46、グレイク戦、そして・・・
グレイクが下がった所に、ツタの両手剣が降って来た。
グレイクが下がる、両手剣が来る、避ける、来る、避ける、来る。
見続けていると、攻撃が当たらないのではなく、ツタの為にグレイクが場所を譲っているように見えて来てしまう。主導権を握っているのは一切の攻撃を受け付けていないグレイクの筈なのに、何故だかそうは見えないから不思議だ。
全力で大きな剣を力一杯振るうツタは勇しく、何度も何度も振り翳し続けるそのパワーは衰える事を知らない。
そのうちに疲れ果てたグレイクが剣の餌食になってしまうのではないか?
見ている側が、そんな風に思わされてしまう。
時折2人の顔が近付いて、グレイクがツタに何かを喋っていた。それを聞いたツタは、時に眉を顰め、時に苦笑いを浮かべる。話す度にツタの動きは良くなり、見ている方は、次こそグレイクに当たるのでは?とハラハラして手を強く握りしめてしまった。
「何かさ、目が離せないよね」
斬り合う2人を見続けながら、ノワがそう言った。
『死神グレイク』vs『聖剣士ツタ』
先の試合で、勝敗が決したのに攻撃を止めないスレイを、乱入する形になったトールが止めた。ワッツを仕留める事を期待していた観客達のブーイングが降り注ぐ中、その熱気を冷ますまいと、すぐに始まった第3試合だった。
開始直後は、参加者席に戻って来たトールへの罵声が多かった。けれども、2人のその、呼吸をも忘れてしまいそうな目の離せない攻防のお陰で、その声がピタリと止んだのだ。
観客達は静かになり、その静けさの中で白熱していた。ギリギリの攻防が繰り広げられる瞬間に、ワッと盛り上がり、また息を飲んで見入る。
「グレイクには分かるのさ。どうすれば観客が喜ぶのかが」
ゴーランが、やはりグレイクとツタの攻防を見ながら言った。
「ただ勝つだけじゃ無い。どうやって楽しませるかを1番に考えてる。無論、強い奴を見れば観客は盛り上がるさ。だが今日は、第1第2と、圧倒的な強さで打ち負かす試合が続いたからな。あんまり続くと流石に飽きるだろ?だからこうやって」
そう言って顎で会場の真ん中を示す。
「ギリギリになるように調整してるのさ。ついでに剣魔士ツタの強さを見せれば、今後の闘技場でのツタの試合の集客も伸びる。そうすりゃガティ家も儲かる。観客も喜ぶ。良い事尽くめさ」
「実力が無ければ出来ない事ですね」
トールもやはり、2人を見ながら言う。
3人の会話を聞きながら、俺は初めてグレイクを見た時の事を思い出した。
前の試合を模した戦い方をして、観客を湧かせていたグレイク。あれ自体がこの混合戦の宣伝だった。
「すごいな」
強いだけではない。一戦一戦、その戦いごとに必要な見せ方を考えて実行する。そんなグレイクに、俺は思わずそう呟いて、続けられる攻防を食い入るように見詰める。
両手持ちの大剣を細いサーベルで受けるのは至難の業だ。グレイクは上手い事ツタの剣の勢いを殺して受け流している。
肉団子みたいな筋肉ダルマのツタは、重いはずの大剣を軽々と扱う。それなりにウエイトもあるだろうに軽々と動き回る。その見た目とのギャップが良い。
シュッとした長身の仮面のグレイクを追い詰める(ように見える)度にツタはニヤリと笑い、対するグレイクも仮面の下方に覗く口元が楽しげに見える。
力と力をぶつけ合ってお互い笑い合う様子は、ライバル同士が力量を認め合い、戦いを楽しんでいるようだった。
戦う2人の熱に、会場中が飲まれて行く。
が、その均衡が突如一転した。
ツタが横に薙ぎ払った大剣を、反り返って躱わすグレイク。そのまま背後に飛んで距離を取ったかと思うと、着地した先で真逆、つまりツタの方へと飛び寄り、一気に距離を詰めたのだ。
目を見開き後ろに飛ぶツタ。が、逃げ切れずにグレイクに間合いに入られてしまう。
グレイクが、この試合で初めて自分から攻撃を仕掛けた。伸びる剣。狙うはツタの首。
ツタは大剣を軽々扱ってそれを受ける。
無論グレイクはそれを読んでいる。次に眉間を狙い、弾かれると軌道を変えて反対側から首を狙う。それも防がれて次は胴、胸、脚と素早く狙い続けて、防ぐツタのスピードが流石に鈍った所で、相手の手の甲を峰打ちした。
「クッ!」
ツタは、声を漏らしてと大剣を落としてしまう。
ワッと観客達が沸く。勝敗が決まる予感に胸を高鳴らせ、王者グレイクが丸腰の相手をどうするのか、期待を込めて注視する。
が・・・。
グレイクは静かに後退り、サーベルを構えてツタを見、落とした大剣を顎でしゃくって示した。
拾え。
無言でそう言う。
ツタはグレイクを睨みながら、言われるままに大剣を拾う。観客達が響めく中、ツタは拾ったその大剣を構えた。
