66、『魔王』
「こんな怪しい見てくれだけど、悪い奴じゃ無いんだ。離してやってくれないか?」
ジャッキーがそう言って近付いて来た。
それを聞きながら俺は、ノワの鎖に捕えられた男の顔を見た。
ボサボサの黒い癖毛は伸び放題で顔を半分以上隠している。前髪の分かれ目から覗く特徴的な横長の瞳孔。それに俺は見覚えがあった。
マジールに渡る連絡船の搭乗口で見掛けた。そして、闘技場の内部の出場者と関係者の控室に向かう途中の通路でも。
どちらも、側にエリスがいた。それは今もだ。
気にならない訳が無い。おまけに俺は、その男の『過去』や、未来を示す『運命の柱』を見る事が出来ないでいる。
見えない者は、他にも何人かいた。エリス、混合戦本戦第1枠のレーナ、『白い女』改め、アラベルの姉であるシュリ。そして、すぐ横にいるノワ。
ノワに関しては『過去』を見る事と起こるべき『未来』を持って来る事は出来た。が、『運命の柱』を見る事は出来ない。
これが何を意味するか。
見えない者に共通する事。それは、全員が『外側』、つまりは『神』と呼ばれる存在だという事。
ならばこの男も『外側』で、『神』様と言う事になるんじゃないだろうか。
が、今はそんな事はどうでも良かった。
俺は、一陣の風が抜けて行った方向を見詰めた。
エリスが攫われた。
攫ったのは、赤毛の男だ。
ジャッキーの申し出を受けてノワが鎖を解き、男を解放するのを横目で見ながら俺は聞いた。
「今の、誰?」
誰にともなく発した声。それに答えたのはジャッキー。
「『南西』・・・」
ジャッキーはそう言いながら、解放された男の顔を見る。その視線を受けて、解放された男は頷いて続けた。
「そうだ。『南西の君』だ」
「『南西の君』って・・・」
何だ?
思わず漏れた俺の言葉に答えてくれたのはノワだった。
「この世界の『内側』と『外側』との境目に壁があるって事は知ってるよね?その壁は誰も越えられなくて、行き来をするには『門』を通らなきゃならない。『門』は初め『北』と『南』にひとつずつあって、『北』を『聖母』が、『南』を『聖女』が守っていたんだ」
そこで一度言葉を切ったノワにジャッキーが続ける。
「ところがある日、『南』の守りが弱くなった。原因はハッキリしないがこのままでは良くないと、新たに『門』が2つ作られた。それが『南東』と『南西』だ。『南東』には『聖母』の次男が着き、そして『南西』には四男が着いた」
それに解放された男が続ける。
「その四男が『南西の君』と呼ばれている。名前は『カイル』。見た通りの目立つ赤毛の大男さ。だが最近はまた別の呼び名で呼ばれてるな」
俺は、そこで言葉を切った男を見た。
男は続けて言う。
「『魔王』」
それを聞いて、背後でカミュが「ヒッ」と声を上げて息を呑んだのが聞こえた。
『魔王』。
それを聞いて俺は、この世界に召喚された最初の日にトールから教えられた事を思い出した。
『『魔王』が現れたせいで、『魔物』が活性化して、手当たり次第に人を襲っている。そう結論付けた王は、その『魔王』を倒すことの出来る存在を求め、召喚の儀を行い、それによって召喚されたのが・・・』
それが俺だった。いや、正確には俺と耀の2人だ。
「あ、そうなんだ。『魔王』って『南西』の事だったんだ」
鎖を仕舞いながらそう呟くノワは、まるで世間話でもしているかのようなテンションだ。
いや、待て。待ってくれ。
「何でその『魔王』がエリスを攫って行くんだよ」
俺は驚きながらそう聞いた。
「迎えに来たんだろ?」
驚く俺に、こちらも世間話のテンションでジャッキーが答える。それに続ける解放された男の声も世間話テンションだ。
「『声』が聞こえたからなぁ。『南西』地獄耳だから、すぐ飛んで来たな」
『声』。そう言われて俺は、実はエリスの声を聞くのはさっきが初めてだったと言う事に気付いた。それまでのエリスとの会話は常に『思念会話』で、彼女が意識的に『声』を出さないようにしていたのだと知る。
「迎えって・・・」
どういう事だ?
