53、棘
観客席に飛び降り兄上と剣を交えながら、観客が避難してして行くのを見ていた。
皆混乱しながらも、従業員の指示に従い順次外へと出された筈。ここからは見えないが、この闘技場内には各種関係者しかいないものだと思っていたのに、まだ残っている者がいるとは・・・。
私は、痛みにうずくまっている少女を抱え上げて会場出口の方へと運ぶ。
意識はある。『影』から離れて痛みを感じなくなれば歩く事も可能だろう。
そう判断して出口付近まで移動し、「ここから1人で出て行けるな」と確認をしながら少女を床に下ろした。
少女は床に立ち、そして私を見上げる。
「行きたくありません!」
強くそう言う少女に、私は面食らった。
生体兵器に操られ『狂気』を発動した兄上は強い。アキラとトールの腕はまずまずだが、彼ら2人だけで背中の生体兵器を外して兄上を止めるのは中々至難の業だろう。一刻も早くあの場に戻って参戦したいと思うのだが、この少女はすぐに帰る気は無さそうだった。
「何故?」
このままここに放り出す訳にもいかず、俺は仕方無く理由を聞いてみた。すると、少女は懐から一枚の紙を取り出し、それを広げて私に見せる。
見覚えのあるそれは、アキラ達3人の指名手配書だった。
「アキラさん達、指名手配されちゃってるんです。絶対にこんな悪い事してる訳無いのに。だから私、心配で。その、アキラさんを助けたくて」
最初は勢い良く話し始めた少女の声は、段々と細り最後には聞こえない程の小声になっていった。
恐らくこの少女は、指名手配書を目にして驚き、居ても立っても居られずここまで来てしまったのだろう。だが、たった1人で駆け付けたところで何の助けにもならない事も自覚している様子だ。
ならばとりあえずここは、安心させて避難させるのが得策か。
「闘技場内にいるうちは、アイツらは誰にも逮捕されないし、混合戦はこんな状態になってしまったが、事が落ち着いたら上手く逃げ出す事だろう。私も助力する。心配は要らない」
「でも・・・」
「何だ?」
俯いて黙り込む少女。私は、良いから帰れと両肩を持ち出口の方へと軽く押し出す。
だが、少女は一歩出口へと踏み出すと勢い良く振り返り、そして私に向かって言う。
「ここにいちゃいけませんか?心配なんです。何の力にもならなくても、せめてアキラさんが無事に出て行けるまで、見守りたい・・・。役にも立たないし、いたら迷惑だって事も分かってます。それでも、どうしようか悩んでたら、一緒に行こうって、言ってもらえた、から・・・。だから、2人でここまで来て、手を繋いで、引っ張られて・・・た、筈なのに・・・。何で?あれ・・・」
そこまで言って、急に少女は辺りを見回す。そして呟く。
「ユリアちゃん・・・?」
「?」
ハッとなり、私に駆け寄りながら「いない」と呟く少女。胸元を掴んで縋り付きながら少女が言った。
「ユリアちゃんがいない!一緒にいた筈なのに。アキラさんに会いに行くのを諦めてたのを、一緒に行こうって言ってくれて、だから私勇気を持てて、1人じゃ来れなかったのに・・・、1人じゃ、何も出来ないのは、私も同じなのに・・・」
半分以上何を言っているのか分からなかったが、どうやらもう1人闘技場の中に残っているらしい。
「はぐれたのか?」
そう聞くと、私の顔を見て少女は頷いた。
困ったな・・・。
悩んで辺りを見回して、安全な場所は無いかと探す。もう1人を探し出して合流するまで待っていられるような場所は・・・。
出場者や関係者の控室はここから遠い。そこまで行くのに戦闘真っ只中の会場を通り抜けなければならない。だったら、上・・・。
会場を取り囲むように配置された貴賓席を見上げる。兄上達がいた場所は、護衛兵の死体が転がっていて待機場所としては不向きだろう。ならばその反対側、エリスという名の女がいた所はどうだろうか。
そう思ってそちらを向くと、私は驚き一瞬固まってしまった。
その場所に、まだエリスが居たのだ。しかも、横には1枠のレーナが控えるように立っている。
・・・何故、逃げない・・・?
