演目39 魔王
次の階へ移動できるフラフープを使って数十階分をショートカットをした俺は、いつもと違うダンジョンに来た。
「うおっ、高い!?」
すぐ地面ではなく、数百メートル以上もある天井から落ちていく。
そのお陰で全体が見渡せる。遥か下には草木の無い不毛な大地が広がっていて、その中心には魔王でも住んでいそうな不気味なお城が建っている。上を向けば沢山の星がキラキラと輝く夜空の天井があった。
大きめの魔法陣の足場を作って空中に留まれば、遅れて降りて来たマシロとカエサルが足場に着地した。
「ご主人、ここ、すっっごく嫌な感じがする」
「どうやら最深部に到達したみたいだな。あの城からリリスの気配がある」
いよいよか……。
「カエサル、どうする?」
「事前準備をしてから乗り込む。私が主体となって戦うから、二人はサポートに――いや、むしろ邪魔だ。今すぐ戻れ」
「なにか来るよ!!」
カエサルとマシロの反応から瞬時に警戒すれば、背後からナイトメアの気配がした。振り返ると何も無い空間が歪んで割れ、そこからフードを目深く被った漆黒のコートを着たリリスが現れた。
「ミラ!」
カエサルが叫び、俺とマシロを守るように立って杖を振るう。背が邪魔して見えないが、杖を受け止めたのだろうミラと思しきリリスは再び空間を歪めて割った。
「カエサル!」
咄嗟に手を伸ばしたが時既に遅く、手は空気を掴むだけだった。
「くそっ! マシロ行くぞ!」
「うん!」
俺は魔法陣を解除しスカイダイビングを敢行した。背中からマシロが抱き着いて来たが気にせず、上手く姿勢制御して城へと向かう。
正面から入るか? それとも上の塔から?
……上からだ!
丁度入るのに良さそうな平べったい塔へ向かう。
だが、近づくにつれて霧が出始め、城の姿が見えなくなった。
この霧、夢野マホロか?
無闇に霧の中へ突っ込んだら何が起こるか分からず、仕方なく城の手前で着地した。
「マシロ、手を繋いで。そして離さないで」
「わかった」
しっかりと手を繋いだことを確認し、警戒しながら霧に向かって走り出す。少し進んだだけでホワイトアウト現象さながらに方向も現在位置も分からなくなった。城までの距離以上を進んでいるのに到達しない。
「おやおや、こんな辺鄙な場所に誰か来たと思えば……新人さんとわんちゃんか」
霧全体からマホロの声が響くが無視だ。姿が見えないんじゃあ戦いようがない。
「霧に囚われたあなたたちはもう出られない。何をしに来たのかは知らないけど、私たちの仲間になるのなら出してあげてもいいよ?」
無視。
「……無駄だよ。私を倒さない限り、城には近づくことすら叶わない」
無視無視。
「……あの、せめて反応して」
目の前に姿を見せたので、とりあえずステッキで殴る。案の定、霧になって空振りに終わったのでそのまま走り去る。
するとまた目の前に姿を見せて水の剣で斬り掛かって来た。瞬間移動で背後に回り、俺はようやく立ち止まった。
「やぁ夢野マホロ。こんなところで会うなんて奇遇だね」
「そうだね。また仲間に誘おうかと思ったけど……今のやり取りでますます殺したくなった」
「そうかい。マコトを呼んだ方がいいかな?」
「……」
あらら、黙ってしまった。余程マコトが怖いみたいだ。
まぁ、ハッタリなんだけど。
「それとも今ここで決着をつけようか?」
不敵な笑みを浮かべてステッキを構え、先端を夢野マホロ――リリスに向けた。
「……やめておくよ。マコトを呼ばれたんじゃ敵わないからね。それにもう私たちの計画は完遂した。今更この場に残る理由は無い。じゃあね、新人さんとわんちゃん♪」
余裕そうな笑みを浮かべたリリスは霧となって姿を消した。覆っていた霧もすぐに晴れると、気配が完全に無くなった。
念の為、マシロに聞いてみる。
「マシロ、リリスの気配は?」
「んー、消えてる」
尻尾の毛は逆立っていたりもせず、ご機嫌に揺れている。どうやら本当のようだ。
……ああ、戦わずに済んでマジで良かった。対抗策は幾つかあるけれど、まだ勝てる気がしないし。
計画が完遂したとか気になることを言っていたが……それより、カエサルを助けに行かないと。
「行こう」
「うん」
移動を再開し、俺たちは城の正面にあるでかい扉の前に到着した。扉には小さな扉が付いていて、罠を警戒して慎重に開けようとすると、普通に開いて中に入れた。
「カエサル! どこにいる!」
「カーエーサールーーー!!」
広々としたロビーらしき場所で叫んでみるが、反応は無い。
「――こっちか!」
探知魔法で場所を特定したので走る。瞬間移動や空間転移の魔法は使わない。相手に空間魔法の専門家がいるかもしれない状況で使ったら、罠に掛かってどんな目に遭うか分からない。
少し進んだところで、大きな白狼に変身したマシロが俺の横に来て言った。
「ご主人、乗って!」
頷き、遠慮なく背に乗ってしっかりしがみつくと、マシロは速度を上げた。
広々としつつも複雑な構造の城内を進み、奥にあった大きな扉をマシロがタックルして開けてそのまま突入した。
――いた!
