67、災厄
「お、お願い、誰か、助けて・・・」
助けを求める声と悲鳴、建物が崩れ落ちる音と、そして何者かが瓦礫を踏み荒らす音が響き渡る。
足下から呻き声が聞こえて来た。横を歩くココナが気付き、その声の元へと駆け寄る。
「大丈夫ですよ、今助けます」
優しく声を掛けて顔を近付けるココナ。相手はまだあどけなさの残る少女だった。体中に重度の火傷を負い、目も見えていなそうに見える。
と、少女のその更に下からも呻き声が聞こえて来た。少女の母親らしい。母親の火傷は少女よりも激しく、もはや命の灯火が消える寸前に見える。
ココナが、そのままの状態で2人に『金糸』を使った。下手に動かすのが危険だと判断したのだろう。
その瞬間、バキバキと瓦礫を踏み潰しながら、大型の何かが近付いて来る音が鳴り響いた。
その場の全員が顔を上げる。
視界に入るのは大型の『魔物』。四つ脚の肉食獣のような見た目の『魔物』は、生き物の気配を探して瓦礫と化した街を動き回っていたのだろう。空腹の証拠に、大きな牙の覗く口元からは、多量の唾液がダラダラと垂れ流しになっていた。
こちらに気付いた『魔物』が、咆哮を上げながら突進して来る。
ハッとなる全員。
が、『魔物』の牙は届かない。大きな盾を振りかざすハザンが間に入って『魔物』の接近を防いだのだ。
「ここでの治療は危険だ。安全な場所への移動を優先させろ」
『魔物』の目を見ながらそう言うハザン。それにココナはムッとして答えた。
「分かっています。少し治療を施して、移動に耐えられるようにしたかっただけです。それよりもハザンさん、私の事よりもヨウを守らなくて良いのですか?ヨウの守りがガラ空きです」
治療の手を休める事無くそう言うココナ。
と、その時だった。
俺のすぐ横の物陰からシュッと音を立てて細長い何かが飛び出して来た。俺の心臓に向かって一直線に進んで来るそれは、ヘビのような見てくれの『魔物』。
俺はそれを素手で掴み取って観察してみた。1m位の長さのヘビの胴体部中程に、蝙蝠の羽のような物が付いている。ガッと開かれた大きな口からは2本の湾曲した牙が生えていて、先端からは刺した対象に毒を注入するのだろう、嫌な臭いのする液体が流れ出ていた。
捕まった事に気付いたヘビが、俺の腕に巻きつこうとしてくる。その前に俺はヘビを握る手に力を込めた。ヘビが苦しみ真っ直ぐにピンとなる。そのまま俺は、そのヘビに電流を流した。
『感電』
触れた対象に強い電流を流してダメージを与える『加護』だった。イメージとしてはスタンガンに近い。
俺はその『感電』を独自にアレンジして、電極針を飛ばして離れた所の対象を痺れさせるテーザー銃みたいにしたり、剣に電流を流して電撃棒みたいにしたり(相手と一定の距離を保ちながら威嚇・打撃・電撃を加えることができるから便利だ)、電磁気力を利用して弾丸状の硬い礫を高速で打ち出し電磁砲のようにしたり、また電流を稲妻のようにして直接打ち出すテスラ銃を実現してみたりする事も出来た。
他にも色んな魔法みたいな事は大体全部出来た。炎や風、水、土とか氷とか、植物なんかを自在に操ったり、加速・減速や比重コントロール、過去を見たり未来を予測したり等。それでも『感電』系にこだわりを持って、そればかりを使ってしまう。何故かと考えたら、それはやっぱり、俺自身が『光』だからなんだと思う。
ヘビは気絶した。俺はそのヘビをポイっと投げ捨てる。
「『魔物』相手にヨウの警護は必要無い。護衛しなきゃならないのは人間相手の時だけだ。だろ?」
ハザンがそう言い、襲い来る肉食獣の『魔物』を押し返してその頭を殴った。キャンと鳴いてそのままそこに崩れ落ちる『魔物』。どちらかと言うとハザンの方がバケモノみたいだった。
「そうだな」
呟いて俺はココナの横に行き、瀕死の親子を必死に治癒する様子を見守った。
『金糸』。それは『聖母』の『加護』。
俺には出来ない技だ。
他は何でも出来るのに、だだ『聖母』の『加護』だけが出来ない。これはある意味で呪いみたいなものだった。
親子の顔の火傷が治る。すると2人共目を開いて俺達3人を見た。
「立てますか?」
一度治癒の手を休めてココナがそう聞いた。
「は、はい!何と・・・奇跡、これは奇跡ですか・・・?」
母親の方がそう言って、涙を流しながらココナの手を握る。それに、無言でただ微笑むココナは、正に奇跡を施す女神みたいに見えた。
背後からどこかの騎士団の姿が見える。ハザンがそいつらを呼んで親子を引き渡した。これで2人は避難所まで案内して貰えるはずだ。
「良かった」
そう呟くココナに俺は頷いた。
1人でも多くの命を助けたかった。
何故なら、この災厄は、俺が起こしたようなものだからだ。
「ヨウ様を、偉大なる『勇者』として周知させます」
そう言ったのは、トマス・ド・ラ・エルブーと言う名の騎士。まだ若く見えるのに『正長』という位で、周囲の騎士達からは一目置かれる存在の男だった。
