52、対セシル王
セシル王がこちらに向かって来る。そのスピードはトールよりも速い。瞬きする間もなく詰め寄られてあっという間に間合いの内だ。
セシル王の剣を受ける。高い金属音を立てて噛み合う剣と剣。
重・・・。
身長差から上から押されるのを全身に力を入れて耐えるも、徐々に押されていく。力も強い。セシル王の持っている剣の刃はしっかりと研がれていてよく斬れそうだ。
『挑発』の効果で、周囲の『影』も寄って来ていた。あれに触れると痛いからやだな、と思いつつ、セシル王の剣の下から抜け出すルートを考える。
後方。それしか無い。
迷う間もなく後ろに飛び下がってセシル王の剣を受け流すと、そこにトールが割って入った。
2人が斬り合っている間に俺は寄って来た影を始末し、グレイクは飛ばされたサーベルを回収する。
セシル王と斬り合うのは、俺よりもトールの方が上手い。無理に仕留めようとせずに斬り込ませて流し、斬り込ませて流し、と、セシル王の軌道を読んで一撃一撃を丁寧に対処して行く。単純に経験の差なのだろうが、簡単そうに見えてそれにはとんでもない集中力が必要な筈だ。決して倒す事は出来ないし、それに長くは保たない。そこに『影』でも舞い込もうものなら瞬く間に集中力が途切れてやられてしまうだろう。
その前に、あの背中のレニアⅩⅤを何とかしなくてはならない。
俺は、『影』を倒しながらレニアⅩⅤを観察した。
小さい。俺の手の平くらいの大きさだ。ベタッとくっ付いたその厚みも、俺の手の平と変わらなく見える。それを無理に引き剥がさずに倒すとなると、すぐには方法が思い付かない。
「背中のレニアⅩⅤさ、無理矢理引き剥がすと、触手が体内に入り込んでセシル王が死んじゃうみたいなんだ。けど取らないとこのままだし、何とか無理矢理じゃない取り外し方、無いかな?」
俺は『影』を処理しつつ時々トールを補佐しながらに、2人にそう聞いてみた。
分からない事をずっと悩んでいるより、みんなで考えた方が効率的だよな。
「そのまま倒すか、もしくは自発的に離れる方法を見付けるか、ですかね」
トールが二刀流の剣でセシル王と斬り合いなが答える。
「そうそう。なんか無いかな?」
「Ⅴは火に弱かったですね、火で炙ってみるとか」
トールのその言葉を聞いて俺は、グレイクの未来の可能性の中に辺り一面が火の海になる光景があったのを思い出して「火はやめた方が良い気がする」と答えた。
「では、水攻めとか。方法が分からないなら色々試すしか無いですね」
そのトールの言葉に頷きながら、水はどこにあるのかと考え始めた時にグレイクが言った。
「さっきマルコが持っていた鈴は?」
と。
脳内で疑問が渋滞して、一瞬思考と動きが止まる。
瞬間、左足に『影』が触れて体中に痛みが走った。
慌てて飛び退き、その『影』の進行方向に怒りと共に一撃を喰らわせる。
ふうっと一息吐いて、俺はグレイクに聞いた。
「マルコって誰?」
おかっぱ頭のアニメキャラクターの事では無いだろうが、何とも妙に馴染みのある名前だった。
続けて「あと鈴って・・・」と聞きかけ、言葉の途中でグレイクの言おうとしている事に気付いた。
『魔鈴』だ。
小男が箱の中にスポイトみたいな物を刺して、そして『魔鈴』を鳴らしてレニアⅩⅤに向かって命令をしていた。多分、レニアⅩⅤには呪いの文字が書かれていて、『魔鈴』を持つ者の命令に従うようになっていたのだ。
マルコと言うのは、その小男の名前だろう。
だから、あの小男、マルコが持っていた『魔鈴』さえあれば、セシル王からレニアⅩⅤを外す事が出来る。
「成る程、先程逃げて行った男の名がマルコですね。その方の持つ『魔鈴』があれば、レニアⅩⅤに離れる様命じる事が出来る、と」
トールがセシル王の剣を双剣で受けながらそう言った。
マルコの事はノワが追っている。でもそれはマルコを首謀者と他の仲間の元へと案内させてまとめて捕える為であって、『魔鈴』を奪う為では無い。
「その方の事はノワ様が追っています。が、恐らくノワ様は『魔鈴』の必要性に気付かないでしょう」
そう言うトール。ノワの事を軽くディスっているように感じてしまうのは気の所為だろうか。
でも、もしかしたら気付いて持って来てくれるかもしれない、なんて希望的観測は俺も持ち合わせていない。
「誰かが取りに行くしかない」
と、俺がそう言った時だった。
セシル王と俺達3人を残して、他の人達はみんな逃げ出していた。出口に殺到して大混乱だった会場内だが、今は誰の姿も見えない。
それなのに、悲鳴が聞こえたのだ。
まだ誰か残っていたのか・・・?
