64、赤い風
「つまり、第2子リグランは産まれてすぐに第2王妃の妹の手によって孤児とすり替えられていたって訳です。孤児の方は王家の血、つまり『狂気』を受け継いでいないというのに『グライシア』を・・・、あ、分かります?『テラ』の妹神の3姉妹です。その『グライシア』を押し付けられて相当辛かったみたいですね。アイツらは『狂気』のおこぼれを啜って生き永らえてた訳ですけど、孤児にはその『狂気』が無い。なので代わりに生気を吸われ続けていた、と。途中で『時の子』が気付いて『テラ』に報告。『グライシア』は3人にとって唯一の『口』を奪われ、以来飲まず食わずで、今や瀕死です」
ヤギは、そこまで言って言葉を切り、そしてクククッと笑った。
私がそれを冷めた目で見ているのに気付くと、すぐに真顔に戻って報告を続ける。
「『狂気』は『時の尊』の遺産。所持している2人のうちの1人は『冥府』に落ち、そしてもう1人の方は投獄中。近々裁判が開かれて釈放される見込みですが、幸いコイツには生殖機能が無いそうで、このまま行けば『狂気』はこの世界から消えるかと。ああ、『冥府』に落ちた方の子供が女の腹に宿っていますが、この子供にも生殖機能は無い予定、と」
言いながらヤギはズボンのポケットを漁り、そこから一枚の紙を取り出す。そして、それを読み上げた。
「投獄されてる『狂気』の持ち主、本物の王弟リグランの現在の名はスレイ。ご存知ですよね?危うく貴女様の下部が食べてしまいそうになったあの男です。スレイには良き理解者である相棒がいまして、身柄はそいつに一任されるそうです。スレイが殺した主犯であるブリエヌ元侯爵は事故死。その事故の原因は警察にあると言うことになり、お咎めなしで元の生活に戻ります。が、雇主であるブリエヌが死んでいますので、新しい雇主としてガティ家が名乗りを上げているそうですよ。そんな経緯があった事が影響しているかどうかは分かりませんが、孤児とスレイの立場はそのまま変わらず、と言うことになるそうです。第2王妃の妹、サチは王家の断絶を企てた罪として、舌を抜かれた後、修道院に送られるそうです。ブリエヌの下に居た転生者、マルコと言う名だそうですが、コイツは王家の諜報部で働く事が決まったそうです。後は・・・」
「長いわね、まだあるの?」
溜め息を吐きながら私は思わずそう言った。
「まとめての報告で申し訳ありませんね。最後に一つだけ」
ヤギはそう言いながら私の耳元に口を近付けた。そして、小声で囁くように言う。
「『真ん中』の第3夫人の屋敷に居ます」
誰が、とは言わない。私もあえて聞かなかった。
「・・・そう」
そう呟いて、私は懐から一枚取り出した。
淡い色合いの大きな一枚の鱗。
「はぁ、コイツは凄い」
それを見てヤギが感嘆の声を上げた。拝むように見詰めるヤギの手に鱗を渡した。情報の謝礼として。
「龍の喉を護る鱗ですね」
言いながらヤギは、その鱗を陽の光に透かして見た。鱗を通して7色に輝く光がヤギの横一文字の瞳孔に降り注ぐ。
と、その時だった。
すぐ先にある湖から大きな水音が響き渡った。
「き、きたーーーーっ!」
見ると、湖の縁から釣り糸を垂れた獣人が1人、小さな体に似合わない大きな竿を器用に操り、巨大な魚を釣り上げようと奮闘していた。
「ヤギ、手伝え!」
獣人がこちらに向かってそう叫んだ。
「知り合い?」
そう言う私にヤギは「ええ、同業者です」と呟き、そして慌てた様子で湖に向かって駆けて行った。
楽しそうな事だ。
その時、そう思った私の髪が微風に煽られて舞った。風が微かに香る。私を惹きつけて止まない、何とも魅力的な香りだった。
風上を向く。と、そちらには、私に向かって駆け寄って来るアキラの姿が見えた。
「エリス!」
名を呼ばれるだけで体が震えた。
この感覚を、何と呼べば良いのだろうか。
『呼ばれる』
主であるカイルに名を呼ばれるのと、同じ位に全身が歓喜する。全てを投げ出してそちらに向かいたくなる。
必要とされたい。役に立ちたい。
その思いが膨れ上がり、何かをせずには居られなくなってしまう。
私は、目を細めてアキラを見た。
アキラ、お前は何者なの?何故こんなにも、私を惹きつけるの?
