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まほろばー流転奇譚ー  作者: 雨音かえる
曼珠沙華之段

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13/35

拾弐 刹の記憶 其の壱

 村に火の手が回ったのは宵のころだった。

 

 家々の者は皆、夕飯を食べ終わり、囲炉裏を囲んでいた。

 

 ――就寝前のたわいもない話、笑い声。

 

 そんな静かで平和な時間が、あっという間に炎に飲まれてゆく。


  

 赤坂領周辺を縄張りにしている野盗。


 鴉一味。

 

 やつらが街道沿いに足を伸ばし、隣国、白岩領は伊那の村にまで押し寄せたのだ。

 旅人や商人を襲っては食い扶持を稼ぐ連中にとって、農村を焼き払うことなど造作もなかった。

 

 少年の母が真っ先に異変に気づき、肩をつかんで小さな納屋の奥へ押し込む。

 父も駆け込んできて、戸口を押さえるように身を寄せた。

 

「刹! 静かに!」

 

 母の声は震えていた。

 何が起きているのか、刹には分からなかった。

 ただ胸の奥が凍りつくように怖かった。

 母が刹を隠すように、急いで藁を積み上げる。

 

「声を出すんじゃないよっ!」

 

 刹は震えながら、ただ頷いた。

 いつもは優しい父と母の顔が強張り、知らない人のように見えた。その必死さが、なお恐ろしくてたまらなかった。

 

 外では怒号と悲鳴が重なり合い、家々の崩れる音が響いていた。

 獣が吠えるような叫びと、木を割る音。

 聞いたことのない音の群れに、両手で耳を塞ぎ、刹の小さな体は震え続けた。

 大きな音と共に、戸口が突然蹴破られた。

 

 灯と煙がなだれ込み、荒くれた影が数人、納屋へ踏み込んでくる。

 父はすぐに刃に貫かれ、母も叫ぶ間もなく倒れた。

 藁が散り、赤い飛沫(しぶき)が飛ぶ。

 

「ひっ……」

 

 刹は声を飲み込んだ。

 声を出せば次は自分が斬られる。

 震えながら必死に口を抑え、声が出ないよう力を込めた。

 野盗達が納屋の中を漁り、使えるものがないか探し始める。

 積み上がった藁を蹴散らした時、目の前に、汚く恐ろしい男が短刀を手に立っていた。

 その刃には、先ほど貫いた父や母の血が、ねっとりとまとわりついている。

 

「頭ぁ! こんな所にガキがいやしたぜっ!」

 

 野盗の一人が、大声で知らせる。

 頭と言われる男が、刀を肩に担ぎ、納屋へ入ってくる。

 

 ――背は高く、骨と皮に痩せ細り、ボロボロの汚い着物を纏っている。悪臭が酷い。目は窪み、野犬のようにギラギラとし、血走っていた。

 

 刹には、同じ人間には見えなかった。

 

「殺せ」

 

 頭が吐き捨てるように、冷たく言い放つ。

 刹は死を覚悟し、ぎゅっと固く目を瞑った。

 手下の刀が振り下ろされたその瞬間、「いや、待て!」とそれを制した。

 頭は何かを思いついたような表情をし、飄々と笑い、刹を指さした。

 

「ふむ。……こいつは使えるなぁ。子供が泣いてすがれば、旅人も商人も油断する。こいつを試さねぇ手はねぇ。使えなきゃ、売りゃいいか!」

 

 周囲の荒くれどもは一瞬黙り込んだ。

 

「俺、頭が回るだろ?」


 手下たちは、何かを考えるように黙っている。


「回るだろっ!?」


 次の瞬間、どっと下卑た笑いが広がる。

 

「さすがですぜ! 頭ぁ!」

「それなら確実に、楽に仕留められやすなぁ!」

 

 皆は手を叩いて喜ぶ。

 頭は「まぁまぁ」と両手を上げて静止すると、しゃがみこみ、刹の目線に合わせた。

 

「おい、小僧。お前は今日から俺たちの"仲間"だ。仕事をこなせば飯を与えるが……出来なきゃ殺すか売るか。使えない食い扶持はいらねぇからな。わかったな」

 

 頭の目はギラリと睨みながらも、口元は笑う。

 刹には、もはや何が起きているのか分からず、恐怖で耳にも入らない。

 

「俺は"鴉"ってんだ。皆は頭と呼ぶ。お前もそう呼べ」

 

 そういうと、鴉は先に納屋から出た。

 刹は手下に藁の奥から引きずり出され、歩けと言わんばかりに背中を強く押される。

 父と母の亡骸を横目に、別れすら出来ず連れていかれる。

 村は燃え、煙と血の匂いが広がっていた。

 誰一人として、刹を助けようとする者など、いなかった。


 

 その夜から、刹は“囮”として生かされることになった。

 奴らの住処は、村からほど近い廃寺。

 刹は荒れた拝堂の隅に、膝を抱えて座っていた。

 飯は、奴らの食べ残した物を与えられた。

 

「今は飯を与えてやるが、働かなきゃ飯はねぇ」

 

 鴉の言葉が耳につく。

 夜は(むしろ)を体に巻き、眠りについた。

 

