48、狂気の味
ドラの音が鳴り、向かい合った2人が武器を構える。
レーナvsスレイ。
準決勝の1試合目。
体重を戻したスレイの体は、いつも通りに軽い。その身軽さを活かしてスレイは高く飛び上がった。
上から襲い掛かるつもりだ。
一般参加の相手、レーナ。さっきの試合はあっという間に終わってしまった。覗きに行った予選ですらも、かつて無い速さで終了していたので、彼女の戦っている姿は見れず、その為詳しい情報は無い。
けれども俺達は、そのあっという間の出来事だけを頼りに戦わなくてはならない。
女性にしては高い身長と、鍛えられた体。体格差はほぼ無い。差があるとすれば、武器だろうか。レーナの武器は、変則的な先の曲がった槍。スレイのサーベルと比べてリーチが長い。接近出来ればこちらが有利か。逆に接近出来なければこちらが不利だ。
そして、異常なまでのスピードとパワー。
スピードはスレイも負けていない筈だ。
だから俺は、スレイにこう指示を出した。
初っ端から間合いに入り込んで押せ。相手も速いから注意が必要だが、先に仕掛けろ。
先制攻撃、多分それが決まらなければ勝てない。
この戦い、一瞬で決まる。
そんな予感がしていた。
もう一度ドラが鳴った。
その瞬間、2人が中央に吸い寄せられる様にして進み、そしてぶつかり合った。
ぶつかり合った場所は中央よりも少しスレイ寄りの位置。それは、レーナの方がスピードが上という事を示している。
「クッ!」
俺は思わず強く手を握り締めた。食いしばった歯がギリギリと音を立てる。
正直、2人の攻防は目で追えなかった。
駄目か・・・?
注意すべきはグレイク・ガティ。一般参加も未知の相手として注意すべきだとは思っていたが、実際問題、グレイク以外は取るに足らない存在だとあまり危険視していなかった。
なのに・・・、まさかグレイクに当たる前にここで負けるのか・・・?
額から汗が流れ落ちて来る。その一筋が目に入り滲みた。瞬きをして目を見開いた瞬間、派手に血飛沫が上がるのが見える。
客席からは、おおっという響めきが起こった。
俺は息を呑み、身を乗り出して目を凝らした。
・・・どっちだ、どっちが斬られた・・・?
お互いに飛び去るように離れる2つの影。
『衝撃的!!!』
レーナがそう叫んだ。頭の中に直接響いて来るような不思議な声だった。その声量と不思議な響きに、嫌でも目線がそっちに向いてしまう。
視界に入ったレーナは血塗れ。けど、その全ては返り血で、本人は擦り傷ひとつ無い。手の甲に着いたスレイの血を舐めて、それを味わうように口に含み、吐息を吐き出している。
「なっ・・・」
レーナが無傷と言うことは、それじゃあ、この大量の血飛沫は・・・!
慌ててスレイを見る。
胸部を護るように身を縮めて、それでも剣を構えるスレイ。着ていた服のあちらこちらを切り裂かれて、その殆どの部分から血が流れていた。その流れる量から考えてどの傷も深い。多分、庇っている胸部が1番深く斬られている事だろう。
まずい、まずいまずいまずい!
スレイが・・・!
目の前の手摺りを強く掴んだ。両手の先が白くなっていく。
床に血溜まりを作っていくスレイ。
このままじゃ、スレイが・・・!
