50、最も強い人間とは?
「気を引き締めろ!」
隊長が不在の時にこんな自体になるとは。不運!
王と王妃の側に控える護衛は私を含めてたったの2名だ。しかももう1人の護衛は私の後輩。若い割に腕が立つとはいえ、私がしっかりしなければ。
そう思って剣の柄に手を掛けて王と王妃の前に立ち塞がる。
「陛下、お下がり下さい」
貴賓席の前面は闘技場全体が広く見渡せるように大きく開かれている。高い位置にあるとは言え、どの位置からも遮る物は無い。
矢でも射られれば終わりだ・・・!
「なっ、陛下!?」
その時、背後の後輩の声が響いた。何事かと振り返ろうとした、その瞬間だった。
柄に掛けられた私の手が払われた。
驚き手元を見ると、よく手入れをされた綺麗な手が見えた。その手が私の剣の柄を掴み、そして後ろに向けて一気に引き抜いたのだ。
「なっ!!!」
愛剣を奪われてしまった。不覚!
気付かないうちに何者かが潜伏していたのか?と慌てて背後を向くと、何の事は無い。そこには剣を構える陛下がいたのだ。
それを見た瞬間、私は安堵の息を漏らした。そして、肩から力を抜いて言う。
「恐れ多くも申し上げます。陛下、我々が命に変えてもお2人をお護り致しますので、どうぞ我が剣をお返し下さい」
陛下は、幼少期より剣技が全く出来ないと聞いていた。だが、今の不届者の発言で焦ってしまわれたのかも知れない。我々が側にいると言うのに、きっと不慣れな剣で自らが王妃殿下を護らなければ!とお思いになられたのだろう。
そう思いながら、私は陛下に向けて利き手を差し出した。
そして・・・、
愛剣を受け取ろうと差し出した私の手が、消えた・・・。
は?
一瞬、何が起こったのか分からなかった。
だが次の瞬間、床にボトリと落ちた物を見て私は総毛立ち、悲鳴を上げた。
「・・・ぁあああああー!!!」
床に落ちていた物は自分の手首から先。斬れ味が良過ぎるのかまだ血は流れ出ていない。
長く叫び、その声が途切れた頃に痛みが来た。無くなった手のすぐ元を強く握ると、途端に切り口から血が吹き出す。
「き、きゃあー!」
王妃殿下が立ち上がり、口元を押さえて小さく悲鳴を上げて下がった。どうすれば良いのかと戸惑いを隠せない後輩が、王妃殿下の前に立ち、その身を持って私と陛下の姿を王妃殿下の目から隠す。
「へ、陛下!何故・・・?」
心臓が早鐘を打つ。走ってもいないのに息が上がる。両肩を激しく上下させながら私は陛下にそう聞いた。
陛下の顔を見た。そして驚く。
いつもは穏やかな光を携えている筈の陛下の目が、瞳が、普通では無かった。
その瞳は、先程戦っていた混合戦の参加者のものとよく似ているように見えた。
縮瞳。
瞳孔が小さく収縮し、単なる黒い点と化しているのだ。
「うっ!」
驚き固まっていると、陛下の背後に立つ後輩の低く鈍い声が聞こえた。その声に続いてすぐ、後輩は膝から崩れ落ちていく。
「・・・おい、どうした・・・」
呟きながら目を凝らす。
貴賓席の柵の所為で光を遮られた床の低い位置、その暗がりの中にグッタリと倒れ込んだ後輩はピクリとも動かない。
その体の下にじんわりと広がって行く染みが見えた。まるで黒い影がそこから大きく成長して行くようで、大きくなるにつれて鉄臭い臭いが鼻につき始める。
どう考えても、それは後輩の血に他ならない。
「陛下・・・?」
呼び掛けながら見れば、奪われた私の愛剣の刃は、血糊でべっとりと汚れていた。
それを見て、目を見開いた。
そこまでだ。
それっきり、世界は真っ暗になった。
