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どうせ異世界に来るのならもっと勉強しておけば良かったよ  作者: まゐ


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54、活性化とそして

 活性化したセシル王は、恐ろしく強かった。そのスピードはトールを軽く凌駕し、パワーはそれまでとは比べられない程に上がっている。


 活性化の前までギリギリでその剣を受けていたトールは、簡単に跳ね飛ばされて壁に打ち付けられた。俺がテンパって掛けた『挑発』は効いたものの、いざこちらにやって来たセシル王を、どうにも対処する事が出来なかった。構えた剣を飛ばされた挙句、肘鉄を喰らってその場に膝を付いてしまう体たらく。


 上からセシル王の剣が振り下ろされる。


 まずい・・・。


 と、壁に打ち付けられたトールが瞬時に戻り、俺の前で剣を受ける。その隙に俺は立ち上がり、飛ばされた剣を拾った。そして振り返る。


 俺の視線の先では、ほんの一瞬の間にトールがとんでもない状況に陥っていた。


 受けたセシル王の剣の勢いそのままに床に押し付けられて、膝から折れて仰向けに倒れ込む形で耐えている。極限のリンボーダンスみたいだ。よく力尽きて床にバタンと倒れないものだ、と感心してしまう。


 幸い床の『影』は、セシル王が活性化した時点で全て消えたようだった。なので俺は床を気にせず真っ直ぐに駆け出して、セシル王に剣を振るう。


 狙うのは足元。動きを止める、もしくは掠ってもスピードが落ちるだろうという算段の上。


 が、やはり当たらない。セシル王は避けずに、トールを押していた剣を持ち上げ、それで俺の剣を受けた。受けてそのまま俺の剣を流し、軌道を変えられた俺の剣はセシル王の横の空間を斬る。


 セシル王の脇に俺の体が導かれるように進み、そこで再び肘鉄。


 痛みに目から星が飛び出した。


 その時、会場の隅の方で軽い足音が響いた。見るとそこには先程駆け込んで来て『黒い棘』をセシル王に向けて投げたユリアが居て、ヨロヨロと壁際まで移動して倒れるようにして壁に寄り掛かった所だった。


 その目からは大量の涙が流れ続けて止まる様子も無く、でも声は一切上げていない。表情は驚愕のまま固まり、自分が変貌させたセシル王を瞬きもせずに見詰めて放心していた。


 その口元が動く。


『だからやりたく無かったのに』


『やだって言ったのに』


『どうしよう』


 その動きを何度も繰り返している。


 と、突然、ユリアが頭を抱えた。苦しそうな表情を見せる。


 セシル王が俺の方に注意を向けた事によって、トールは一旦危機を脱していた。一度離れて狙いを定め、再びセシル王に向かって駆け出すトールを確認すると、俺はユリアの方へ向かった。


 分からない事だらけだった。何故ユリアが会場に駆け込んで来たのか。何故『魔鈴』を持っていたのか。何故『黒い棘』を持っていたのか。何故それをセシル王に渡したのか。何故、苦しそうなのか。


