47、準決勝へ
グレイクがガティ家の腕章をヤツに渡しているのを見た。他の家と契約を交わさないように予約したって事だ。って事は、少しは見所のあるヤツなんだろう。
そう思って、参加者席で試合を見ているヤツに近付いて話した。
ヤツに対する印象。どう思ったかというと、若いけど普通に良識のあるヤツだと思った。これでそれなりに腕が立てば、一緒に剣闘士仲間としてやって行けそうだ、と。
俺は、後輩の誕生に喜ばしい気分になった。
だが、いざ戦ってみて、オレはまず呆れた。
ヤツは最初、俺の鞭を避けるだけで、何もしてこなかったからだ。
その上、何を思ったか俺の鞭に自分から掛かってきた。
おいおい、なんだよ期待外れかよ。
俺はそう思って落胆しながら、とりあえずヤツを捕らえる。
まだ背の小さい少年だ。軽くて簡単に側まで引っ張って来れた。
が、この先俺はこの少年に驚かされる事になる。
少年、アキラはその場で飛び上がり、鞭の巻きと逆方向に回転して抜け出した。そっから距離を取り、もう一度鞭に掛かると、今度は捕まらずに接近して来て、あろう事か逆に俺に一撃を加えようとしたんだ。
俺は舌打ちして、鞭を諦めた。手を離してアキラにくれてやる。
敵に鞭を奪われたのは初めての事だった。
手ぶらじゃ流石に戦えない。
仕方ないから、グレイク戦まで使わないでおこうと思っていた暗器を出す。
9節鞭。鋼で出来た暗殺用の武器だ。刃は殺してあるが、十分な殺傷能力を持つから、それなりに腕の立つヤツ相手じゃないと殺してしまう恐れがあった。
だが、アキラなら大丈夫。
そんな気がした。
端を持って前後に振りつつ、接近した。
下がって避けるアキラ。
逃げるなよ。
そう思いながら真ん中の節に持ち替えて、バトンのように細かく振り回す。踏み込み、自分も回転して速度を増してアキラに切先を飛ばす。
飛ばす、避ける、飛ばす、また避ける。防戦一方のアキラを追い詰めて行った。
もう後がない。そうなった時、アキラは飛んだ。その跳躍は素早く高く、目で追うのが精一杯だった。
小柄で身軽なのを活かして、俺の頭上を飛び越えて離れた所に降りる。
そして、抜いたままになっていた剣を、仕舞った。
ぁあ?
俺は、その意外な行動に顔を顰めた。その俺の前で、なんとアキラは、俺から奪った鞭を構えたのだ。
鞭は遠隔。近接の剣や9節鞭と比べると実は有利だった。
恐らくアキラは、それに気付いた。
だが、使えるのか・・・?
そう思う俺に向かって、アキラは鞭を振るう。
初めてとは思えない、完璧な鞭捌きだった。
ビュンッと音を立てて、ハダけたままの俺のシャツの端を切り裂く。立て続けに俺に向かって襲い掛かる鞭。
まるで、俺だ・・・。
アキラは、俺の鞭捌きを完璧にコピーしていた。
右へ左へと振り回される。アキラの目線を追う。次にどこに来るか予想して避ける。
が、それが罠だった。
避けた先、安全な筈のそのスペースにアキラの鞭が来た。まんまと捕らえられて、俺はアキラに引き寄せられた。
両腕は封じられ、何の抵抗も出来ない。
アキラは左手で剣を抜いた。その先端を俺の首元に当てる。
冷たい感触。
「はっ、はは・・・、こりゃ、参ったぜ・・・」
完敗だった。
「勝者、アキラ!」
主審の声が響き渡った。
「や、やった。やったー!」
参加者席から、ノワの喜ぶ声が聞こえた。
続けて聞こえて来るのは、恐らくゴーランに賭けていたであろう、ほとんどの観客達の悲鳴みたいな声と落胆の声、物を叩く音や、怒声。
大穴の俺に賭けている者は恐らくほとんどいない筈。だからみんな、腹を立ててその辺にある物を俺とゴーランに向かって投げ込んできた。
誰かが投げた空の酒瓶が、まだ縛られていて動けないゴーランの肩に当たる。
「痛ぇ!クソッ、誰だこのヤロウ!」
振り返りながらそう叫ぶゴーラン。だが物が投げ込まれるのは止まない。
俺は急いでゴーランの鞭を解いて、そしてゴーランと共に出入口から退場した。
「負けちまったなぁ」
ゴーランが俺に向かって言った。
「こっちも危なかったよ。だって俺、鞭なんて見た事も無かったし」
俺のその言葉に、ゴーランは驚いて目を丸くした。そしてその顔がクシャっとなったかと思うと、顔中の刺青を歪ませながら爆笑したのだった。
「そうか、見た事も無かったか!そいつは凄いや!いやぁ、いい新人が入ったもんだ。これからよろしくな、後輩!」
ゴーランのその言葉に、俺は「ん?」と引っ掛かりを覚えた。
「新人?後輩?何の事?」
訳が分からずそう聞く俺に、ゴーランは俺の腕を指差して言った。
「だってそれ、ガティの腕章だろ?ウチに入るんじゃ無いのか?」
言われて俺は思い出した。トールに渡された腕章の事を。
「あぁ、コレか。すっかり忘れてた。コレはスカウト避けにグレイクから着けとけって言われたから。悪いけどガティ家と契約する気は無いんだ」
言いながら俺は、ゴーランがガティ家と契約している剣闘士だという事をその時知った。
「あっ!ねぇ、あれ!」
ユリアちゃんが闘技場の真ん中を指差してそう言った。
2人して目立たないように、紺色のフード付きマントを被っていた。そのマントから飛び出した白いユリアちゃんの指の刺す方向。
そこにアキラさんがいた。
どうやら、試合が終わったところみたいだった。アキラさんと、もう1人の色黒で全身刺青だらけの人が、観客席から投げ込まれる空瓶やらゴミやらを避けながら退場して行く。
浴びせられる罵声。
・・・何故・・・?