悲鳴が聞こえた。その場所は闘技場の最も上座。名指しで殺害を予告されたセシル8世、兄上と、エトワールがいる所だった。
「兄上・・・!」
何かがあったに違い無い。私はその場に真っ直ぐに突き進んだ。
慌てる観客を押し退け壁際まで迫ると、突起を頼りに登り詰めて貴賓席の柵に手を掛け、一気に飛び上がる。
そして見た光景に、驚き一瞬固まった。
血に汚れた剣を握り、エトワールに差し向かう兄上の姿。足下には2人の護衛騎士の死体が転がっていた。
一体、何が起こっているのだ・・・。狙われている筈の兄上が血塗れの剣を持ち、護衛すべき兵達が死んでいる・・・。
息を飲み、そして兄上の顔を見る。
表情の無いその顔、その瞳。
縮瞳が起こっていた。
やはり『第3の目』は効かない。
兄上がエトワールに向かって剣を振り上げた。俺は驚きつつも2人の間に割り込んで、背後にエトワールを庇いながらサーベルを抜いてそれを受け止める。
正確な軌道に、強い衝撃。
兄上は、人を斬る事が出来ないのでは無かったのか・・・?
「リー・・・!」
急に現れた私に驚いたのだろう。エトワールは体をこわばらせて私の名を呼び、そして庇った私の背に縋った。
訳が分からなかった。何故兄上が剣を持っているのか。何故護衛が死んでいるのか。
何故、今正にエトワールが、剣を持った兄上に斬られようとしているのか・・・。
分からない事だらけだった。だが、エトワールを兄上に斬らせる訳には行かない。
止めなければ・・・!
「『狂気』発動時には目が見えないのだと聞きました。だから側にいる者を見境無く切り裂くのだ、と。ですが、耳は聞こえるのでしょう?その耳で己の妻の、エトワールの声が分からないのですか!?」
そう、叫ぶ様に言いながら、ギリギリと音を立てて兄上とせめぎ合った。
剣技が全く、と言われる割には良い立ち合いだった。いや、良いと言うよりかはもっと、熟練の達人と立ち合っているかのような錯覚を覚える。
私のサーベルが兄上の頬に届いた。が、殺してある刃では傷を付ける事は叶わない。
パワーでは私の方が上だと気付いたのか、兄上は背後に飛び去りながら剣を引き、柵の上に乗って高い位置から私とエトワールを見た。
そして、吠える・・・。
咆哮というのだろうか、まるで獣の様な声で吠えて、そしてそのまま観客席へと飛び降りて行った。
途端に下の観客席から悲鳴が上がる。
「クッ!」
口から思わず声が漏れた所で、後ろの貴賓席の扉が開いた。そこから中に飛び込んで来たのは、今まで何処に行っていたのか、不在だった護衛隊長だった。
護衛隊長は足下に転がっている部下達の死体を見て顔を顰める。
「一体何が・・・?」
唸る様にそう聞いてくる護衛隊長に向けて私は、エトワールを押し出す様に渡した。
「王妃を護れ」
そう言って、私は兄上を追おうとした。柵に手を掛け、飛び降りようとしたその時、私の手のにエトワールの手が触れた。
「リー・・・」
私を愛称で呼び、そして言葉を続けようとする。
『行かないで』
そう言おうとしたのだろう。唇が最初の言葉の形に動きつつある途中で、私はその手を振り払って柵から飛び降りた。
『魔鈴』が鳴った。その途端に何かが起こった。
ノワが奪い取った箱から衝撃波が広がった。水面に水滴を落として波紋が広がって行くみたいに、箱を中心、発信源として広がって行く振動。
ノワを通り抜け、小男と俺を通り抜け、トールを通り抜け、そして闘技場全体をスーッと通って行った。
まるで、スキャナーでサーチされたみたいだ。