荘厳な広い玉座の間で、角と羽と尻尾を生やし中性的な顔に大事な部分しか隠れていないローブを着たミラと思しきリリスと、何故かいるジャンヌとバルバラが、リリスそっちのけでカエサルと戦っていた。
盛大に扉を開けた為か、全員が一瞬だけ動きを止めてこっちを見た。
「カエサル! 助けに来た!」
「不要だ! 今すぐ帰れ!」
何故?
そう思っていると、奥の数段高くなった玉座が目に留まった。
背後の壁に巨大な空間の穴が開いている。
その手前には漆黒のコートを着たリリスが一体、偉そうに脚を組んで座っていた。フードを目深く被っているので顔は見えない。
ただ、目が合ったように感じるとそいつは立ち上がり、一気に跳び上がってカエサルの頭上を越えた。
「させんっ!」
カエサルは杖を掲げて自分を起点に魔力による爆発を起こして三人を吹き飛ばし、その隙に俺たちとの間を隔てる大きな結界を瞬時に生成した。
だが、ミラと思しきリリスがすぐに空間を割って結界を通り抜ける穴を作り、そこを通って跳んでいるリリスは俺たちの所まで来てしまった。
警戒していると、そいつはゆっくりと優雅にお辞儀をして口を開いた。
「ようこそ、我が居城へ。我は魔王。ここまで辿り着いたお前たちを歓迎しよう」
…………ちっっさ!
言葉は尊大で胸を張っているが、声は小鳥のように可愛く、コートの上からでも分かる細身の体型。そして何より背が低い。
警戒し、ぐるると唸って毛を逆立てているマシロから降りてみると、目線より下でやっぱり背が低かった。
それはそれとして油断せず、不敵な笑みを浮かべながらポーズを取ってご挨拶。
「初めまして。ちょっと自分の街でおかしな事件が起こったので、原因かもしれないお前を倒しに来た」
ステッキの先端を魔王と名乗った彼女に向け、一言。
「ズドン」
不意打ちでステッキの先端から魔力の弾丸を発射するが、無反応にすり抜けた。
ん? これはいったい……?
「フッフッフ……それは不可能というものだよ」
魔王は笑い、マシロの方に向いた。
「おいそこの犬。獣臭いから自害しろ」
「うん。自害する」
なっ!?
変身を解いて人間に戻ったマシロは、両手を獣の手に変えて自分の喉を掻き切ろうとした。
指パッチン。
精神に作用する魔法の類だろうと当たりをつけ、咄嗟に催眠から目覚めさせる要領で解除を試みた。
寸でのところでマシロの手が止まった。
「――あれ? マシロ、なんで??」
良かった……なんとか効いた。
「ほう、やるではないか。お前、我の仲間になれ」
むっ、この艶めかしく心地良い感覚は……リリスの魅了か。
それに魔力が微かに感じられる? っていうか、思考が普通に出来てるし効いてなくない?
