49、計画
「ゴーシュ!」
観客席で混合戦を観ていると、通路から呼び掛けられ、振り向くとエデン在中の警官が俺を呼んでいるのが見えた。
うわ、見つかったか・・・。
本来なら俺は、連絡船の警護をしている筈だった。その名目で警官の職務を外れているのに、のほほんと観戦なんてしているのだから、見つかったらどうなるのか、予想は簡単だ。
仕事に駆り出されるに決まっている。
俺は知らない人のフリをしてとりあえず無視してみた。
「お前を見掛けたって奴がいたから探してみたら・・・。おい!お前何サボってんだよ!」
誰だ、見掛けて報告した奴は。後で探し出して締めてやる。
舌打ちをしながらそう思っていると、周囲の観客を押し退けてその警官が俺の前までやって来て、腕を掴んでどこかへ引きずって行こうとしてきた。
「おい、何だよ!」
キレ気味にそう言うと、そいつは俺よりもキレて言った。
「何だよじゃねーよ!人手足りないんだから来い!」
連れられて行く俺に向かってジャッキーがモフモフの手を出した。
「代わりに換金しといてやる」
「行ってらっしゃい、ご愁傷様」
溜め息を吐きながらジャッキーの手に勝者を予想した勝士投票券、略して士券を手渡した。そして、その横でのほほんと観戦を続けるヤギを睨み付ける。
「何だよ、睨むなよ」
ニヤニヤと笑いながらそう言う情報屋は、ジャッキーと古くからの知り合いらしく、混合戦一般枠の予選の際に闘技場の中で接触して来た。
「混合戦の情報、買うか?」
ジャッキーに向かってそう言っていたが、俺にもその情報を売ってくれた。
『1枠には誰も勝てない』
安くは無かった。が、外れたら情報料は10割戻すという条件でその情報を買い、1枠と8枠をそれぞれ単勝と、1・8の枠連を買った。準決勝を一戦と決勝を残した今現在、その情報通りに試合は進んでいる。情報は確からしい。
それだけ優秀な情報屋なら、警察の動きも分かるだろうに。何故教えてくれないのか、このヤギめ。
そう思いながらもう一度舌打ちをして、警察仲間に連行されるように連れ出された。
「医務室?」
連れて来られた場所は、怪我を負って運び込まれた参加者達の治療を行っている医務室だった。スレイに腕を切り落とされたワッツ、レーナに切り刻まれたスレイが、気を失ったまま止血のために強く包帯を巻かれている。
そのすぐ横、きつい消毒液の匂いが充満する中で、何人もの警察官が書類片手に指示を出し合ったり、着替えたり、休憩したりしているのが目に入る。
ハッキリ言って異常な光景だった。
「ああ。怪我した参加者達がいるが、警察の控室に貸してもらってるんだ。混合戦の期間中に急な警護を依頼されて無理矢理スケジュールを組んだから全く人が足りん。ほぼ全員休暇返上で来てる。だからお前も働け」
言い捨ててそいつは俺に制服を突き付けてきた。制服を持った手がそのまま俺の胸を叩く。
頭に顔を顰めながら一旦その制服を受け取り、俺はそれをそのまま机の上に置いた。
「おい、ここまで来てやらないとは言わせないぞ」
そう言って詰め寄る警察仲間。俺が手伝わないと思ったのだろう。警察仲間の肩に手を置いて、俺は言った。
「分かった、やるよ、手伝うよ。けど制服は要らん。めんどくさい、このままで良いだろ?」
少し考えて、そして頷く警察仲間。
「分かった。おい、増員だ。どこに回す?」
そう言って、見取り図を見ながら指示を出している奴を振り返り、そいつに声を掛けた。
せっかくのアキラとグレイクの対戦、それを見る事は叶わなそうだった。
アキラ達3人の指名手配書が出回っている事は知っていた。それなりの懸賞金。すぐ目の前にいる3人を捕らえて金を手に入れたいと思う奴は多い筈で、大会開催中はそいつらから参加者を守るのも仕事らしい。
が、トーナメント戦で負ければ、その瞬間から敗者は参加者では無くなる。そっからは誰でも3人を捕らえても良いという事になるから、懸賞金目的の輩があいつらに殺到する事が予想される訳で、その混乱から人々を守るのも仕事という訳だ。
と、そこまで説明を受けて俺はひとつ気になる事が出て来た。
「今回はエキシビジョンマッチがあるとかって噂を聞いたんだが、それはどうなってるんだ?」
予選で勝ち上がる時に審判からそんな話を聞いたとアキラが言っていた。先のシージャック犯達の狙いが、そのエキシビジョンマッチで生体兵器を出して大会を混乱に陥れる事なのでは無いか?と読んでいたのだが・・・。
そう思って聞いた俺に返ってきた答えは「そんなものは無い」のひと言。