続けて床の上を黒い影が走り抜ける。それが何なのか分からないままに目で追った。ひとつだったそれは2つに分かれ、4つに分かれ、8つに分かれ、とどんどんと増えて行く。
影が観客席に届いた。と、その先で突如悲鳴が上がった。
「いっ、痛え!何だこれ!」
「痛!クッソ!」
影が触れた人達が、頭を訴え始める。どうやら触れると痛みを感じるらしい。
「何が起こってるの?」
箱を持ったままのノワが、途方に暮れたようにそう呟いた。
「ノワ!箱の中どうなってる?」
小男を抱えたままで、俺はノワに聞いた。それを聞いてノワは慌てて箱の中を覗き込む。
が・・・、
「・・・えっ、無い・・・。無いよ、何にも。空っぽだよ!」
言いながら、蓋の空いた箱の中を俺に見せてくる。見ると確かに中は空っぽ。何も無い。
「逃げた?」
言いながらノワが辺りを見回す。俺もその中身を探して辺りを見回した。
と、小男が身を捩って俺の腕から抜け出した。
「あっ、クソッ!」
逃げ出す小男の走る方向に、制服姿の警察が何人か見えた。
「そこの警察の人、その小男捕まえて!」
ノワが警察達に向かってそう叫んで、自分も小男を追ってそっちに駆け出す。
頷いて警察達は逃げる小男を追い掛け始め、それにノワも合流した。
「首謀者とまとめて捕まえてくるよ!」
ノワが俺とトールを振り向きながら言った。警察達に速度を合わせた早過ぎないスピードで小男を追い掛けるノワ。仲間の元へと案内させるつもりらしい。
小男は運動神経の良さそうなタイプには見えない。きっとノワと警察達が、上手い事首謀者の元へと案内させてまるっと捕まえてくれる筈だ。
そう思って俺は、ノワと警察に小男を任せる事にした。
「トール、レニアシリーズは13までしか無いんじゃなかったっけ?15って何だよ」
俺はトールに聞いた。
観客席では、痛みを訴え悲鳴を上げる人々と、パニックを起こして出口に殺到する人々で大混乱に陥っていた。
それを見ながらトールが答えてくれる。
「分かりません。騎士団に上がって来たレニアシリーズの報告はⅩⅢまでです。もしⅩⅤが存在するのなら、恐らく秘密裏に作られた未知の生体兵器だと思われます。先程の男の発言からして、ⅩⅢと同様に人を操る能力を持ち、且つⅩⅢとは違った何らかの殺傷能力を持っているのではないでしょうか」
トールがそこまで言った時、貴賓席から大きな悲鳴が上がった。
見上げる俺達の視線の先で、グレイクがものすごい勢いでそちらに移動して行くのが見える。
あっという間に辿り着いたグレイクは、貴賓席の中で剣を抜いた。
そこまでは確認出来たが、俺の位置からはその後の細かいやり取りを確認する事が出来ない。
が、すぐに誰かが現れた。そしてそいつは柵の上に乗って、会場中に響き渡る凄い声で吠えたのだ。
ちょっとびっくりして、俺は目を凝らして見た。
しっかりと見れば、その吠えた人が、剣を持ったセシル8世だという事が分かる。
パニックを起こしつつも、人々が貴賓席を見上げて驚く。異常な様子のセシル8世を指刺しながら、まだ気付かない周囲の人達に教えていった。あっという間に会場中がセシル8世の異変に気付いて更にパニックに陥っていく。
小男に『殺せ』と言われたセシル8世。狙われている筈のその人物が最も目立つ場所で大きな声を上げ、自分の居場所を示すような事をしているのだ。
どう考えても異常だった。絶対に自分じゃしなそうな行動をするセシル8世。それは、何者かに操られているからなのではないか?
