63、『正義の使徒』
エトワールの混乱と不安、それらを共に支えてくれていたセシル王はもう居ない。その事実がエトワールの不安を増長させ、行き場のない負のスパイラルを巻き起こさせていた。
日に日に死に向かって行く現実、恐怖。全てが自分の所為なのではないかと言う罪悪感。油断すると過呼吸に陥ってしまいそうなエトワール。
そんな彼女に俺は言った。
「貴女にお願いしたい事があります」
そう言った俺を、エトワールと、それからノワとトールと、エトワールの横に控えていた女性の使用人が見た。
俺はみんなの視線を受けながら、持っていたレニアⅩⅤの箱をトールに預けて、そして言う。
「リグランの力になって欲しいんです」
エトワールの目の中に光が灯るのが見えた。
「貴方、何言ってるの?エトワール様はこんなに・・・」
使用人が奥から身を乗り出して言った。
俺達の会話に口を出す事は非礼だと教えられているものの、弱っているエトワールに何かをさせようという俺の言葉が許せなかったのだろう。
俺は彼女を見て、そして軽く頷いてその言葉を止めた。そしてそのままエトワールを見る。
エトワールは俺を見ていた。その目に今さっき迄溢れていた恐怖と混乱の影は無い。自分の意思でしっかりと今を見て、そして俺の次の言葉を待っている。
「リグランは今、お兄さんを失い、そして自分自身が何者であるのかが分からなくなっています」
既に父親である前王は亡くなり、母親もいない。兄も失踪してしまい、その妻、義姉であるエトワールも死に行こうとしている。天涯孤独な身の上で、しかも実は赤ん坊の頃に本物のリグランと入れ替えられている捨て子だという事実を知ってしまった。
何を信じて良いのか分からず、けれども目の前にある職務をこなす事で何とか自分を保っている。
そんなリグランを支えられるのは、エトワールしかいないと思ったのだ。
俺は、ノワの横に膝を付いてエトワールと目線を合わせて、ノワが握るその上からエトワールの手を握った。
エトワールのその真っ直ぐな言葉で支えられる人は多い。前だけを見るその姿勢に励まされる人がどれだけいるだろう。
『正義の使徒』という言葉が頭の中に浮かんだ。
普通に暮らして行くには社会不適応な程の正義感。眩し過ぎて、側にいられたら鬱陶しいと思われる事もあるだろうその特性は、けれども稀有で多くの人を救い導くものだ。
エトワールの未来、これから先の人生は短い。
でも、まだある。終わってはいない。
このままベッドの上で泣き続けて終わってしまうには、あまりにも勿体ない。勿体ないし、そうなる事はエトワールにとっても良くない。
エトワール自身も、まだまだ幸せになれるはずなのだ。
「エトワール。まだ、終わってないよ」
そう声を掛けた俺の顔が、エトワールの目の中で光る。
「リグランを救って。リグランがどれだけの人に慕われて、愛されているのかを教えてあげて。血の繋がりなんて関係ない。リグランは間違い無くセシル王の弟で、エトワールの義弟で、産まれてくる子供の叔父だ。それに、グレイクはガティの親父さんの最愛の息子で、ガティ一家にとっては無くてはならない人なんだって」
「リグラン、を・・・救う・・・、私が・・・」
エトワールが声を発した。
俺はそれに頷いて、そして言った。
「エトワールが言う事は真実になる。貴方の言葉は誰も疑わない」
「私の言葉は真実・・・」
呟くエトワールの体が、薄ぼんやりと光ったような気がした。
「・・・あっ、あぁ・・・!」
使用人が消えそうに小さくそう声を上げて、そしてそのままその場に膝を付いて両手を顔の前で組み合わせた。
「何と、これが『加護』・・・!」
俺を崇めるみたいに見上げてそう言う使用人。
俺はびっくりしてノワを見た。ノワはニコっと俺に笑いかけてくるだけで何も言わない。振り向けばそこではトールが、レニアⅩⅤの箱を持ったまま俺に向かって頭を下げている。
「えっと、何・・・?」
戸惑っているのは俺だけ。
ノワが俺の手をエトワールの手から外させて、そしてその場に立たせるように引いた。
立ち上がって一歩引いて、そしてエトワールを見る。
顔色は薄ピンク色で健康そう。沈んでいた目もパッチリと開き、輝く瞳で俺を見ていた。
「ありがとうございます、アキラ様。お陰で目が覚めました」
エトワールはそう言って、ベッドの蓋に座りそのまま立ち上がろうとし、体勢を崩して、慌てた使用人に支えられた。
「エトワール様、急に動いては危のうございます」
「ゴメンなさい。でも、時間が勿体無いんですもの。あと1ヶ月しかないのよ?急がなきゃ!」
使用人の言葉にそう答えるエトワールの声は生気に満ちていて、聞いているだけでこっちまで元気になりそうだった。
エトワールはそのまま、自分を支える使用人と共に俺に向かって一礼し、部屋を出て行こうとする。
「エトワール様、どちらへ?」
焦ってそう聞く使用人にエトワールは早口で答える。
「リグランの所に行くに決まっているでしょ?早く教えてあげなきゃ。貴方は皆んなから愛されて、必要とされているって。それに、産まれてくるこの子の為にも色々してあげられる事があるわ。寝てなんていられない」
そう言う表情は常に笑顔で楽しそうに見えた。
もう、大丈夫そうだ。
エトワールは使用人に支えられながらも、彼女を引きずるようにして扉まで移動してそれを開ける。と、そこでは護衛の兵がまだ泣いていたが、急に元気になって出て来たエトワールを見て驚き涙が止まったようだった。
そして3人は、エトワールを先頭に歩いて行く。多分、リグランの部屋へ。
「アキラさぁ、良いの?『加護』なんて授けちゃって」
横でノワが言った。
「・・・えっと・・・」
よく分かっていないのは俺だけみたいだった。
「俺、『加護』授けたの・・・?」
『加護』を授ける。それは、『神』がやる事なんじゃなかったのだろうか。
人には無い特殊な『力』。人が『神』に祈り、人ならざる『力』を授かる。それが『加護』だったのでは無いだろうか。
或いは、白い女『シュリ』は、他の『神』から奪い取ったり、説明も無く人に授けたりもしていた。その人の望む望まないには関わらず授ける事も可能なんだろうとは思う。
けど、どの場合でもそれは『神』から人へと授けられるもので、人から人へは授けられていない。
後ろでは、トールがより深く頭を下げている。
「トールやめて。俺に頭下げるとか、どうかしてる」
「いえ。今ハッキリ分かりましたので。やはりアキラ、貴方は『神』なのです」
俺の言葉に、トールはそう言いながら頭を上げて俺を見た。
何だか気まずくて、俺はトールから目を逸らした。
「普通の人間だよ。他の世界から来たから、ちょっと変わってるだけなんだよ」
トールに言いながらも、自分に言い聞かせるようにして、俺はそう呟いたのだった。