 

 ――数日後。

 刹は茂みに引きずり込まれていた。

 腕をつかむ野盗の手は荒く、爪が食い込んで痛い。

 

「いいか坊主、泣き叫んで道に飛び出せ。あとは俺たちがやる」

「うまく釣れりゃ、ちゃんとした飯にありつけるぞ」

 

 背後で手下の下卑た笑いが広がる。

 刹は頷くしかなかった。

 腹は空っぽで、喉もカラカラ。

 頭の中が真っ白になる。

 そのとき、街道に足音が近づいてきた。

 背に荷を負った旅人が、一人で歩いている。

 

「おう、ちょうどいい獲物だ。さっさと行け」

 

 背後からまた声が飛んだ。

 刹は草むらを押されるようにして飛び出し、転ぶように道に出た。

 手下たちは、少し離れた所に身を隠し様子を伺う。

 

「……た、助けて……ください!助けて!」

 

 声は涙で濡れ、喉が裂けるほどの本物の悲鳴だった。

 旅人は驚き、慌てて駆け寄ってきた。

 

「子供!? どこから――」

 

 その瞬間、茂みから野盗たちが飛び出し、刃が閃いた。

 旅人の叫びは短く、血が土を濡らす音だけが残った。

 荷が転がり、地面に散らばる。

 旅人の返り血が、刹の顔を濡らした。それは、まだ温かかった。そして、ゆっくりと手で拭いとり、見つめた。

 刹は立ち尽くし、声を失った。

 

 ――自分が助けを求めたせいで、この人は殺された。

 

「ははっ、上出来だ!」

 

 背後から鴉の声が響いた。

 

「思った通り、泣き声に釣られて寄ってきたぞ。次も頼むぞ、小僧!」

 

 刹の膝が震えた。さっきまで、傍にいた。

 この手で、触れていた。今は、もう、いない。

 

 (ごめんなさい……僕のせいで……、ごめんなさい……。)

 

 ただ謝ることしか出来なかった。

 胸の奥で、何かが崩れる音がした。


 

 二度目の“仕事”の日。

 刹は茂みにしゃがみ込み、草を握りしめていた。

 手のひらに汗がにじみ、呼吸は浅い。

 前に助けを呼んだ旅人が、血に沈んでいった光景が頭に浮かぶ。

 

 (また同じことになる……。来ないで! 来ないで! お願いだから、誰も来ないで!)

 

 胸の奥が冷え、震えが止まらなかった。

 ギュッと固く目を瞑る。

 

「おっ、誰かきたぞ」

 

 背後から短く声が飛んだ。

 街道には、荷を背負った年配の行商が二人、肩を並べて歩いていた。

 

「おう、いい獲物だな。二人もいりゃ荷も倍だ」

 

 野盗の一人がニヤリと笑う。

 刹は無理やり立ち上がらされた。

 だが、恐怖で足は棒のように固まり、前に出ない。

 

(この人たちも殺される。助けを呼んだら、また。)

 

「早くしろっ!」

 

 手下は刹に向けて、小石を投げる。

 刹は道に飛び出した。

 喉が勝手に震え、声が出そうになる。

 

「た、助け……」

 

 言いかけたとき、刹は思わず横に視線を走らせた。

 茂みの奥に潜む影へ。

 行商人たちも刹が向けた方へ視線を滑らせる。

 

「小僧、走れ!」

 

 行商人たちは刹の手を引いた。

 

「え?」

 

 刹の心は一瞬ふっと緩んだが、その思いは儚く散った。

 野盗たちが慌てて飛び出し、行商人たちの腕に一太刀浴びせる。

 行商人たちは刹の手を振りほどき、振り返らず、街道の先へと逃げていった。

 刹は逃げていく後ろ姿を見つめた。

 胸がズキリと痛み、涙が滲む。

 

「てめぇ!」

 

 振り向く間もなく拳が頬を打ち、刹は土に叩きつけられる。

 不意に、頭上に影が落ちた。

 鴉がそこにいた。

 

「おまえ……獲物を取り逃がすとはどういうことかわかってんだろうな。次の獲物を捕まえるまで飯は抜きだ。飢えで死んでも知ったこっちゃねぇがな!」

 

 怒りに満ちた怒声が刹の耳を裂き、手下の拳が何度も振り下ろされる。

 土と血の味が口に広がった。

 刹は声を上げなかった。

 心の中で、同じ言葉を繰り返すだけだった。

  

(ごめんなさい……許してください……もうしません……)


 あふれだす涙は止まらなかった。

 だが刹の心には、"殺さなかった"これだけが救いとなった。

 毎日毎日、繰り返される。

 気づけば刹の顔からは表情が消え、ただ虚ろな目は辛うじて開かれていた。


◇ ◇ ◇

  

 ――囲炉裏の火がぱちりと弾け、梓ははっと我に返った。

 

 無意識に胸を押さえていた。

 ちくり、と小さな痛みが走る。

 刹の過去に触れたせいだろうか――いや、もっと違う何か。

 心の奥がざわめく。

 その痛みは、次第に大きくなっていく気がした――。

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