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まほろばー流転奇譚ー  作者: 雨音かえる
曼珠沙華之段

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11/35

拾 生と死の狭間

 バンッ!

 

 庵の戸が勢いよく開け放たれた。

 

「ばぁちゃん! 刹が……刹が、曼珠沙華の……毒を……受けた!」

 

 朔がはぁはぁと肩を大きく揺らし、声を詰まらせながらめいっぱいの声を出す。

 戸口にもたれその場にへたり込むも、荒い呼吸は治まらない。汗が頬を伝い、言葉の端が震えていた。

 紅梅は朔が急に入ってきた驚きよりも、朔の言葉に耳を疑う。

 

「なん……じゃと?」

 

 朔の言葉は途切れ途切れにしか聞こえなかったが、「曼珠沙華」という言葉に即座に反応する。

 

「おぬし、今、”曼珠沙華”と申したかっ!?」

 

 朔が息を切らしながら何度も頷く。

 紅梅は一瞬動揺を見せたが、急いで火箸を掴むと、鍋の中に赤みを帯びた炭を数個入れる。

 鍋の中で細かく砕き、小さな調合用の石臼へと放り込む。

 ゴリゴリと擦り棒で細かく砕き、さらに細かく擦ってゆく。


「朔。すまぬが、囲炉裏の鍋から湯を桶に入れて覚ましてはくれぬか」

「うっ……うっ」

「朔! しっかりせいっ! 時を争う。急げ!」


 泣きじゃくる朔を叱りつけるも、その手は止まらない。

 朔は泣きながら言われた通りに、熱い湯を桶の中に入れ、置いてあった団扇を仰ぎ、湯を冷ます。

 

「冷めたかえ?」

 

 朔は桶から少し湯を取り、手にあてて温度を確かめる。紅梅も少し手渡され、確かめた。

 いつまでも泣いている朔を見かね、紅梅は肩を抱き寄せ言い聞かせながら、頭を撫でてやる。


「大丈夫じゃ。心配ないっ」


 その言葉に朔は泣きやみ、頷いた。


 「うむ。では、その水を。ここへ。ゆっくり、ゆっくりじゃ。そうじゃ」

 

 朔は桶の水を匙で少しずつ垂らし、紅梅が炭粉を溶く。

 黒い液が重たく揺れ、二人で布にあけて濾した。


「朔。水屋から、"米飴"と"塩"を取ってきておくれ」


 朔は、言われた通り水屋から米飴と塩を持ってくる。

 紅梅は、匙で手早く計り、湯と混ぜ合わせる。



「ばあちゃん。それは?」

「これはの。命を繋ぐ水じゃ。刹は暫く飯が食えんからの。これで滋養をつけさせる。これがないと体がもたん」

 

 ほどなく外から、複数の足音が慌ただしく近づいてくるのが分かった。


◇ ◇ ◇

 

 バンッ!


 再び庵の戸が勢いよく開け放たれ、火緒と火弦が飛び込んできた。

 

「ばぁちゃんっ! はよう! 刹がっ!」


 火緒の叫びに近い声が響く。

 開け放たれた戸に、刹を背負った玄瑞が姿を現した。

 玄瑞が囲炉裏の傍に刹を寝かせ、紅梅が刹の状態を診る。

 顔に血の気はなく、呼吸は細い。

 紅梅は一目見るなり、短く言い放った。

 

「横向きに。頭は低くせい。お前たちは、外に出ておれ。玄瑞、梓、おぬしたちは残れ」

「はい……」

「…………」

 

 紅梅は双子と朔を庵から追い出すと、玄瑞と梓に残るよう告げた。

 梓は刹の頭元に座り、口元に耳を寄せる。

 胸の上下は浅く、喉がひゅ、と鳴るたびに顎を支えて気道を確かめた。

 刹の唇が僅かに動く。

 

「玄瑞、そこにある炭を寄こせ。いや……じゃが、その前にその顔と手を洗ってこい。それでは逆に毒じゃ」

 

 紅梅に窘められると、玄瑞はすばやく井戸で手と顔を洗い、庵に戻ってきた。


「玄瑞! 炭を飲ませる間に、肩の傷口を診よ。毒血を絞り出し、そこに熱した炭粉を盛り、布で硬く縛れ。入り口を塞がねば、いくら中を清めても追いつかぬ!」

  