最後まで言わなくても伝わったみたいで、ジャッキーが答えてくれた。それは、俺にとっては知りたくない事だった。
「『南西』の女だからさ」
頭が真っ白になった。
「・・・えっ・・・」
『南西』の女。女って事は、彼女、恋人・・・とか、そういう事、だよな。
そういえば、と、俺は、エリスが攫われる瞬間の事を思い出した。俺に向かって伸ばされた手が、結局赤毛の男の胸元を掴んで、そこに顔を埋める、その様子を。
恋人・・・。エリス、彼氏がいたのか・・・。
いやいや、そこじゃないだろ俺。
俺が召喚された理由は『魔王』を倒すって事で、今まで『魔王』が何者なのかすら分かってなかった訳だが、実は何度か俺の危機を助けてくれたエリスの彼氏が『魔王』だったっつー訳で・・・。俺は、恩人の彼氏を倒す為に、今まであちこち旅をして来て、でもエリスは俺を助けてくれて、俺はエリスが、好きで・・・。阿部絵里子と同じ顔の、でも別人のエリス。そのエリスの男が『魔王』・・・。
頭がプシューッと音を立ててショートしてしまいそうだった。
「アキラー!」
その時、エデン・シティの門の方から俺を呼ぶ声かわ聞こえて来た。振り向かなくてもそれがトールの声だという事が分かる。
3頭の馬と、それぞれの背中に乗せられた沢山の荷物。優秀な優等生は、1人でキチンと俺達3人分の旅支度を整えて来てくれたようだった。
飛行船の準備も出来ている。荷物も完璧。指名手配書が出回ってしまっているし、早々にマジールを離れた方がが良いのは分かっている。が、頭が上手く働かなかった。今何をするべきなのかが分からなくなってしまっている。
そこからしばらく、俺の記憶は朧だ。トールとノワに言われるままに歩き、飛空艇に乗り、『南』へと向かった。
航行の責任者はカミュで、トールとノワと、あと何故かゴーシュも一緒で、船内にある風呂に入り、食堂で飯を食い、天日干しの匂いのする寝床で眠った。
そして、夢を見た。
「よぉ」
振り返り、声をかけて来たのは耀だった。
「おぉ」
そう返事をして俺は、耀の隣に腰を下ろす。
「調子はどう?」
聞かれて俺は、眉を顰めて口を尖らせる。
それを見た耀は、笑って「あんまり良くなさそうだな」と呟いた。
「・・・好きな人に、彼氏がいた・・・」
夢だと思うと、何でも素直に吐き出せた。
それを聞いた耀は、また笑って「しょーもな」と呟く。
一瞬イラッとしたが、耀の顔が泣きそうに見えたので、俺はハッとなってその顔を見詰めた。
「まぁ、上手い事行かないのは、お互い様みたいだな」
そう言って耀は俺を見た。正面から見る耀は、少し痩せたように見えた。無理矢理笑いを浮かべた口元は悲しそうで、何かを酷く悩んでいるのが見え見えで、見てるこっちも苦しいくらいだ。
「何かあったか?」
そう聞く俺に、耀はゆっくり話し始める。
「周りの奴らが何を考えてるのか分かってもさ、1番上手く行く方法が分かってもさ、誰も信じてくれないんだよ。鼻で笑って、聞き流して、無かった事にする」
耀のその言葉を聞いて俺は、ああ、耀も俺と同じように、周りの人達の『過去』や『運命の柱』が見えるのかも知れないと思った。
けれども耀は、人とコミニュケーションを取るのが苦手な方の人種だった。だからきっと、分かってても上手く相手に伝える事が出来ないのだ。
「お前、コミュ症だもんな」
俺がそう言うと、耀はフッと軽く笑って俺の脇腹を強目に殴った。
「いって!」
俺は身を捩って痛がった。
「沢山死んだよ。止められなかった」
言いながら耀は正面を向いて真顔になった。目線の先には、『真ん中』の街並みが広がっている。
俺がこの世界に来て、最初に見た街並みだ。
見慣れない格好の人に囲まれて倒れていたあの場所。そこが、真っ黒に焼け落ちているように見える。
木造の建物の梁や柱だけを残して、焦げた残骸と化した家々。地面に転がる人の形をした黒い塊は一体何なのだろう。そこかしこに転がるそれらが、ひとつひとつの命の抜け殻なのだとしたら、一体どれ程の人が亡くなっているのだろうか。
「発展の為に必要な死だ、なんて言われてもさ。死なせなくたって結果は変わらないのに。言っても信じないんだ」
耀は苦しんでいた。その姿に、セーライ神殿で亡くなった神官達と女性達を悼む自分の姿が重なる。闘技場でノワに指示を無視された時の気持ちを思い出す。
俺もそうだった。多分その時の俺は、今の耀と同じ顔をしていたんだと思う。
苛立ちと悲しみを混ぜ合わせたもどかしさ。
「『異界の勇者』って、何なんだろうな」
俺はそう言った。
「それな」
耀はそう返した。
そのまま2人でしばらくの間、焼け落ちた街並みを見ていた。
「急に呼んで悪かった。ちょっと愚痴りたくなったんだ」
耀はそう言って俺を見る。
「来てくれてありがとう」
礼を言った耀は、はにかむように笑った。
それから、俺が何かを言う間も無く、辺りが白く霞んで行き、目が覚めた。