「……ん?」
リリスが首を傾げた。
「お前……何故、我の魅了を交えた魔法が効かないのだ?」
知らんがな。
「とにかく、倒させてもらう」
ステッキに魔力を込めてさらに纏わせ、一気に接近して突く。
回避行動も取らずにステッキは魔王の体を貫通したが、痛がる様子がない。それどころか手応えも無く空気を相手にしているようだ。
「幻か」
行き当たる答えを呟くと、魔王は口元をニヤリと歪めた。
「半分正解だ。我の能力――魔法は『催眠』。五感も意識も思いのままに操れる。だが解せんな。お前の視覚を狂わせることは出来ているのに、意識を操れん」
多分だけど、なんでもアリな奇術師魔法少女という意識が強いせいだと思う。魔法少女はココンを通して神々から力を与えられた存在で、その力はかなり概念的。だから奇術師として何にも縛られないから、操られたりしないということなのだろう。
「それよりベラベラ自分の力を話していいわけ?」
「構わぬ。我の力は誰かに話したとして、対処出来る者は限られる。お前や、『絶対なる力』を願ったカエサルのような存在以外はな」
……その催眠、意外と効かない奴が多そうな気がする。マコトとか、ブロンドさんとか、マイカとか。
「じゃあその催眠、奇術師として覚ましてみせよう」
同じネタはあんまり使いたくないんだけどな。
指パッチン。
「ディスマジック」
魔法を否定する魔法を発動。
目の前の認識させられていた幻が消え、伏せていたマシロも体の自由が戻って立ち上がり、玉座に脚を組んで座る魔王を名乗るリリスが姿を見せた。
コートは着ておらず、淫魔らしい扇情的なビキニ水着のようなものを着ている。
さっきまで小さかった筈なのに、見えている魔王は男の理想を体現したような美しい女体をしていて、綺麗な黒いロングストレートの髪をした頭には立派な二本の角が横から前に伸び、腰には巨大な悪魔の翼が、尾てい骨付近からは先端がハート型の長くしなやかな尻尾が生えている。
そんな彼女は立ち上がると、さっきと同じように大きく跳んでこちらに向かって来た。ただしさっきと違って結界を堂々と蹴破って目の前に着地した。
「魔法を打ち消す魔法とは面白いな。我は今、計画を終えて機嫌がいい。相手をしてやろう」
魔王は見せつけるように、禍々しい赤黒い魔力を発した。火柱のように轟々と出ている魔力は桁違いの量で肌を焙るような威圧を感じ、動物としての鋭い直感を持つマシロが大きく後ろへ跳び退いた。
……言われた通り、さっさと帰った方が良かったかも。
今更後悔してももう遅い。逃げたところで追って来るだろうし、瞬間移動や空間転移なんてやっても、ミラだろうリリスによって別の場所に誘導されたり阻止される。
冷や汗が、額から一筋になって流れた。
――でも、俺は奇術師だ。嘘と虚勢でなんとかしてみせる!
気丈に振る舞うべく、無理して不敵な笑みを浮かべながらポーズを取った。
左手はハットのツバに添え、体を横向きに、右手でステッキを持って先端を相手に向ける。
「相手をしてやるのは私の方だ。是非ともショーを楽しんで逝きたまえ」
「フッフッフッフッフ……」
挑発に乗らず笑うだけの魔王は動かない。
ならばと俺はステッキの狙いを心臓に向けた。
「ハートショット」
ズドンと一発、魔法で弾丸を直接心臓へ送り込む。
「――フッ、効かぬな」
一瞬ふらついたように見えたが?
これならどうだ!
黒い布を出して片手を隠す。
「ハートスティール」
そう言って黒い布を取ると同時に魔王の心臓を手の中へ強制転移させた。そして目の前で握り潰す。
「――ッ、フフフフフ……効かぬ」
……自己暗示による回復や復活か? 或いは無効化?
「今度はこちらから行くぞ」
「――っ!」
一歩で距離を詰められ、ステッキを振るうが軽く払って弾き飛ばされた。
追い詰められないように弧を描きつつ下がり、ハットに魔力を込めて纏わせて投げつけるが、それも払い落とされる。
トランプを手の中に出し、魔力を込めて纏わせてばら撒くように投げてホーミング弾にするが、魔力のオーラに当たると刺さりもせずにパラパラと落ちた。
アサルトライフルを出して構え、魔力を込めて纏わせた弾丸を連射するが、カンカン弾かれて効果が無い。
銃剣を出して先端に装着し、可能な限り魔力を収束して突く。
――これでも駄目か。
オーラを貫通したが刃渡りが足りずに肉体に届かない。
拳が振り上げられ、瞬間移動で逃げようとするが足元に赤黒い魔法陣が展開され、足がくっついたように動かず逃げられない。
っ、防御!