密輸に失敗したから何もしないで平和に終了させるつもりなのだろうか。
疑問に思いながらも、俺は正面ゲートの警備に回されたのだった。
「スレイが負けてしまったでは無いか!」
我がブリエヌ家の剣闘士の代表格であるスレイが一般枠相手に負けるとは思わなかった。まさに想定外。
連絡船を乗っ取ってまで密輸しようとした生体兵器。失敗して諦めていたそれが降って湧いたように手に入ったというのに、これでは計画が丸潰れである。
「如何いたしますか?予定ではアレでスレイ様を操る予定でしたが、グレイクや一般枠のあの女や少年でも何とかなると思います」
怒り心頭で顔を真っ赤にして大声を出すブリエヌ様に、私は伺いを立てた。
ブリエヌ様としては、家の剣闘士が優勝し権威を示してから事を起こしたいと考えていたのだろう。私もそうして差し上げたいと思っていたのだが、生体兵器を出すとなれば、そもそも混合戦自体が滅茶苦茶になってしまうのだから、勝利しなくても問題はない筈だった。
スレイ様が、という点は諦めなくてはならないのだが・・・。
「こうなれば、殺害という目的だけでも実行に移しては?」
「スレイはスレイで、後日何とかします」
私の言葉に続けて、横からサチがブリエヌ様にそう言った。
彼女はブリエヌ様と違って落ち着いている。ブリエヌ様の腕にそっと手を添えて、怒りが落ち着くように優しく声を掛けていた。
ブリエヌ様の元婚約者の妹君で、スレイ様の育ての親。
彼女の長年の計画が、今実行されようとしている。
「・・・分かった。始めよう・・・」
唇を強く引き結びながら、苦しそうな声でブリエヌ様が言った。
血の海と化した会場を、清掃担当の従業員達がせっせと掃除していく。それを見ていると、ゲートから見覚えのある男が出て来た。
「あ、あれ・・・」
ノワが横で呟いた。
反対側ではトールが腰を浮かせて剣に手を掛ける。
黒髪で痩せた小男。
それはあの夜、ユリアが闘技場の入り口で接触した男だ。
あの日あいつは、ユリアから何かを受け取った。
ユリアは、俺達と同じ連絡船でマジールへやって来たのだ。
俺達と同じ、シージャック犯の操る生体兵器に襲われた連絡船で。
どのタイミングでかは分からない。けれどもユリアが犯人達の誰かと接触して、いわゆる『運び屋』として利用されていたのだとしたら・・・?
ユリアはマジールに来て暫くしてから『冥府の門』に落ちそうになった。その、次元を操る危険な力を『加護』として誰かからユリアが受け取っていたとしたら・・・?
例えば、あの『白い女』・・・。あいつがユリアに生体兵器を運ばせて、その代わりに『加護』を授けたのだとしたら、全てが繋がる。
船の上で俺とノワにお菓子を渡しに来た時のユリアの顔。あの時のユリアはもっと生き生きとしていた。けれどもエデンで再会してからの彼女の顔は、常に苦しそうに見える。
俯き、自信が無く、大きな罪悪感を抱えているような表情。
額から一筋汗が流れた。
ツーっと冷たい流れを感じていると、痩せた小男が袖の中から何かを取り出して、それをぶら下げるようにして持ったのが見えた。
チリンッ・・・。
高く澄んだ鈴の音が鳴り響く。
「・・・魔鈴だ・・・!」
俺はそう言い、同時に小男に向かって駆け出した。
『魔鈴』、魔物を操る為のアイテム。それは生体兵器にも有効で、連絡船の上では犯人達がその『魔鈴』を誤って河に落としてしまった為に生体兵器をコントロールする事が出来なくなって暴走したのだ。
その『魔鈴』を持ち、そして反対の手を懐に入れて何かを取り出す小男。
片手で握れるくらいの小箱。小男はそれを床に置いて蓋を開け、再び懐の中に手を入れてスポイトみたいな細長い棒を取り出して箱の中に向けて突き刺した。
辿り着くのはトールの方が早かった。床に置かれた箱を奪おうとするトール。だが小男の反応は早い。自ら覆い被さって、箱を取られまいと抱え込んで守る。
俺は小男の背後に回り込んで羽交締めにして、反らせるように小男を持ち上げた。
箱を守る為に丸くなっていた小男は、そのまま持ち上がった。
そこにノワがたどり着いた。ノワは小男の正面に立ち、その腕をこじ開けて箱を奪い取る。
と、その時、小男が叫んだ。
「生体兵器レニアXVよ、今この場に居る最も強い人間を操り、そして・・・」
小男はそこで一度言葉を切って、そして貴賓席を見上げる。
「マジール王国現国王、セシル8世を殺せ!」
叫び声に合わせて、チリンッという高い鈴の音が響き渡った。