そう思った時だった。
こちらに向かって駆け寄って来るアキラの向こう側、物陰になってアキラからは見えない位置に何かが光る。
日の光を反射して輝くそれは何らかの武器で、あらゆる気配を消されたその切先は鋭く、どう見てもアキラを狙っていた。
私は目を見開いた。
アキラは気付かない。
物陰で何者かが動く。陰の中で蠢く、白い輪郭。
・・・シュリ・・・!
咄嗟だった。
アキラを助けなければ。
その思いが、私の中で何よりも優先されて、だから、今まで決して使う事の無かった『声』を出してしまった。
『危ない』
私の声は、何よりも速い波動となって、アキラを狙い放たれた矢尻に向かって行く。
私の『声』は狙い通りに矢尻を粉砕し、そのままの勢いでシュリに襲い掛かった。避けられず顔面に、右側の目に命中した『声』は、シュリを貫通し、向こう側に抜け出て蒸発する。
後に残ったのは、驚愕の表情を浮かべるシュリ。彼女は両手で右目を押さえて、そのままスッと消えて行った。
私はハッとなって、両手で口元を押さえた。
なんて事・・・。ずっと、『声』を出さないようにしていたのに・・・。
一瞬で、何事かがあった事を察したアキラは、振り返り、今までシュリがいた場所を見、そして再び私に振り返って駆け寄ろうとした。
その表情は深刻で、強く私を気に掛けている。
そんなアキラの行動が嬉しかった。
ずっと、見ていたかった。
けど、もう・・・。
そう思う私の左方面から、その気配はやって来た。
『声』を出したんだ。聞き取られない訳は無い。例え世界の裏側に居ようとも、彼は私の『声』を聞き逃がす事は無いだろう。
アキラが私に向かって駆け寄ってくるそのスピードの何千倍もの速さで、文字通り彼は飛んで来た。
赤い、一陣の風となって。
脇目も振らず、私に向かって一直線に突進して来たその風は、何の音も無く私を攫って行く。
「エリス!」
アキラの声が聞こえた。思わず、そちらに向かって手を伸ばしそうになる。が、
「エリス、探した・・・」
私を抱きしめて、耳元で囁くその声を聞いた途端に、アキラへの焦がれる思いはシュッと消えた。
力強く逞しい腕、熱い体温。
懐かしい、匂い。
私は、私を逃さないように強く捕まえるその腕にギュッと捕まった。腕から首へ、首から背中へ、と腕を回していく。強くしがみついて、その広い胸に顔を埋めた。
私を抱きしめ返す太い腕は、とても優しかった。
エリスを見付けた。
薬を盛られ寝かされて、気付いたらエリスは居なかった。以来探し続けてようやく見付けた。
駆け付けて攫うように捉えて、この腕に抱き締めた。
口付けて互いに体を求め合い、そして一晩中抱き締めたまま共に寝て、そして、目覚めたらまたエリスは消えていた。
鱗1枚を身代わりのように置いて。
その鱗を朝日に掲げて覗き込む。七色の光の中に、エリスの香りがした。
すべき事をしてまいります。
七色の光がそう言っていた。
「・・・」
俺はその場に胡座をかいて膝の上に肘を着き、納得行かないと思いながら鼻息を吐いた。
捕まえても逃げるのなら、戻って来るのを待つしかない。
そう思いながら、俺はもう一度思い切り鼻息を吐いたのだった。