 先ほど作った、濾した炭液の椀を紅梅が梓に差し出す。

 梓は震える手で、零さぬよう慎重に受け取ると、匙で椀の中をかき混ぜた。

 

「ごく少しずつだ。喉が動く時に合わせる。無理はするな」

 

 紅梅の声は低いが揺れない。

 梓は紅梅の声に、少し落ち着きを取り戻すと、匙の先にほんの一滴をすくい、刹の唇へ触れさせる。

 口は閉じたまま動かず、炭液は口の端から流れ、零れてゆく。


「もう一回じゃ」


 梓はもう一度、匙の先にほんの一滴をすくい、刹の唇へ触れさせる。

 だが、同じように零れてゆく。


「刹、お願いだ。少しでいい、飲んで」

「慌てるな。飲ませてはならん。含ませるのじゃ」


 梓が頷き、もう一度繰り返す。

 喉が微かに上下した。その瞬間にもう一滴。

 

「よいぞ、急ぐな」

 

 黒い液は半ばこぼれ、それでも数滴が確かに口の中へ落ちた。

 

「吐いたらすぐ横へ流せ。塞がるのがいちばん怖い」

 

 刹に吐瀉反射が見られると、梓に止めるよう合図する。紅梅はすぐさま刹の身体を横向きにさせ、背をさすり、吐かせる。

 

「布を──口端を清めよ。塩の湯を少し、湿らせる程度でいい」

 

 玄瑞に、塩湯に浸かる手ぬぐいを持ってくるよう言いつける。

 梓が手渡された布で、吐瀉の跡を拭う。

 

「少しずつじゃ……焦るな」

 

 炭液をまた数滴、喉の動きに合わせて落とす。やがて、刹の呼吸がわずかに深くなり始めるのがわかる。

 

「……通り始めた」


 梓が息を吐く。

 

「まだ油断はならん」

 

 玄瑞は空の炭液の椀を受け取り、再び椀に炭液を足す。

 

「玄瑞、囲炉裏の火を起こせ。冷やすな。熱い灰をかいて布袋へ。足元と腹の付近に置け。梓、刹の脈を看ろ」


 紅梅は刹の足を摩ったり、揉んだりしている。 

 梓は刹の手首に軽く指を触れた。弱いが、指先に確かな拍が触れる。

 

「ここに灸を据える」

 

 紅梅は(もぐさ)をひねり、火を移す。手早く要処に置き、皮膚が温もりを取り戻すのを確かめた。

 

「巡りを助けるだけじゃ。炭が(しゅ)よ」

 

 三巡目の炭液を終えたころ、刹の喉が小さく鳴る。

 

「戻しそうだ」


 梓が体を横へ傾ける。

 黒い筋を含んだ吐瀉がこぼれ、布が受け止めた。

 

「よし、出せ。出してしまえ」

 

 紅梅の声は厳しいが、安堵が微かに滲む。

 吐き切った後、梓は塩湯で口を清める。

 

「もう一巡だけ。次は量を減らす」

 

 炭液は点のように落とされ、喉が確かに応えた。

 

「……これでよい。あとは寝かせる。玄瑞、奥の部屋にある綿入りの掛け布団を持て。刹に掛けてやれ。明け方には意識が戻るじゃろ」

 

 紅梅は先程作った補気の薬を湯でのばし、火のそばに置く。

 

「目を開けたら、ひと匙ずつ。ゆっくりじゃ。焦るな」

 

 梓は頷き、刹の額の汗を拭った。

  

「……ありがとう、師匠」

「礼は皆に言うがよい。よう運んだわ」

 

 梓は眠る刹を見下ろし、深く息を吸う。

 視界に世界がゆっくり戻ってくる。

 ふと自分の舌に痺れが残っていることに気づき口元に手をやる。


「梓よ。おぬし、毒を口で吸い上げたな? なんと無茶な事を……。塩湯で口を(すす)いでおけよ」


 紅梅に見抜かれ、梓は「すみません」と項垂れた。

 玄瑞が綿入りの布団を、そっと刹に掛けてやる。

 山の稜線が僅かに白みだす。

 庵の内には炭と薬草の匂い、火の音、そして穏やかな寝息が戻りつつあった。

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