セシル王以外の3人が、悲鳴の上がった方を向く。
参加者の入退場門、そこに1人の女の子の姿があった。
彼女の足下にはひとつ『影』があって、恐らく痛みを感じているのだろう。うずくまってその場から動けなくなっているみたいだった。
「私が行く」
グレイクがすぐに反応してそちらへと駆け出す。
俺はそれを援護する為に周囲の『影』に向けて『挑発』を掛けた。
集まって来る沢山の『影』をひとつひとつ潰しながらグレイクの姿を目で追い、そしてその先にいる女の子を見た。
紺色のフード付きマントを被った女の子だった。その子が痛みに身を屈めると、深く被っていたフードが外れる。顔が見えるようになる。
「あっ・・・」
俺は思わず声を漏らしてしまった。
知っている顔だった。
「ライサちゃん・・・?」
混乱してぶつかり押し合う人の波。その波に逆らうようにして進んで行く娘の姿が見えた。
先程までは友人と2人でいた筈なのに、この混乱の中ではぐれてしまったのだろう、今は1人だった。
紺色のフードの首元を強く握って、ぶつかり押し流されそうになるのに諦めずに進んで行く。
その方向には、操られる最も強い人間と、その者を止めようと戦っている3人の男がいる。
人の波が徐々に少なくなり、とうとう誰もいなくなると、娘は前に向かって走り出す。口元は強く結ばれて、目には涙が滲んでいるようだ。
「ねぇ、どこに行くの?」
私は、その娘の背後から声を掛けた。
ビクッとして立ち止まり、振り返る娘は、私を見て驚き、目を見開く。
「あなた・・・!」
言いながら私に駆け寄り、そして私の服を両手で掴んで揺する。
「ねぇ、一体何なの?変な力を押し付けて、変な物を運ばせて、酷いじゃない!」
恐らく全力で私の胸を叩き、そして非難する。
弱い・・・。
思いながら、私は娘の肩に手を置いて顔を覗き込む。
「お前が望んだのだろう?」
そう言うと私は、娘の顎に手を掛けて上を向かせた。
「『居なくなれば良い』『後からわらわらと湧いて鬱陶しい』と、そう言っていたではないか」
そうだ。この娘が望み、私はそれを叶えただけ。
「そう、だけど・・・。私、こんな変な力だなんて知らなかったんだもの!それに、あの小箱は何だったの?渡した相手は怖かったし、近頃は、頭の中に直接響く声で誰かにずっと呼び掛けられているし。お陰で私、ずっと頭が痛いの!もうこんな力要らないわ!返す!ねぇ、今すぐ私からこの力を消してよ!」
娘が泣き叫ぶようにしてそう言った。それを聞きながら私は思う。
『頭の中に直接響く声で誰かにずっと呼び掛けられている?』
何の事だか分からなかった。
首を捻って考えつつも、まぁどうでも良いと思う。
どうせ瑣末な事だろう。
少し気に掛かったものの私はそれを無視して、そして娘に提案をする。
「消してあげても良いわ。ただし、ひとつお願いを聞いてくれたら、ね」
「あなた、またなの?もうその手には乗らないわ。どうせ嫌な目に合うんだもの!」
てっきり聞き入れられると思っていたのに、拒否されて私は面食らった。
人は変わる。
そう言っていたのは誰だっただろうか。
その言葉は正しく、目の前の娘は以前会った時から比べて変わったようだ。
少し、面倒くさくなった。
だが仕方が無い。それならば・・・。
「嫌ならば、そのままであるが良い」
私がそう言うと、娘は驚いた表情をして私を見詰め、そしてその目から涙を流した。
「そんな・・・酷い・・・」
ワッと泣き出し、両手で顔を覆う。
面倒くさい子だ・・・。
私は呆れ、諦めて、もう1人の方に頼もうと移動し掛けた。と、その私の腕を娘が掴んで止める。
「ま、待って・・・、やるわ。やるから、この力を消して・・・」
泣きながら哀願する娘。
ウンザリしながらも、私は娘の目の前にある物をぶら下げた。
チリンッと、澄んだ音が響き渡る。
娘がそれを見るのを確認すると、私はお願いを伝えた。




