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まほろばー流転奇譚ー  作者: 雨音かえる
曼珠沙華之段

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12/35

拾壱 眠らぬ庵

 日が明るさを取り戻し、冷たい闇が消えゆく。


 刹は一時的に意識を取り戻したものの、再び深い眠りに落ちた。

 梓は小さく綿をちぎり、水に浸してから指で軽く絞った。

 

「飲まなくていいから……口だけ湿らせて」

 

 刹に、言葉をかける。

 そっと刹の唇に当てると、湿り気だけがじわりと移り、荒れていた口元がわずかに落ち着いた。

 外では交代で皆が見張りをしている。

 時折、薪をくべる音や、誰かが足場を踏み替える気配が庵の中にまで届く。

 

 ――奴らが追ってくるかもしれない。

 

 緊張は隠せなかった。

 

 外界の気配は確かにあるのに、ここだけは別の時間が流れているようだった。

 刹は囲炉裏の傍に布団を敷かれ、かすかな寝息を立てている。

 熱が体を包む位置から、梓はわざと少し外れた壁際に座り、冷気が刹に届かぬよう背で受け止めていた。

 背中がじんじんと冷えて痛みを帯びる。だが、体は微動だにしなかった。

 

 刹の寝息が、囲炉裏の火に溶けていくように静かに聞こえた。

 庵の中に、薬研で薬草をゴリゴリとすり潰す音が響く。

 刹の様子を、時折近づいては見るものの、梓の手ぬぐいを握る手は未だ震えた。

 汗を拭っては絞り、また額に当てる。

 その作業の繰り返し。

 指先の感覚はとうに薄れている。

 

「刹……どうして毒が曼珠沙華だとわかったの……?」

 

 梓は刹に向かい、独りごちる。

 まぶたも重く、意識が落ちかけるたびに、刹の呼吸を数えて繋ぎ止めた。

 

「……大丈夫」

 

 自分に言い聞かせるように、唇だけが動いた。

 それでも意志とは関係なく目は虚ろになり、船を漕ぎだす。その度に、頬を叩いた。

 

 ――やがて、薬研の音が止まった。

 

「梓や、昨晩からろくに寝ておらんじゃろ。少し休め」

 

 紅梅が顔を上げて、囲炉裏越しに梓を見た。

 

「……大丈夫です。今、俺が離れたら……」

 (死んでしまうかもしれない)

 

 言葉を飲み込み、梓は刹の顔に視線を落とした。

 

「刹は強い子じゃ。それはワシも昔からよく知っておる。ちゃんと見ておくで。おぬしまで倒れられたらワシらも困るでの。それとも、ワシらが見ておくのは不服かえ?」

「いえ、……そういう訳では」

 

 紅梅は心配そうに梓に語り掛けるが、頑として首を縦には振らない。

 

「刹は、俺を庇って毒を受けたんです。俺だけ休む訳には……」

 

 酷い疲れが体を蝕む。寒さからなのか恐怖心からなのか、わからない。とかく指が震える。

 それでも梓の眼差しは、刹から離せない。

 自分が目を逸らしたら、この呼吸が止まってしまうのではないか……。そんな恐怖が胸を締めつけていた。


 「ばあさん」


 玄瑞が戸口を開けて、神妙な面持ちで入ってくる。

 

「昨夜の野盗。刹の血痕を辿ってここまでたどり着くかもしれねぇ。どうする」


 玄瑞の言葉に、紅梅は首をうなだれ目を瞑る。そして、何かを決心したように玄瑞に告げた。

 