セシル8世が、柵から観客席へ飛び降りた。と、降りた場所から悲鳴が上がる。
続けてグレイクが飛び降りて来た。
飛び降りた先の観客達が我先にと逃げ出して、その場所が開ける。様子が見える。
驚くべき事が起こっていた。
セシル8世が観客達に襲い掛かろうとし、それをグレイクが防いでいるのだ。
「何だこれ、どうなってる・・・」
「セシル国王が操られているように見えます・・・」
トールがそう言った。
やはりトールにもそう見えているらしい。でも、絶対に操られているとも限らない。俺は考えながら言った。
「操られているのか、『狂気』なのか、ちょっと分かんないな・・・」
グレイクは、『狂気』がマジール王家に代々伝わる病気だと言っていた。だったら今の状態のセシル8世は『狂気』発動状態なのかも知れない。
セシル8世が観客に向かって剣を振るう。それをグレイクが止める。間に入り、剣を交え、そしてセシル8世が違う観客に向かう。止めるグレイク。繰り返されるうちに観客は逃げていなくなり、いつの間にかセシル8世とグレイクの一騎討ちになっていた。
そうなると、驚く事にグレイクが押され始める。
パワーはグレイクの方が上だ。けどスピードと技のキレと、センス、と言うのだろうか、攻撃の繋げ方がセシル8世の方が断然に上手いのだ。
グレイクの過去で見た感じだと、セシルは人と戦う事、つまり対人が出来ないと言っていた筈だ。なのに、これはどういう事なのだろう。
「恐らく『今この場にいる最も強い人間』と言うのが、セシル国王だったのではないでしょうか?」
考えていると、横でトールがそう言った。
「え?」
驚いて俺は聞く。
「先程の『魔鈴』を持った男の命令です。レニアⅩⅤは命を受けこの場にいる者全員を調べ、そして『最も強い人間』としてセシル国王を選んだ。次に『セシル国王を殺せ』という命令を実行する為にセシル国王を操り、無差別に人を殺させ、それを止める為にはセシル国王を殺さざるを得ない状況を作り出そうとしている。そんな所ではないか、と」
トールの説明は、確かに辻褄が合っていた。
でもそれじゃ、セシル8世がグレイクやトールよりも強いという事になってしまう。そんな事ってあるんだろうか。
今まで、セシル8世が自分の強さを隠していたという事なのか・・・?
何でそんな事してたんだ?
新たな疑問が湧き上がって来てしまう。けど、今はそれどころじゃない筈だ。
現状すべき事は、レニアⅩⅤに操られていると思われるセシル8世を抑えつつ、レニアⅩⅤ本体を探し出して仕留める事だ。
「アキラ」
トールが俺を呼んだ。
「騎士は常日頃から、未知の強敵と遭遇する事を前提として、それらを倒す最善の方法を導き出す訓練をしています。その為に、過去に遭遇した魔物や新たな兵器等の情報を学び、知識として蓄えているのです。レニアⅩⅤは、恐らく過去のレニアシリーズⅠからⅩⅣまでを参考にして、使える特徴を詰め込んだ新たな生体兵器だと思われます。ですから、ⅩⅤを倒すヒントは過去のレニアシリーズにある」
成る程。人を操るというのはⅩⅢの特徴。この痛みを与える影も、過去のレニアシリーズのどれかの特徴って訳か。
「私は、レニアシリーズのⅩⅢまでを知っています。その知識をアキラ、貴方は見れますよね?」
トールに言われて、俺は訳が分からず固まってしまった。
「共に旅をして来てずっとアキラを見ていました。必要な事は、教えられるまでもなく、いつの間にか身に付けてしまっている。見て来たかのように全てを知っている。貴方にはそういうところがあります。それは、異世界人だからなのかも知れません。だからアキラ、私の知識を直に見て下さい。そしてその中から、レニアⅩⅤを倒す方法を見付けて下さい」
俺は、トールに言われた言葉の内容を噛み締めた。
そして、トールの過去の中から、必要な部分だけを読み取る。
そう。俺にはそれが出来るのだ。




