔つきは、どこか辛そうに見えた。

 

 ――話が続かない。

 

 何を話していいか、朔にはわからなかった。

 しんと静まり返った部屋は、時の流れが遅く感じる。囲炉裏の炭の爆ぜる音すら、緊張する。


「朔」

「ふゃい!」


 ふいに名前を呼ばれ、つい声が裏返ってしまう。


「なんだぁ? その声」

「ご、ごめんっ!」


 玄瑞はその反応に、安堵するかのように笑顔を見せた。


「無理もないわな……。あんなもん見せられちゃ。でもな、朔。俺は、お前たちが苦しむ姿は見たくねぇ。手ぇ出すな。……お前らはな」

「ねえ、なんで。なんで、拾ってきただけの僕たちにそこまでするの? 他人だよ?」


 玄瑞が朔の言葉に理由を考えていると、チラリと懐から顔を出したよすがに目がいく。


「なぁ、朔。こいつが(とんび)(さら)われそうになったら、どうする?」

「そりゃあ、助けるよ!」

「だよな。俺も同じだ」


 しばらく二人で押し黙ったあと、玄瑞が朔に聞いてきた。


「朔、俺が、……怖いか?」


 朔は少し戸惑った。怖くないといえば嘘になる。だが、それが玄瑞の全てではないことも知っているからこそ、どう応えたらいいのかわからなかった。


「さっきも言ったけど、怖い……というより、驚いたんだ。あと僕、玄瑞のこと、まだ全然わかってないんだなぁ、って」


 朔は後ろめたく思ったし、少し傲慢かも、とも思った。自分達の過去を全てさらけ出していい訳はない。知らなければいい事だってある。

 それを朔が一番よく分かっていた。


「どんな玄瑞でも、玄瑞だよ」

「そうか」


 玄瑞は大きく伸びをすると、「さぁて、支度するかな」と言い、朔の頭をわしゃわしゃと撫でると、庵から出ていった。

 玄瑞のその後ろ姿が、どこか遠くへ行ってしまうように感じた。

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