65、『魂の尊』
物資の調達をトールに任せて、ノワと2人でエデン・シティの門の手前で、街の外側の人の流れを見ていた。
セシル王失踪の影響は大きく、あちこちで色々な問題が起こって、それに対応する人が駆けずり回っているのが見えた。それでも王代行のリグランがキチンとした対応を行っているお陰か、大混乱という感じにはなっていない。
「やっぱりリーは凄いね」
関心したノワの声。それに俺は同感だった。
リグランは最初から人を使うのが上手かった。それは、幼い頃から父である前王を見て覚えたという事もあっただろうが、彼なりに自分が将来国を背負って立つ立場だという事を理解し、上に立つ者として何が必要かを考えて習得する努力を怠らなかった結果だと思う。
それに加えての『第3の目』だ。相手の本質を見抜くその『目』のお陰で、リグランは誰よりも強く、誰よりも先を行く事が出来ていた。
求心力も十分にあり、誰もが彼を頼る。強いて言えばもう少し自分に自信を持てればという所だったが、その自信を与えてくれる者として、今は横にエトワールが居てくれる。
そして・・・、
エトワールから間もなく産まれて来る後継者。その子は歴代のどの王よりもマジールを発展させる。
その子供を育て上げるのがリグランだった。
「アキラ様とノワ様ですか?」
そう声を掛けられて、俺達はそちらを振り返った。そしてちょっと驚いた。
見た事のある顔。小太りのオッサン。
「お初にお目に掛かります。私はカミュと申します」
そう名乗って俺達に頭を下げるそのオッサンは、闘技場の貴賓席で観客達を煽り、エリスの腰を抱いて、エリスの唇を混合戦の賞品にした男だった。
リグランの記憶の中で見た顔よりもずっと老け込んでいて、側で見ると大分頭が薄くなっている。
「あっ、お前」
ノワが驚いた表情でそう言い、カミュに詰め寄る。そのまま壁まで押し付けてガンを飛ばす。
俺は、なんでノワが突然そんな事をするのか分からなくて、一瞬ポカンとしてしまった。
けど、カミュの過去を確認して、その理由が何となく分かった。
カミュは『転生者』で、それも、この世界で生まれ変わってから何度も何度も転生を繰り返しているベテラン、というか転生常習者だった。
『転生者』にはそれぞれ『使命』があり、それはこの世界に刺激を与えて文化文明の進捗を加速させる事を目的とした何らかの行為なのだが、その人毎に違う何かを施して影響を与えて世界を変化させていかなくてはならない。
最初に死んだ年齢に達するまでの間に成すべき事を成し、そして死ぬ。その寿命を神寿と言う。
その後『転生』を司る女神と面談(?)を行い、どの様な事を行い、どの程度世界に影響を与えたかを審査され、合格すると次のステップに進むのだが、カミュは常にここでわざと引っ掛かっているのだった。
つまりは、成すべき事を敢えて成さずに不要な転生を無為に繰り返していて、いわゆる『お前、人生何周目?すげーな!』と言われるような事を楽しんでいる。そんなヤツだった。
「あっと、お止め下さい。その、ノワ様のお怒りの理由は承知しております。今さっき『ミコト』から改めてお叱りを受けた所でして・・・うぐっ!」
放っておくとカミュを締め殺してしまいそうだったので、俺はノワの手を軽く叩いて止めさせた。
『ミコト』、つまりノワのおばあちゃんである女神様が、その『転生』を司る女神様だった。
『魂の尊』
『冥府』に落とされた『時の尊』と、この世界を創り出した『光の尊』に並ぶ、最も位の高い3人の神様のうちの1人だった。
『時の尊』も『光の尊』も今はこの世界には居ない。『光』神殿は『真ん中』にひとつあるが、代行の神官が『加護』の付与から何から何まで全てを任されていて、『光の尊』は不在だった。
だから3神のうち今現在この世界に干渉しているのは『魂の尊』のみで、つまりはこの世界において1番上の立場にいる『神様』がこの『魂の尊』と言う事になる。
ノワが、実はそんな凄い神様の孫だと言う事に気付いて、俺は今更ながらにちょっとギョッとなってしまった。
だけど、ノワはノワだと思い直して平静を取り戻す。
「お前が小狡い事してるから、ミコトの機嫌が悪くて僕、八つ当たりされたんだぞ!」
低めの声でカミュにそう言うノワ。
俺が見てない間にそんな事があったのか・・・。
「そ、それは申し訳ありません。本当はそろそろ『神寿』が尽きますので家に帰ってゆっくりしようと思っておりましたが、今世は命尽きるまで世の為に馬車馬の様に働く事を約束致しました。貴方方を『南』へお送りした後は、国政に忙しい殿下に代わってエデン方面の管理責任者として無償で奉仕致しますー・・・」