そいつが提案した方法がとんでもない事だった。
わざと『魔物』に街を襲わせて俺に退治させる。それによって、俺を『勇者』だと知らしめる。と言うものだった。
俺はそんな事必要無いと言った。
『真ん中』の国民は皆んな素直で従順。国の言う事を疑う事は100%無い。だから言えば良いのだ。俺が立派な『勇者』だ、と。
それだけで済む事なのに、わざわざ街を襲わせる理由は、実は別にあった。それは、旧市街地を『魔物』に破壊させて、新たな美しい街並みを造るという事。
浮浪者を追い出し、古い空家を壊して、国の汚点を消し去る。
その功績がトマスの生家のエルブー家に入る。トマス自身も出世する。トマスにとってはプラスになる事しか無かった。
私利私欲に塗れた要求は何故か通った。『勇者』である俺の意見は誰も聞かない。
計画は雨の日に実行された。雨が降れば、人々は皆屋内に引っ込む。屋外から人の姿が消えた日に、空から『影の雨』を降らせるのだ。
『影の雨』とは、俺の『悪意』を凝縮して込めた雨で、浴びた者を活性化させる。
人は浴びない。浴びるのは、常に屋外に身を置く獣や魔物のみ。
・・・理論上は、だ。
実際に活性化したのは、雨宿りをし損ねた野山の獣達、鳥、昆虫、魔物。そして、雨でも働いていた人々、雨の中でも動かざるを得なかった忙しい人々、雨でも気にせず外遊びをしていた子供、その母親達・・・。
活性化し、凶悪な『魔物』と化した者達は、思惑通りに旧市街地を襲った。襲い破壊し、雨足が強いと言うのに大きな火災となった。
『魔物』達は人も襲った。
逃げ惑う人々の中には、たまたま雨の中出歩いていた知人が『魔物』と化すのを見ていた者もいた。その者達が叫んだ。この『魔物』達の中には元知人が混ざっている!と。
知り合いかも知れない『魔物』に剣を向ける事を拒む者、躊躇する者が続出して、旧市街地の混乱は増す。
そんな中だ。俺が現れたのは。
俺は『魔物』を斬った。元は人かも知れない者達を、だ。いや、人だろうが人で無かろうが、元は何の罪もない獣や虫や魔物だ。それらを斬る度、俺の心は傷付いた。
俺の『悪意』で、俺が活性化させた『魔物』だ。
苦しかった。
一体一体を斬り捨てる度に、これで良いのか?と自問する。
けれども、一体一体を斬り捨てる度に感謝される。
「ありがとう『勇者』様!」
「『勇者』様万歳!」
苦しみは増した。
そんな俺に、トマスは囁く。
「大丈夫です。貴方に救われた人達は貴方を信頼し、貴方の力になろうと駆け付けて来るでしょう。貴方は彼等を率いて『魔王』を倒しに向かいます。『魔王』は人に刃を向ける事は出来ません。彼等を盾に戦えば、必ずや勝利を手にする事が出来るでしょう」
それが?
俺はそう言いたいのを必死で我慢した。
ぶっちゃけ俺は『魔王』なんてどうでも良かった。
確かに俺は、いや俺と晃は『魔王』を倒す事を目的として、この世界に召喚された。
一方的に。
その願いを叶えてやる義理は無いし、なんなら今すぐトマスを殺してこの場から逃げてやろうか、とすら考えた。
けど、
このまま気付かずに利用されているフリを続ける方が、俺にとっても都合が良いのは事実。
結局、効率を優先させて、人の命を数字で測るみたいな考え方をしているのは、俺も変わらない。
そう思うと、心の中に木枯らしが吹き荒ぶ。心が寒くなった。
一晩で混乱は収まらず、俺達は順番で休息を取った。
その休息中、浅く眠った俺は、夢の中に晃を呼んだ。
晃はすぐにやって来た。
この世界で生きて行く為に、自らを鍛え精進したのだろう。久々に見た晃は、間違える程逞しくなっていた。
この世界に来る時、俺は全てを知らされた。
逆に晃は、何も知らされなかった。
俺は、そんな晃と自分を比べて、自分が酷く劣っているような気分になってしまった。
だが、
「調子はどう?」
そう俺が聞くと、晃は不機嫌そうな顔を見せる。
それを見て俺は少し安心した。
「あんまり良くなさそうだな」
そう呟くと、晃は
「・・・好きな人に、彼氏がいた・・・」
と返して来た。
俺は思わず「しょーもな」と言って笑った。
自分が悩んでいるのがバカらしくなった。
こんな訳の分からない世界に召喚されても、変わらず自分らしく生きている晃が眩しかった。
心が軽くなり、俺も、自分らしくやって行けば良いのだ、と考える事が出来た。
目覚めてからは、ひたすら人命救助に努めた。1人でも多くを救い、少しでも早く混乱を収めたい。
黒焦げの親子を救い、他にも沢山の人々を救った。
救えなかった人も沢山いた。そういう人達は丁寧に埋葬した。
そして、大方片付いた頃に、その女は現れた。
気配を感じて振り向く。
すぐにハザンも気付いて、そして俺とその女の間に立った。
その女の顔を見て、俺は驚いた。
そして、思わず呟く。
「・・・阿部?」
その顔は、元の世界の同級生、阿部絵里子のものだった。
俺にそう言われて、阿部のそっくりさんは、困ったような顔を見せたのだった。




