55、罪なのか、事故なのか
夜明け前かと思うくらいに辺りが暗かった。いつもの闘技場、いつもの通路。慣れた場所のはずなのに、初めて来た場所のように感じてしまうのは、この薄暗さの所為だけでは無さそうだ。
人が多い。いつもならば殆ど通る者のいない閑散とした裏の通路。今はその場所に多くの人がいて、それぞれが慌てふためき、互いにぶつかり合いながら奥へ奥へと進んでいる。
何かあったのか?
そう思いながら手探りで前へと進む。
「タクト、どこだ?」
時折そう呼び掛けながら。
と、誰かに肩を叩かれた。
「おい、お前!どうした?武器も持たずに」
振り返るが誰だか分からない。男で、ソレなりに鍛えられた体をしている。分かったのはそれくらいだ。
オレが黙ったままでいると、男は「仕方ないな」と呟いてオレに何かを渡してきた。
ズッシリと思い感触。持った瞬間にそれが何だか分かった。
サーベルだ。
「対象はこのまま真っ直ぐに進んだ先らしい。先行隊が追い詰めて捕獲地点へ誘導する筈だ。俺達はそこへ先回りして待ち構えるぞ。お前も来い」
対象、と言うのが何なのか分からない。けど、もしかしたらそこにタクトがいるかも知れない。
そう思い、オレはその男に続いて走り出した。
「何故だ!何故殺すべき王が生体兵器に操られてるんだ!あれでは王を殺せないではないか!」
ブリエヌ様がそう言いながら私の後に続く。向かうは秘密裏に外へと通じる隠し通路だった。
「申し訳ございません。ですが私は、言われた通りに生体兵器に命じただけです。1番強い人間を操れ、と」
私は謝りつつ言い訳もした。
「きっと、隠していたんですわ。善人の顔をしていても結局は王家の人間ですもの。本性は残忍で、強いだけの汚らわしい獣に違いありません」
ブリエヌ様の後ろでサチがそう言う。それを聞き、ブリエヌ様が「ああ、そうだな。そうかも知れん」と呟く。
「あの残虐非道な前王の息子だ。まともな訳は無い。だが、こうなっては王家の人間を根絶やしにするのは叶わんか・・・」
ブリエヌ様は、呻くようにそう言って俯き、目に涙を浮かべた。
「まだ諦めるのは早いです。だって、私達まだ生きてるんですもの!」
サチがそう言った時、後ろの方から大勢の駆ける足音が響いて来た。ハッとなる一行。
私は、後ろの5人の部下達に目配せをする。すると、部下達は頷いてそのまま今来た道を戻って行く。
「彼等が足止めをしてくれているうちに早く参りましょう」
私はそう言い、ブリエヌ様とサチの2人を先へと促す。が、2人の足は遅い。このままではどのみち追い付かれてしまうだろう。だからと言ってここで諦めるわけにもいかない。
先の通路が2つに分かれている。その右側からは多数の足音が聞こえて来た。ならば左に向かうしか無い。
その先の通路も、足音のしない方へしない方へと逃げて行くしかなかった。
何処かへと誘導されている。
分かっていた。けれども、私にはどうにも出来なかった。
気付けば、逃げ場が無くなっていた。
警察達に囲まれ、私は身を挺してブリエヌ様とサチを守った。
「ここは私が何とかします。お2人はお逃げ下さい」
警察の数は多かった。何の武器も持たず、何の力も無い私1人でどうにか出来る事では無い。それは分かっていた。けれども、2人には逃げて欲しかった。逃げ延びて、目的を果たして欲しかった。
「マルコ、私も助力します」
サチが私の横に並んだ。同じく何の武器も無く、その身一つしか無い。
サチと目が合い、お互いに頷き合って両手を広げて警察の行く手を阻んだ。
ブリエヌ様が逃げる。少しでも長く、少しでも遠くへ行けるように時間を稼ぐ。その一心で、天に祈りながら全身に力を込めた。
が・・・、
私達2人は、あっという間に捕られてしまう。
「1人逃げたぞ、追え」
私を捕らえた警察がそう言う。その声を受けて、1人の警察がブリエヌ様を追った。
その速さに、私達2人のみならずその場にいた警察達も目を見開いて驚く。
風が通り抜けた。
ザッという音が聞こえた。
その次の瞬間、ザーッという、急な豪雨のような音が響き渡った。
そして、鼻に付く鉄臭さ・・・。
ゴトンッという、何かが床に落ちる音。
落ちた物に目を走らせる。
赤い線を描きながら床を転がっていく、それは、ブリエヌ様の首に他ならなかった。
「あっ、あぁ、あぁぁぁぁぁぁ!」
床に押さえつけられたままで、私は何一つ出来なかった。せめて駆け寄って、それが本当に起こった事なのか、或いは恐怖心が見せた幻なのか、審議の程を確認したかった。
しかしながらそれは叶わない。
私は、床を舐めるように顔を押し付けられて動けず、それでも目だけは現実を逃すまいと限界まで上を向いてその光景を見た。
「だって、逃げるから」
血塗れのサーベルをぶら下げた警察は、私に背を向けたままでそう言った。
「・・・なんて事・・・、スレイ、スレイなの・・・?」
横で同じ様に押さえ付けられているサチがそう言った。言ってワッと泣き崩れる。
何と言う事だろう。
これが、天の思し召しなのだろうか。
何一つ上手く行かなかった。全てが悪い方へと運んだ。
自分達が正義だと思っていた。だが、その考えは間違っていたのだろうか。
悔しい。もう一度やり直したい。やり直すのならば何処からだ?
