演目37 ささやかな休息
「ここなら安全だ。探知に引っ掛からない結界も張ってある」
逃げた先は地下鉄の事務室。電気が流れていないから真っ暗闇なのだが、そこはカエサルが杖の先端にある黄金の宝石に明かりを付与して照らしてくれた。この周辺にナイトメアの気配も無いので安心だ。
マシロを埃臭い応接セットのソファに寝かせ、追加でヒールポーションを飲ませたところで、俺は口を開いた。
「カエサル、生きてたんだ」
「ああ、なんとかな」
「いったい何があった?」
「いきなり二人が襲って来た。私をユダだと決めつけてな。私にとってはブルータスに裏切られた気分だよ」
「……なんというか、どんまい」
それしか言葉が思いつかない。
「ネロこそ、何故ここへ?」
「電話が途中で切れたから、心配で様子を見に来た。こんな目に遭うとは思わなかったけど」
「すまない。我々の問題に巻き込んでしまったな」
「別にいいよ。手は大丈夫?」
「ああ、自力で治したから大丈夫だ。ほら」
そう言って負傷したであろう右手をひらひらと見せてくれた。
うん、大丈夫そうだ。回復魔法に適性あるんだろうな。ちょっと羨ましい。
「それで、これからどうする? 脱出するのなら私がなんとか出来るけど」
瞬間移動とかで夢境を越えられないかもしれないが、出口前ならいけると思う。
「そうだな……」
とカエサルは右手を顎に当てて思案し、十数秒の沈黙の後に口を開いた。
「出来れば、このまま地下を探りたい」
「地下?」
「この東京はダンジョン化して地下へ空間が広がっている。日本の魔法少女協会の古い調査記録に残っていて、我々が調査した結果は事実だった。それに、地下深くからリリスの気配がしている。それも複数」
「マジ?」
「マジだ」
カエサルが嘘を吐いているようには見えない。確証を得る為に探知魔法を使いたいが、使ったらあの二人に察知されそうだから止めておく。
「私としてはさっさと帰って誰かに丸投げしたいんだけど」
「それはまだやめた方がいい。特に協会には」
「何故?」
「日本の協会は分からないが、私が信頼していた二人が突如として裏切った事実は、つまるところカトリック教会と魔法少女協会本部が、何者かの意思によって完全に乗っ取られている可能性がある」
「は?」
完全に乗っ取られてる?
魔法少女が集まる場所で?
魔法少女たちが?
「ちょっと詳しく教え――いや、やっぱりいいわ。なんかめんどくさそうだし」
「一から説明するとややこしいから正直助かる。ただこれだけは言わせてくれ。私は人々や世界の為に動いている。決して、カトリック教会や魔法少女協会を裏切るような真似はしていない」
「うん、信じるよ。でもそれだと、誰が何の目的で二つの組織を乗っ取って、こんなことをしてる?」
「それは調査すれば分かることだ」
「そりゃそうだ」
話は終わり、俺も応接セットのもう片方のソファに寝転がって休憩した。
杖の明かりだけが頼りの、暗くて静かな時間を過ごしていると隣から動く音が聞こえ、目を開けた。
「やぁマシロ、おはよう」
「……おはよう」
眠気まなこだがしっかりと挨拶を返してくれた。
マシロ自身の回復力が高いのか、それともポーションの効果が良かったのか、既に火傷の痕は無い。
「ん、起きたか」
立派な革張りの椅子に座って足と腕を組んで休憩していたカエサルも目を開け、伸びをした。それに釣られて俺も伸びをすると、マシロも猫みたいにみょーんと伸びをした。
少し、喉が渇いてお腹が空いたな……。
どれくらい時間が経ったのか分からないが、これからのことを考えると食事を摂って英気を養いたい。俺の魔法なら食べ物くらい出せるだろうと思い、二人に聞いた。
「とりあえず、寝起きに食事でもどう?」
「食べたい!」
「出来るのならお願いしたい」
「よし。それじゃあ好きな物言ってみて」
「肉!」
「……ピザを――マルゲリータを所望する」
「なら、ピザパーティーといこう」
俺は立ち上がるとハットとステッキを出し、軽く一礼。
手始めに裾の内側から白いテーブルクロスを出して埃塗れてのテーブルに敷く。
続いて手を後ろに回してモッフモフな髪の中から、レストランで料理を被せるステンレスの蓋――クローシュだかクロッシュだかと、大皿を出した。
「ここに皿と蓋を用意します」
そう言ってテーブルに皿を置き、その上から蓋を被せる。
「中には何もありません」
確認させる為に、一度蓋を取って中身を見せる。
何も乗っていない大皿があるだけ。
蓋を閉じる。
「このステッキで三回叩くと、ピザが現れます。ワン、ツー、スリー」
コン、コン、コンとリズミカルにステッキで蓋を軽く叩き、魔法を行使。
それから蓋を取ると湯気がもわんと立ち上り、あっつあつなマルゲリータがそこにあった。
二人が前屈みになり、表情が明るくなる。
でもまだ食べさせてあげない。
俺は再び蓋をする。二人が少ししょんぼりした。
もう一度手を後ろに回して取り出したるは、今置いてある蓋の上から被せられるほどの大きな蓋。
それをピザの入った蓋にさらに被せて言う。
「これは中の物をコピーする蓋です。でも即興だからちょっと不具合があるかも」
被せた蓋をひっくり返さないように持ち上げて、隣に置く。
魔法を行使してから再び持ち上げれば、そこには隣と同じ蓋が置かれていた。
俺が取っ手を持ってその蓋を取ると、また湯気が立ち上った。
「あぁ、やっぱり……サラミが沢山載ったピザに変わってしまった」
「にくー!」
可愛いなぁマシロ!
因みにそれは耳の部分にソーセージが入ってるぞ。
素直な反応にこっちも笑みが零れてしまう。
もう一品欲しいので大きな蓋を隣に置いて持ち上げる。
さらに増えた、ピザの入った蓋を持ち上げた。
「さかなー!」
具体的には白身魚と貝とエビとイカだ。
「この前も見せてもらったが、いい魔法だな」
「それほどでも」
嬉しい気持ちを抑えて平静に努め、最後にもう一つ。
指パッチン。
人数分のグラスとぶどうジュースの入ったポット、ピザカッターを瞬時に出した。
「これにて手品は終了です。飲み物はワインでなく、ぶどうジュースなのでご安心を」
終わりを告げて軽く一礼。邪魔な蓋は消し、ハットとステッキを横に置いて食べる準備に移る。
多分、本場の人間だろうカエサルがピザカッターを手に持つと、慣れた手つきで素早く等分に切り分けてくれた。
「じゃあ、いただきます」
「いただきます!」
「……いただきます」
俺とマシロの日本の食事の挨拶を見て、カエサルが合わせてくれた。
そうして俺たち三人のピザパーティーが始まった。