 何故の羅列を何とかしたいという思いもあったが、それよりもまず、辛そうなユリアの元に駆け付けてあげたかった。


 駆け寄る途中でユリアが顔を上げた。でも、目線の先は俺じゃなくて、俺よりももっと遠い所。


 何かと思ってそっちを見ると、そこに白いシルエットが見えた。


 俺はハッとなった。


 白い女だ。


 最初にその女を見たのは、若い女性達を誘拐した犯人、ニルという男性の過去の中だった。扱いの難しい『時の加護』を授けて、ニルの犯罪を幇助していた。


 次に見たのは連絡船のシージャック犯の過去の中。やはり同じく犯罪幇助をしていた。


 ユリアはあの白い女に唆されて、こんな事をしてしまったのではないだろうか。しかもあの様子から見るに、断れない状況に追い込まれ無理矢理やらされたのだろう。


 ・・・なんてこった。


 ユリアの事を哀れに思うのと同時に、白い女に対しての沸々と怒りが湧き上がって来る。


 ユリアが白い女を睨む。


「ユリア」


 咄嗟で呼び捨てになってしまうが、気にしている場合じゃない。


 俺はユリアを呼んで、フラフラな彼女を抱えて持ち上げた。退場口へと運んで、とりあえず被害の及ばない安全な所に連れて行かなくては。


 そして・・・。


 俺はユリアの握り締められた手の中を見る。そこには糸に吊された『魔鈴』がしっかりと握られている。


「この鈴、貰える?」


 聞いた俺をユリアが見る。俺を見てハッとなるユリア。今初めて俺の存在に気付いたみたいだった。


 近くで見ると、ユリアの顔色は恐ろしく悪かった。青ざめると言うよりは生気を失って土気色をしていて、額には脂汗が浮かんでいる。


 俺は、弱々しく頷くユリアの手から『魔鈴』を受け取った。


 活性化してしまった状態でも、この鈴でセシル王をコントロールする事は出来るだろうか。


 そう思いながら俺は、『魔鈴』を揺らして音を出そうとした。


 だがその時、あらぬ方向からチリーンという澄んだ鈴の音が響き渡った。


 俺が手の中の『魔鈴』を鳴らしたわけじゃない。どこか別の場所から音が鳴り響いたのだった。


 そして、それと同時に声が聞こえてくる。


「聞こえるか!レニアⅩⅤ!今すぐセシル王から離れろ!」


 それはノワの声だった。


 振り向くと、俺とユリアがいる退場口の反対側の出入口から駆け込んで来るノワが見えた。その手には、今俺が持つ『魔鈴』と全く同じものが握られていて、ノワの走る振動に合わせて終始チリンチリンと小さく綺麗な音が鳴っている。


 多分その『魔鈴』は、例のマルコという小男が持っていた物だろう。


 『魔鈴』が2つある。俺はその事態に軽く驚いた。驚く俺の前で、セシル王の背中からレニアⅩⅤが外れた。


「あ、取れた。ねぇ、取れたよー!やったね、僕ってば凄い?!あの小ちゃいオッサン追い掛けてたらさ、オッサン『魔鈴』おっことしたんだよ。それ見てさ、僕、これがあれば全て解決するんじゃ?て閃いたんだ。それで拾って駆け付けたんだけど、大正解だったね!」


 そう言いながら手を叩いて飛び跳ねながら喜ぶノワ。飛び跳ねる振動に合わせて鳴る小刻みな鈴の音に誘われるようにしてレニアⅩⅤがノワの足元まで移動して行く。その姿は巨大な蜘蛛みたいで気持ち悪い。


「うわぁぁー!来た!キモ!ひぃ、あっち行け!」


 そのノワの言葉に従ってUターンして今度はこちら側に移動してくるレニアⅩⅤ。動きのグロテスクさにちょっとゾッとしたが、『魔鈴』を持つ者の指示には従うみたいだから危険は無いだろう。


 ノワの持つ『魔鈴』と俺の持つ『魔鈴』、すぐ近くに2つの『魔鈴』があるとどうなってしまうのかちょっと心配だったが、試しに俺は自分の持つ『魔鈴』を鳴らしてレニアⅩⅤに命じてみた。


「レニアⅩⅤ、ここに来い」


 鈴の音とその声が聞こえたのだろう、レニアⅩⅤは進む方向を少し微調整して、今度は俺の方へと移動して来た。そして俺の前でピタリと止まる。


 近くで見ると全身が緑色で植物みたいに見えた。顔などは無さそうだが葉っぱの形の2本の腕(?)を揃えて座っているみたいに見えて、何だかちょっとだけ可愛く見える。


「あれ?アキラも鈴持ってんの?」


 俺達の存在に気付いたノワが大声で言った。


 その時、その声に被さってカキーンという大きな金属音が響き渡った。


 それは、セシル王の剣とトールの剣がぶつかり合う音で、まだ2人が戦っているという現実を俺達に突き付けて来る。


「えっ、レニアⅩⅤ外れたのに、なんでセシル王戻らないの?」


 驚きの表情を浮かべながらそう言うノワ。


「活性化、している、ので・・・」


 戦いながら途切れ途切れにそう言うトール。


 その声を聞いてノワが動いた。壁の影になっている床に手を付きそこで掴み上げる動作をすると、影の部分に沿って闇色の鎖が現れる。壁際をぐるりと回り込んでセシル王と最も近い影の部分まで来ると、そこから飛び上がりグッと伸びて、セシル王の体に巻き付いた。


 捕らわれるセシル王。が、その拘束はあっという間に解かれてしまう。力任せに腕を広げて闇色の鎖を引き千切る。千切れた先から塵のように消えて行く闇色の鎖。


 それを見てノワは唇を尖らせる。


「何で活性化してるのさっ!勝手に活性化しないでよね!」


 そう言うノワ。


「順番が、違った・・・」


 トールの切れ切れの声。


「順番?」


 ノワが懲りずにもう一度闇色の鎖を出してセシル王を拘束しようとする。だが今度はセシル王を捉えることすらできなかった。スルリとかわしてトールに襲い掛かる。どうやら学習能力も高い。


「『黒い棘』を、抜いて、から、レニアⅩⅤ、に、離れるよう命じるべきでした」


 トールの声を聞きながら、確かにそうだったかも知れないと思う。


「そうだったかも知れないけどさー。だって活性化してるなんて知らなかったんだもんー」


 ノワの頬がさらに膨れる。


 今は、ああしていれば、こうだったら、と過去の失敗をあれこれ言っている場合では無い。それを踏まえてどうするかを考えないと。


 俺は、『魔鈴』を鳴らしてレニアⅩⅤに命じてみた。


「もう一度セシル王を操って、『黒い棘』を抜け」


 今俺達は『魔鈴』を所持している。もう一度誰かを操ったとしても、いつでも止めさせる事が出来る筈だ。だったら、もう一度セシル王を操って、とりあえず『黒い棘』を抜くべきだ。そしてそれから、可能ならばセシル王の『狂気(バーサク)』も止めさせれば良い。