怯えた顔でそう言うカミュ。それはそれで可哀想な気もするが、今まで狡い事ばかりしていたなら、多少は苦労もして貰った方が良いのかも知れない。
そもそも俺は、コイツが下心丸出しの顔でエリスをエスコートしていた事が未だに許せないでいた。
「てかお前、何でエリスと一緒にいたの?」
思わずそう聞いてしまった。
横でノワが「お前またか」という顔で見ている気がするが無視する。
「え?あぁ、エリス嬢はですね、彼女の方から私に接触して来たんですよ。多分例の密輸の件を独自に追っていたんでしょう。それで、闘技場にお誘いしたら来ると言うので一緒に。私も、死ぬ前に美しい女性と一緒に歩くくらいの役得を味わいたくってですね。いやぁ、何とも美しい方で、夢見心地でしたよ」
聞いてて何だかムカついて来てしまった。その時の事を思い出してうっとりとした表情を浮かべるカミュを睨んで目を逸らし、そしてノールックで1発殴る。
「イテッ!」
そう叫び俺を見るカミュを、続けてノワが殴った。
「イッ、な、何で!」
泣きそうな顔のカミュは、そこでようやく要件を言った。
「皆さまをお送りする飛空艇の手配が整いましたので、呼びに参りました」
それを聞き、俺は「飛空艇?」と聞き返してしまった。
そんな物があるのか。
「あ、アレ使わせてくれるの?やったー!」
横でノワが、瞬く間に機嫌を直して喜ぶ。
「空飛ぶデッカい風船みたいなやつだよ」
と、弾んだ声で説明までしてくれる。
「すぐに出せますが、後お一人、トール様はどちらに?」
「ああ、トールはね、今兵舎の方で物資の調達を・・・」
カミュとノワがそうやり取りをしている時だった。
少し離れた所にある湖から騒がしい声が聞こえて来た。
そちらを見る。
と、湖の少し手前の木陰に人影が見える。
よく見ればそれは女性で、見覚えのあるシルエットをしていた。
「・・・エリス・・・?」
呟き、俺はそちらに向かって歩き出す。
近付けば近付く程、そのシルエットはエリスに見えてくる。
エリスに似ている人?いや、あんなにスタイルの良い女性がそうそう何人もいるだろうか。多分エリス、いや、多分じゃない。エリスだ。
思って俺は駆け出した。
「エリス!」
確信して俺は大きな声で呼び掛ける。
エリスは俺を見ていた。目が合って、心臓が強く鼓動を刻む。
と、エリスの視線が俺からズレる。
何か?と思った瞬間だった。
『危ない』
エリスの口がそう動き、エリスの声が聞こえた。
声を聞いたのは初めてだった。
高くて美しく響く声。
その声が刃となって、俺の背後に突き進む。
何事か?と思った瞬間には、背後からくぐもった呻きが小さく聞こえた。
何だ・・・?
そう思い、振り返ろうとしたその時だった。
とてつもなく大きな、いや巨大な気配を感じた。
その気配は、とんでもないスピードで真っ直ぐにエリスを目指して突き進んで来ていた。
赤い、風・・・?
俺は駆けた。全力でエリスに向かう。
「エリス!」
さっきよりも大きな声でエリスを呼ぶ。
そして手を伸ばす。が、
その手の先で、何者かがエリスを攫った。
何だ・・・何だ何だ何だ・・・!
一体、何が起こってる!?
混乱する俺の前で、目の前で、一瞬だけ見えたのは、長い真っ直ぐな赤い髪の屈強な男の姿。
そいつがエリスを抱えて、そのまま風の様に去って行ってしまった。
俺は呆然とその場に立ち尽くした。
目の前で、エリスが攫われてしまった。俺の事を何度も助けてくれた、美しい女性。その人が、いとも簡単に奪われてしまった。
奪われた・・・?いや、
攫われるその一瞬の光景を思い出す。
赤毛の男に抱えられた瞬間、俺に向かって伸ばそうとした手を、赤毛の男の胸元に持って行くエリス。その胸元に顔を寄せている様に見えた・・・。
一体、何が起こったんだ・・・。
「アキラ!」
呆然とする俺の背後からノワが叫んだ。
瞬間、地面を伸びて行く『闇色の鎖』。
それは、俺の横を通り抜けて何者かを掴み上げる。
「いっ、何だ?!」
前から驚いた声が響き渡った。見ると、鎖に巻き取られた男が、ボサボサの髪を振り乱してもがいている。
「おい、何だこれ!離せ!」
捕らわれた男には見覚えがあった。
混合戦の前日に闘技場の中ですれ違った男だ。ボサボサの黒髪の浮浪者みたいな男。その目の瞳孔が、横に長い。
「な、お前誰だ?」
捕まえたノワが聞く。
「おい、離してやってくれ。オレの知り合いだ」
湖の方から、残念そうに釣竿を抱えたぬいぐるみのような獣人がそう言った。ジャッキーだ。
ジャッキーの声が響く中、背後からひとつの気配がフッと消えた様な気がした。