そうだ。あの日だ。前王の第一子誕生の祝いの席だ。あの日私が、ブリエヌ様達へ出席を促さなければ良かったのだ。そうすればブリエヌ様は、婚約者を前王に奪われる事も無く、何の問題も無く過ごせていたというのに。
過去の自分の行いを悔やんでいると、目から涙が流れ出てきた。
私の所為だ。全て、私が至らなかった所為だ。
私が・・・。
そこまで考えた時、頭にガツンと刺激が走って、そのまま意識を失った。
思わず力が入り過ぎてしまった。パキッという音を立てて、今し方届けてもらったばかりの扇子が折れて手の中から落ちる。
「せっかくお届けしましたのに」
レーナがそう言って折れた扇子の残骸を拾う。
「カイル様にお願いして元に戻して頂きましょうね」
そう言いながら、綺麗なハンカチで丁寧に包んだ。
「扇子のひとつや2つどうでも良い」
私は投げ捨てるようにそう言って、引き続き双眼鏡を必死に覗く。
「そんな事言わないで下さい。私の危機を救う為にエリス様が投げてくれた扇子です。私にとってはとても思い入れが深い・・・」
言いながらそのハンカチを胸に大切に抱くレーナ。
先程レーナは、試合の相手の人間を勢い余って食べてしまいそうになったのだ。正気に戻す為に手元にあった扇子を投げてぶつけたのだが、もし止めていなければレーナはその場で聖母に焼かれていたかも知れない。そうなっていれば、今頃街ごと火の海だ。
けど今はそんな事はどうでも良い。
「腹立たしい。あんな出来損ないの人形如きが、あれではまるでアキラの下部じゃないの!」
『魔鈴』を持つアキラに付き従う生体兵器。それが私は気に食わなかった。
「・・・そっちですか。私はてっきり、あの娘の方に嫉妬しているのかと」
レーナの言葉に、確かにそっちも気に入らなくは無いけど、と思う。私以外の者がアキラに抱き抱えられて大切に扱われているのは見ていて楽しくない。
が、それよりも、だ。
この世界でアキラに最初に命じられて何かを成すのは、私で有りたかった!
そう思ってイライラしながらアキラを見続けた。
その時だった。貴賓席の扉が何の合図も無しに開けられたのだ。
「おい、手が空いているならこの娘を守ってやれ」
挨拶も無くいきなりそう言ってきたのは、先程混合戦に出場していた仮面の男だった。確か名前は、グレイクと言っただろうか。
「勝手に入って来て、いきなり何を言うか」
レーナが私を庇うようにして間に立って、静かにそう言った。
「説明をする時間が惜しい。こっちもお前達の事を聞かないから、お前達も細かい事は気にするな」
実に勝手な言い分だった。だが、と私は思う。
「そこに居たいのなら勝手に居るが良い。私は気にしない。側に居ればレーナがついでに守るだろう。ただし、私は何もしない」
双眼鏡を覗きながら私はそう言った。
別に構わない。居たいならば勝手にすれば良いのだ。
その時だった。
闘技場内の空気が変わった。温度が下がり、暗く、重くなる。
思わず私は双眼鏡から目を離し、周囲を見回す。天井、外周、客席と順にぐるりと見回して、そして最終的にアキラが抱える娘を見た。
グレイクの横にいた娘が私の横に駆けて来て、そして身を乗り出してアキラの横の娘を見る。
「ユリアちゃん!」
レーナが私の背後から、そしてグレイクが娘の横からそれぞれに身を乗り出してその娘、ユリアを見た。
「アラベルだ」
私はそう言って、続けて「しっかり掴まれ」と言い、自分はレーナにしがみ付く。
瞬間、その場の全ての光が一点に集中して、辺りが真っ暗になる。それは一瞬ですぐに光は戻り、そしてユリアの前方に暗い『穴』が開いた。
次の瞬間、全てを飲み込むようにして、その『穴』が世界を吸い込み始める。
レーナは私を抱き抱えるようにして守ってくれた。その力は強い。
横の娘はと言うと、手摺りに身を委ねて必死に耐えている。その小さな体が飛んで行かないように、グレイクが全身で手摺りと共に娘を支える。
この場は問題無い。だが、
私は会場の中のアキラとユリアを見た。
『穴』に引き摺り込まれそうになった所を、ミコトの子の物であろう『闇色の鎖』に絡め取られて、何とか落ちずに耐えている。
そこに活性化した人間が滑って来た。間一髪アキラがそれを掴んで止めて、その者にもう1人の活性化した人間が掴まる。
合計4人の人間を支えきれないのか、『闇色の鎖』はズルズルとゆっくり『穴』に向かって落ちて行った。
「兄上・・・!」
グレイクがそう言い、
「ユリアちゃん!」
娘がそう叫んだ。
私は2人を見る。
己の非力さに苦しむ顔だ。
2人はそれぞれ、大切な者を助けに行くことが出来ずに苦しんでいた。
「哀れな・・・」
言って私は、2人に向かって思い付いた事を言った。
「助けてやろうか?」
と。
2人が私を見る。
たまには人助けも悪く無い。
思って私は、言葉を続けた。
「但し、それぞれ1人だけだ。さぁ、誰を助ける?」
咄嗟の時、人間は何を優先するのか。
私はそれが知りたいと思ったのだ。