そう思う私の視界の先で、エリスは前のめりになって必死に双眼鏡を覗き込んでいる。
何をしているのか理解出来なかった。が、この際不可解な事は無視する事にする。レーナが側にいれば安全だろう。
「来い」
私は少女にそう言って、エリスとレーナのいる貴賓席へと移動し始めた。
『影』を処理しながら、グレイクがライサを抱き上げて出入口の方へと移動させるのが横目で確認出来た。2人はそこで少し話をして、そして向き直ってどこかへと移動し始める。
安全な場所へとライサを連れて行くつもりなのかも知れない。でもそうだとしたら、暫く俺とトールと2人でこの場を何とかしなければならない訳で、俺は内心溜め息を吐きたい気分になってしまう。
けど、辟易している場合じゃ無い。
俺は気合いを入れ直して『影』を処理しつつ、トールの補佐としてセシル王にも時々『挑発』を飛ばした。機械的に『影』の処理を続ければその分数は確実に少なくなり、トールも俺も動きやすくなっていく。
効果が目に見え肌で感じられればモチベーションが上がる。体は疲れるが意欲はどんどん増していき、状況は良い方向へと向かっているように感じられた。
けど、そんな時、視界の端を何かが横切ったのように見えた。
ん?と思い、そちらに顔を向けると、グレイクとライサが移動して行った出入口とは逆側の出入口から、今度はユリアが駆け込んで来るのが見えたのだった。
「えっ!?」
順番に逆方向から出て来るって、何なんだ?
俺はそう驚きつつも、そちらに構う余裕が無い。
「トール!」
とりあえずその事を知らせる為にトールの名前を叫んだ。
呼ばれたトールも走るユリアの姿を確認して少し驚き、でもやはり構う余裕が無くてそのままセシル王と剣をぶつけ合う事に専念し続けている。
走るユリアの足元に『影』がひとつぶつかった。
激しい痛みが襲っただろうに、ユリアは表情を歪めて少しスピードを落としただけで、そのまま直進を続ける。
セシル王に向かって、一直線に走る。
多分全速力。
チリン・・・。
その時、辺りに鈴の音が響き渡った。その音の出所はどこかと言うと、恐らくユリアの手の中。
走るユリアの揺れる手から、紐に吊された鈴のような物が見えた。
どう見ても『魔鈴』。
何故ユリアが『魔鈴』を持っているのか、何故セシル王に向かって走っているのか、俺には全く分からなかった。
だから、動けなかった。
体は惰性的に『影』を処理するのに夢中で、トールもセシル王から手が離せなくて、ただ時々視界の隅にユリアの姿を確認するだけ。
それだけしか出来なかったのだ。
『生体兵器レニアⅩⅤよ、これより渡す物を操る者の体に刺せ!』
ユリアがそう言った。けどその言葉は、この世界の人が日常的に使う言葉じゃ無かったんだと思う。俺よりも近い距離で聞いていた筈のトールが、何を言っているのか分かっていなそうだったから。
俺は本来、この世界の言葉が分からない。けど、思念会話として、他の人が知らない言葉を話していても理解する事が出来るようになっていた。
『外側』、つまり『神』様達が使う言葉や、この世界の人々が話す言葉も同じように脳内で自動翻訳されて聞こえる。そんなチート能力があったから、その時ユリアの言ってる内容が分かったのだと思う。
走りながらユリアが自分の首元からネックレスを外した。細いチェーンがキラキラと光って、その先端、ペンダントトップの部分には黒くて細長く尖った物が見えた。
『黒い棘』に見えた。
『悪意』の結晶。それを体に差し込めば、瞬く間に魔物として活性化してしまう、恐ろしいアイテムだ。
ユリアは、それをセシル王に向かって投げる・・・。
放物線を描いて、流れるように進んで行くチェーンのきらめきが眩しい。
それは、吸い込まれるようにセシル王の手の中に落ちていった。
ペンダントをしっかりと手の中に掴むと、セシル王はそのまま後方へと飛び下がりトールから距離を取った。そして手の中の黒く尖った物を掴んで、自身の首に突き刺す。
ああ・・・、俺、見てるだけで、動けなかったや・・・。
呆然とする俺を、周囲の『影』が取り囲んで痛みを与えて来た。
痛い。激しく痛い。けど・・・、この時ばかりはその痛さにすら反応出来なかった。
低い唸り声を上げて、巨大化して行くセシル王。体がどんどん膨れ上がって、それと同時に暗く、黒く染まって行く。
「なっ・・・、活性化、した・・・」
トールが、絶望的な声でそう言った。
俺は、その声に応える事も出来ずに、ただただ立ち尽くす事しか出来なかったのだった。