「ユリアちゃん、行こう」
私はそう言って、ユリアちゃんの手を引っ張った。
アキラさんも、もう1人の人も全くと言って良いほど動じていなかった。けど、だからって、なんでこんな酷い目にあってるの?
耳をすませば、観客達の罵声の内容が聞こえて来る。
「ちきしょう!飛んだ番狂せだ!」
「あのチビ、ちっとも弱く無いじゃねーか!」
「やっぱりとんでもない凶悪犯なんだよ!こいつはあのチビが優勝か?クソッ、大損だ!」
歩きながら、私はユリアちゃんと顔を合わせた。
「アキラさん、勝ったんだね」
私がそう言うと、ユリアちゃんはちょっとだけ笑って頷いた。
でも、その笑顔がすぐに消える。口元をギュッと結んで前を向き、もう私の方は見ない。
何でこんなになっちゃったんだろう・・・。
私は、アキラさんの勝利を知って暖かくなった心がスーッと冷えていくのを感じた。冷えて小さくなって、どんどん固くなっていく。
悲しかった。
会場を一旦出て通路を回り込み、階段を下って『関係者以外立入禁止』と書かれた扉の前に来た。方向を考えると、試合会場から退出したアキラさん達はこのすぐ先を通る筈だ。
どうしてもアキラさんに会いたくて、会ったからって、私なんかに何も出来ないのだけど、それでも、アキラさんの顔が見たかった。直接会って、無事を確かめて、そして、アキラさんの声で『犯罪者なんかじゃ無い』って否定して欲しかった。濡れ衣を晴らす為に何か出来るなら、何でもしてあげたい。そんな思いが溢れて、私を突き動かしている。
「試合終わったんだろう?いい加減ヤツを引き渡してくれ」
息を切らしてやって来た扉の前には先客がいた。
背の高い男の人で、勲章の沢山付いた立派な制服を着ている。
その人が、従業員の胸倉を掴み上げて詰め寄って大きな声を出していた。
「ですから、関係者以外の方は参加者と接触出来ません。八百長を疑われるような事は出来ないんです」
「敗退したら関係無いだろ?さっさと・・・」
「アキラ殿は勝ち進みました!」
立派な制服の人の声を遮って従業員が言った。
「・・・はぁっ?!お前何言ってんだよ。勝つ訳な・・・」
「勝ち進んで、次の準決勝でグレイク様と対戦します!ですので、関係者では無い貴方とは会えません!お引き取り下さい!」
再び遮られて、立派な制服の人は固まった。そして一呼吸吐いた所で私達に気付き、従業員を離して笑顔を浮かべる。
「レディ達にみっともない所を見せてしまった。申し訳無い」
こちらに向かって綺麗な所作で礼をすると、従業員を一瞥してその場を去って行った。
残された形になった私達は、従業員に駆け寄って聞いてみる。
「あの、アキラさんには会えませんか?」
聞かれて従業員は目を見開いて、そして申し訳無さそうな顔をして言った。
「彼のファンですかね。残念ですが先程の兵と同じです。関係者以外の方とは会えないのですよ。申し訳ありません」
思った通りの事を言われた。肩を落とす私に、ユリアちゃんが言う。
「しょうがないよ。行こう」
そのまま私の手を引いて角を曲がり、従業員が見えなくなった所で振り返って言った。
「他の方法を考えよう?」
そう言うユリアちゃんの顔はやっぱり不機嫌そうで、その上少し顔色が悪く見えた。青白く、目付きがおかしい。
「ユリアちゃん、具合悪い?」
体調が悪いのかも知れない。そう思って聞いてみても「なんで?」と聞いてくるユリアちゃん。相変わらず目を合わせず、先に進んで私の手を引く。
機嫌が悪いだけ、なのかな・・・。
変だな、とは思いつつも、私はそのままユリアちゃんに手を引かれるままに進んで行った。
控室の扉をノックしても、返事が無い。
「いないの?」
扉の横に控えていた彼女の担当の従業員に聞く。
「中に入ってから出て来ていないので、いると思うのですが・・・」
そう言われて、俺はもう一度ノックをする。が、やはり反応は無い。
「開けてもいい?」
扉を指差しながら従業員に聞く。と、従業員は立ち上がり、俺の横に立って扉を叩く。
「レーナさん、開けますよー」
やはり返事は無く、従業員が扉を開けた。
椅子と机と姿見、それだけしかない簡素な控室。姿を隠せるような場所は無く、パッと見ただけで無人だと言う事が分かる。
「あれー・・・どこ行っちゃったのかな・・・」
忠告をしに来たのだが、居ないのならば仕方が無い。
ぼやく従業員を横目に、俺は引き上げる事にした。
アキラが退場して姿が見えなくなると、私はオペラグラスを下ろして背もたれに身を預けた。
アキラが勝った。
彼は、私を守る為に、優勝しようとしてくれている。
かも知れない。
そう思うと、自然と口元が緩んだ。
「ご機嫌ですね」
1人きりの貴賓席。誰の声も聞こえる筈が無いのに、上の方からそう言う声が降って来た。
「もし決勝で彼と当たる事になったら、負けましょうか?」
そう言われて、私は扇で口元を隠しながら天井を見上げる。と、笑い声が降りてくる。
「失礼致しました。貴女の事は私がお守りします」
それだけ言って、気配が消えた。
出場する為に戻ったのだろう。
「何しに来たんだか・・・」
もう誰も居なくなった天井に向かって、私はそう呟いた。