「だって、逃げるから」
スレイの子供の頃の姿と、その言葉を思い出す。
逃げる小動物や家畜を無意味に惨殺するスレイ。そんなモノとは比にならない、コントロール不能な『狂気』が、今正にスレイを覆い尽くそうとしていた。
「・・・ダ、ダメだ・・・止めてくれ・・・」
闘技場でこんなにやられてるスレイを見るのは初めてだった。
負けた事はある。グレイクは強いから、ヤツには何度も負けている。だけど、ヤツはスレイを傷付けなかった。避けながら実に上手くスレイを気絶させて勝利を奪うのだ。
スレイが瞬きをしてレーナを見据える。
その目が、スッと明るくなった。
縮瞳。
瞳孔が閉じて最小になり、真ん中に小さな黒点があるだけになる。
目の前のレーナに向けて唸り声を上げ始めるスレイ。
ああ、もう止められない・・・。
絶望感を味わいながら、俺は何も出来ない自分を呪った。
「『狂気』だ・・・」
圧倒的な強さを見せるレーナの前で、スレイの様子が変わった。それを見ながらノワがそう呟いた。
「『狂気』?」
そのまま聞く俺に、説明してくれたのはトール。
「『加護』の一種と言われています。でもこれは、『神』から授かるのでは無く、授かった者から遺伝的に受け継がれるものでして・・・」
言い淀んで言葉を切り、そして横にいるグレイクを見た。ノワもトールと一緒にグレイクを見る。釣られて俺も見た。
無言でスレイとレーナの戦いを見続けるグレイクに表情は無い。
何でグレイクを見るんだ・・・?
そう思っていると、グレイクが口を開いた。
「マジールの王族に、代々現れる病気だ」
「・・・え?」
目の前で変わりゆくスレイを見ながら、『第3の目』がスレイに効かない理由を理解した。
武器を持つ父にも使えなかった。戦う事は出来ないが、兄にも使えなかった。その意味。その理由。
『第3の目』は『狂気』を見抜けないのだ。
母は私を産み落とすのと同時に死んだ。マジールの王妃は常にそうだ。男児を産み、命を落とす。だから母と会った事は無い。書斎に並ぶ肖像画で顔を知っているだけだった。
その顔と、今目の前にいるスレイの顔は瓜二つではないか。
兄とスレイにも似通ったところがある。それは父に通じる。
比べて私はどうだろうか。
父にも似ず、兄にも似ず、亡き母にも似ていない。
狂気も、無い・・・。
対峙するスレイとレーナから視線を外し、自分の両手の平を見た。剣を握るマメだらけの手。兵を率い、王家を、国を守る為、最前線に立ち続ける為、誰よりも強く有ろうと、努力を重ねて来た手だった。
だが・・・。
私は、誰なのだ・・・?
スレイの目が変わり、低い唸り声を上げ始めた。それを見たレーナの目も変化する。瞳孔が縦に細く一直線になり、姿勢を低くし、そして武器を投げ捨てる。
空いた両手が床に着き、その様はまるで四つ脚の肉食獣。
スレイに続いてレーナも唸り声を上げ始める。
獣vs獣。そんな文字が頭の中に浮かんで来た。
先に動いたのはスレイ。レーナに駆け寄りつつ高く飛び上がり、上からレーナに襲い掛かった。
下から見上げる形になったレーナ。自身の全体重を乗せて落ちて来るスレイに向けて自らも飛び上がり、逆にスレイに掴み掛かる。
スレイのサーベルを叩き落とすレーナ。そのまま素早く首に腕を掛けて背中を取ると、首を締め上げながら反り返り、スレイを床に叩き付けた。
苦痛の声を上げるスレイ。その首筋にレーナが牙を立てようとする。
その時・・・!
セシル王達のいる貴賓席の反対側、エリスのいる貴賓席から何かが一直線に飛んで来て、レーナの額に直撃したのだ。
ぶつかってポトリと落ちるそれは、畳んだ扇。
闘技場中の殆どの者達が、一斉にエリスを見上げた。
会場中の視線を集めたエリスは、貴賓席で1人豪華な椅子に座って足を組み、両腕を胸の前で組んでレーナを睨み付けていた。
エリスの視線に気付いたレーナは我に返り、牙を立てるのを止めてスレイの首を締め上げる腕に力を込める。苦しみ暴れるスレイだが、次第に力が抜けて行き、最後にはガックリと全身の力が抜けた。
「・・・落ちた」
呟く俺。
会場中がシンと静まり返る。
「勝者、レーナ!」
主審がそう告げた。
勝敗が、決した・・・。