バリアを張り、身体強化を可能な限り施し、さらに魔力を両腕に纏わせて防御姿勢を取った。
拳が振るわれるとバリアは粉々に砕けて貫通し、衝撃が腕に来た。勢いを殺しきれずに顔面を強打して体中を打ちつけながらゴロゴロと転がるように吹っ飛ばされた。
転がりは止まったが、頭がクラクラして体を起こそうとしても上手く動かない。全身に痛みがあり、腕の感覚が無い。
「ウワアアアアアアアッ!」
マシロの獣のような叫び声が聞こえる。首だけは動いて視界に入れれば、動く気配の無かったマシロがリリスに飛び掛かってオーラに取り付き、獣の爪を突き立て噛みついた。
ダメージこそ与えられていないが、オーラそのものを引き裂き、嚙み砕いて食らっている。
「むっ、獣風情がッ!!」
俺相手に余裕そうだった魔王はマシロ相手に激昂し、腕を振るって払いのけた。それでもマシロは再び飛び掛かって振り払われ、食らいつく。
動かないと……。
視線を動かし、まずは自分の腕を確認する。
千切れては……いない。
腕はズタボロになっているけれど、ちゃんとくっついている。状態を直視したせいか遅れて激痛がし始めたので、痛覚遮断をしつつ動くようになった体を起こす。
ふらつくが、気張ってしっかりと立つ。
たった一撃でこれか……笑えるくらいに非力だな。
指パッチンは出来そうにないけど、無理すれば指は少し動く。
自嘲気味に笑いつつ魔王の意識がマシロに向いている間に、俺はマコトが描かれたカードを生成して持ち、魔力を込めて発動した。
「レプリカード:マコト」
シャキンッ!
どこからともなく聞き慣れた音が聞こえ、カードからマコトの大きな断ち切りバサミが魔法少女の視力ですら追えない速度で出て来て、魔王目掛けて飛んで行く。
だが反応され、開いた刃を両手で受け止められた。勢いが無くなった断ち切りバサミはそのまま投げ捨てられると、魔法の効果が切れて消えた。
……ダメか。賭けのつもりだったんだけどな。
正直、打つ手がない。俺は両腕を負傷してるし、マコトのハサミ以上に効きそうな攻撃を持ち合わせていない。それに他人の魔法だからか魔力の消耗が激しい。ここまで来るのに魔法を連発していたのもある。
こうなったらダメ元で逃げるしかない。
カエサルも一緒なら、もしかしたら一人くらいは逃げられるかもしれない。
――いやまだだ。まだ終わりじゃない!
マシロが飛び掛かって振り払われ、それでも食らいついている中でカエサルを見れば、未だに健在で戦っているカエサルと、攻めきれないミラだろうリリスとジャンヌとバルバラの姿があった。
カエサルなら、俺には無い致命の一撃をこいつに出せるかもしれない。
もし、ジャンヌとバルバラが催眠による洗脳で敵対しているだけだとしたら、解除すれば頼もしい味方として動いてくれるかもしれない。
……勝負は一瞬。形勢を逆転させるならこれしかない!
まだあまり上手くないが――カエサルにテレパシー!
(カエサル、聞こえてるなら返事を)
(っ、ネロか! 今忙しい。手短に頼む)
(こっちのリリスに致命打を与える一撃は出せるか?)
(可能だ。が、三人を相手にしていてはその隙さえ無い)
(私が代わりに受け持つ。任せていいか?)
(いいだろう。合図を頼む)
(ああ……今だ!)
指パッチン――の代わりにヒールをカツンと鳴らす。
「ゲームチェンジャー」
俺とカエサルの位置を瞬時に入れ替え、三人に囲まれた状態で立つ。
そこでさらに魔法を一つ。
カツン。
「ディスマジック」
魔法を打ち消す魔法により、ジャンヌとバルバラの動きがピタリと止まった。自分が何をやっていたのか分かっていない、呆けた顔をしている。
……賭けに勝ったな。
ニヤリと笑みを浮かべてやる。
唯一何も起こっていないミラだろうリリスは素早く動き、その手に持っている禍々しい剣で俺を突き刺した。
流石に両腕が潰れ、大ダメージから復帰して魔法を行使した直後では動けなかった。ご丁寧にしっかりと捻じりながら剣を引き抜いた。回復は専門の魔法少女でないと追いつかないだろう。
でも笑みは絶やさない。
俺は奇術師魔法少女。ここからでも次の一手はある。ちゃんと、暇な時に考えておいた。
奇跡の復活マジック――――
倒れ、意識が薄れる寸前に魔法を発動しつつ黒い布を自分の真上に生成して全身を覆い被せる。
仕込みは完了、あっと驚く見せ場の始まりだ。
――――リザレクション。