 そう思ったのだが、レニアⅩⅤは動かなかった。


 と、頭の中に言葉が流れ込んで来る。


『既に活性化している者の操る事(コントロール)は不可能です』


 抑揚の無い、機械みたいな喋り方。その声に俺は、何だこれ?と疑問に思った。が、とりあえずそのまま素直に受け止める事にした。


 そして急いで、セシル王を操れないのだとしたらどうするべきか、と考える。


 俺の手の中には『魔鈴』があり、そして側にレニアⅩⅤが控えている。


 そして・・・、


 俺は、制服の胸ポケットを上から押さえた。


 ここに、ある・・・。


 船の上で、俺が作ってしまった『黒い棘』。


 この『黒い棘』を誰かに刺して、それをレニアⅩⅤで操る事が出来たならば、その誰かが、セシル王に刺さっている『黒い棘』を抜く事が出来ないだろうか?


 考えていると、トールが吹っ飛ばされて壁に激突する。


「トール!」


 ノワが悲鳴みたいな声を上げた。


 トールはグッタリとしているが、意識はあるようだった。両手に持った剣を支えにその場で立ち上がろうとしている。けど、上手く前が見えないのかも知れない。頭を左右に軽く振って無理矢理視力を回復させようともしている。


 その場に迫るセシル王。ものすごい勢いで剣を構えて、トールに向かって一直線に進む。


 悩んでいる暇は無さそうだ。


 俺は胸ポケットから『黒い棘』を取り出してから、もう一度『魔鈴』を鳴らしてレニアⅩⅤに命じた。


「トールを操りこの『黒い棘』を刺して活性化させろ。そして、セシル王に刺さった『黒い棘』を抜け」


 その瞬間、俺の手の中から『黒い棘』が消えた。同時にレニアⅩⅤも見えなくなる。


 足元からトールに向けて、空気が一直線に動いた。そのスピードはセシル王よりも早い。


 空気がトールに辿り着くと、トールの体が一瞬黒いモヤに包まれた。そして、影のようなオーラを纏ったトールが膨れ上がり、一回り大きくなる。


「グオォォォォ!」


 吠えるトール。


「グアァァァァ!」


 吠え返すセシル王。


 活性化した2人が、正面切ってぶつかり合う。


 力は互角に見える。


「頑張れトール!セシル王に刺さった『黒い棘』を抜け!」


 俺がそう言った時、


「・・・うぅ・・・」


 と、腕の中のユリアが声を上げた。


 そう言えば抱えたままだった事を思い出す。


「ゴメン。今安全な所まで移動する・・・」


 俺は、そこまで言ってユリアを見て、そして驚く。


 何故って、ユリアが白目を剥いていたから。


「ユリア、どうした?大丈夫か?」


 軽く揺すって声を掛けるが反応が無い。


 反応が無いままに、何故かその体だけが動く。


 腹の部分でくの字に折れ曲がり、そして両手を前方にのばす。まるで何かに操られているみたいだ。


 伸ばした手が震える。震えて、そしてその手の先の方の床が撓んだ。時空が、捻じ曲がる。


『許さない・・・』


 ユリアの口が動き、その言葉が、頭の中に響いた。


 何だ・・・!?ユリアが突然、思念会話をしている!


 突然だった。驚く俺の前で、ソ(・)レ(・)が現れたのだ。


『返せ!我が力を!たかが人間風情が我が力を勝手に使うなど、許さない!』


 ユリアのものだった声が、徐々に歪んで別人の声になる。聞き覚えのある、少し前に聞いた事のある声だ。


 アラベル。


「ヒッ!」


 息を呑む声が聞こえた。後方の、白い女の方からだった。


「や、やばい・・・」


 思わず俺はそう言った。けど、言った時にはもう遅い。


 至近距離で開いたソ(・)レ(・)に、ユリア共々引き摺り込まれて行く。


 『冥府の門』だ。


 周囲の空気が吸い込まれる。その音が大き過ぎて、ゴーッという音しか聞こえない。空気と共に、全ての音も吸い込まれて行く。その場にいるみんながそれぞれに何かを叫んでいるのに、何ひとつ聞こえない。


 間一髪、ノワの闇色の鎖が飛んで来て俺とユリアに巻き付いた。俺とユリアの体がガクッと止まる。


 ホッとしたが、息を吐く余裕すらも無い。


 風圧に抵抗しながら横を向く。と、俺とユリアのすぐ横を、トールとセシル王が滑って行くのが見えた。


 慌ててユリアを支えていない方の手を伸ばしてトールを捕まえた。そのトールに、セシル王が掴まる。4人になって重くなった分、鎖が軋んで少し伸びた。『冥府の門』が近付く。


 ノワがこっちに向かって何かを叫ぶが、全く聞こえない。


 正に、絶体絶命の危機だった。

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