「そうか。……わかった。ならば、ここを出る」

「出る!? ここを出てどこへ行こうってんだっ!」

「ワシらの里。常葉じゃ」

「……常葉」


 玄瑞が思わず、一歩踏み出す。


「あそこは……、もう八年も前に出た里だぞ。あるかどうか……」

「じゃが、あの里しか、もうワシらの行き場所はないのじゃ。行ってみるしかないじゃろ」


 紅梅と玄瑞は、肩を落とし、しばらく思い詰めたかのように口をつぐんでいた。だが、紅梅は強く言い放った。


「玄瑞、皆に荷をまとめるよう伝えよ。明晩、(ここ)を発つ」

「奴らが攻め込んできたら?」

「お前が足止めをし、時間を稼げ」

「……御意」


 玄瑞は、それだけ言うと庵を出て行った。

 

 紅梅は「はぁ」とため息をひとつつき、薬研を脇に寄せた。

 

「師匠……」

「仕方のない事よ。お前たちが気にすることでもないわい」


 囲炉裏にかけていた湯を取り、急須に移し替える。


「梓。そういうことじゃから、少し寝て来い」


 梓は微動だにしなかった。動きたくなかった。

 

「ほんに……石のように頑固者じゃの。刹がなぜ『毒が曼珠沙華』だとわかったのか? おぬし、先程そのように口走っておったな」

 

 紅梅は梓に、何気なしに語りかける。

 

「それを知りたいのかえ?」

 

 梓は驚いて、紅梅に顔を向ける。

 

「師匠っ! 何か知ってるんですか!?」

 

 紅梅はゆっくりと茶を湯のみに移す。

 茶の良い香りが、辺りを包み込む。

 紅梅は茶をゆっくりと啜ったあと、梓の方を向き、座り直した。

 

「梓や。ワシから持ちかけておいて何じゃが……。他人の過去を暴くということは、それ即ち背負うという事じゃ。刹の過去、聞く覚悟はあるか? 何を聞いても、態度は改めぬと。そう、言えるか?」

 

 紅梅は真剣な眼差しを梓に向けると、梓は黙って頷く。

 梓の目を見、その眼差しを確認すると、静かに話し始めた。

 

「ならば、聞かせてやろうかの。昔話と思って、聞いとくれ……」

「昔話……?」

「玄瑞から“鴉”の名が出たと聞いた。あの一味には、あの子と昔から因縁があるのよ」

 

 梓の胸がわずかに跳ねた。

 

 ――刹と鴉。

 

(確かに、あのとき鴉は刹を知っていた。刹も態度が急変した。刹の、……過去)

 

 胸の奥に、自分の知らない刹がいるという痛みが走った。

 

「俺が、ここに来る前の話……」

「そうじゃ。おぬしがここに来たのは、刹がこの庵に来てひと月後のことじゃて。その前の話になるかの」

「…………」

「この庵に来たばかりの頃、刹から直接聞いた話じゃ」

 

 梓の知らない刹がいる。

 ここに来たばかりの頃、刹は既に庵にいて、刹とお互いの過去を語り合った。

 暮らしていた村が戦に巻き込まれて、自分は戦孤児になった。

 そこを玄瑞に助けられ、庵に連れてこられたのだと。

 刹との出会い。第一印象は……最悪だった。

 

「なんだ。お前も()()()だったのか? なら、俺と一緒じゃねーか!」

 

 そう喧嘩越しに、怒鳴りながら言い合った刹の顔が目に浮かぶ。

 懐かしさが込み上げる。

 けれど――あれは全部嘘だったのか?

 じゃあなぜ、そんな作り話を?

 

 (刹が何か隠していた……?俺にまで隠さなければいけない程の何かって……。確か、あの時、"殺し"……って……)

 

 梓の鼓動は速くなり、指先の震えが強まる。

 二人は子供の頃から、お互い隠し事なしで生きてきた。

 それが、約束だったからだ。

 少なくとも、自分はそうしてきた()()()だった。

 

「――あの頃の刹はどうにも手が付けられんでの。ワシらもほとほと困っておったんじゃ。その要因が鴉なのよ。刹がここに来る二年前……今から七年前のことじゃ」

 

 囲炉裏の火がぱちりと弾け、梓は紅梅の話に食い入るように聞き入った。

 茶の湯がくゆる中、紅梅は静かに話し始めた。

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