その瞬間、グレイクが動いた。
「早!」
ノワが驚いて身を乗り出し、デカい声を出した。
トールも驚いて目を見開く。
観客達はよく分からず、みんなポカンとしていた。
多分、見えていたのはノワとトールと俺だけだったと思う。
グレイクは、大剣を拾い構えたツタにものすごい速さで走り寄って、サーベルの柄で顎下をまず1発殴った。そして膝を腹に決めて、くの字に折れ曲がったツタの額を膝で撃ち曲がりを矯正するみたいに真っ直ぐにして、そのまま背後に回り込み、気絶し崩れ落ちて行くツタの2本の腕を片腕で羽交締めにしてツタを支えたのだ。
気付けば、グレイクの腕の中でぐったりと力無くぶら下がるツタ。せっかく拾った大剣が、カランッと音を立てて再び床に落ちた。
それを確認して、グレイクはサーベルをツタの首筋に突き付ける。そして、セシル王を見上げた。
観客達もセシル王に視線を注ぐ。
王は会場中をぐるりと見回し、そして、グレイク側の腕を上げる。
「勝者、グレイク!」
主審がそう叫んだ。
観客達がワッと歓声を上げる。
拍手と怒声と、投げ込まれる花とギフト。
それらの中で、グレイクとセシル王とが暫く目を合わせたまま動かないでいたのが、酷く印象に残った。
「じゃあ、よろしく頼むぜ」
ゴーランが俺を見て言う。
次は、俺達の番だ。
俺は、ゴーランを見てそして頷いた。
俺を応援する声はほぼ皆無。かろうじて聞こえて来るのは、ノワの黄色い声だけだ。(よく分からないが、女の子みたいな高い声で俺の名を呼んでいる)
その声が、ビュンという音でかき消される。
ゴーランの鞭だ。
鞭となんて戦った事ない。そもそも本物の鞭自体、見るのが初めてだった。
ゴーランは左手で鞭の持ち手の部分を持ち、右手でたるませて中央辺りを持っている。そして右手の方を回転させて鞭を回した。手の動きは少ないのに、鞭はその長さ分の範囲の円を描く。右手を少し調整するだけで円の大きさは変わるし、角度も変わり、迂闊に近づくとが出来なかった。
どうしたものかと攻めあぐねいていると、ゴーランが動いた。ビュンという風を切る音が響いたと思うと、俺の髪がブワッと宙を舞った。
えっ、と思うと、床にハラハラとゆっくり落ちて行く自分の髪の毛が見えて、俺は、自分がその攻撃に全く反応出来ていなかった事を知る。
やばいな。もっとよく見ないと・・・。
正面で俺の目をじっと見据えるゴーラン。その目付きは真剣で、俺の一挙一動の全てを漏らさず見届けようという気概が感じられた。
と、ゴーランの目線がほんの一瞬、俺の手元を見た・・・ような気がした。
すると、鞭の軌道か少しズレて、俺の剣を握る手元に襲い掛かって来る。
ああ、こうすれば良いのか。
思って俺は、体ごとそのまま横にズレた。直後に鞭が、俺が今いた場所を襲う。何も無くなった空間を掻いて、そのまま元の軌道に戻って行った。
見るべき場所は、ゴーランの目。
俺は全体を見つつも、ゴーランの目と目線に注意を配る。そして飛んでくる鞭を避けながら『まぁ、そのうちノールックでも来るんだろうな』と考えた。そのうちノールックでやったり、目線の通りにやったり、俺の避けるパターンを学習して避ける方向をコントロールしたりとかして来るんだろうな。なんて事も考える。
そうされたらどうするか・・・、とそこまで考えてなんだか面倒になり、『だったら鞭、掴んじゃえば良いんじゃない?』と俺は開き直ったのだった。
目の前に鞭が来る。俺は、その先端から大体30cm位の所を掴んで軽く引っ張ってみた。
途端、グッと自分の体全体に重力が掛かったのを感じた。
何故か、すぐ目の前にゴーランの顔があった。
「・・・へっ?」
間抜けな声を出す俺。
そんな俺に、ゴーランは呆れたような表情をした。
「お前、馬鹿か?」
言いながら懐に手を入れ、中から短剣を取り出す。よく見ればそれは刃を殺した短剣で、そのまま前に出して来て俺の首元に当てがおうとした。
ハッとなって俺は、それを手で止めようとした。が、手が動かない。
手だけじゃなくて体全体がキュッと縮こまったままで動かす事が出来ず、見てみればなんとゴーランの鞭が全身に巻き付いて縛られたみたいになっていたのだ。
なっ!いつの間に!
俺は焦った。
このままではすぐに負けが確定してしまう。とにかくまず、この鞭から抜け出さなくては。
そう思ってもがくものの鞭はビクともせず、俺は益々焦ってしまう。
焦っているうちに短剣は首元に迫り寄り、危機を感じて俺は、脳をフルに回転させて、そして閃いた。
幸い足は床に着いている。
俺は少し姿勢を低くし、そして伸び上がるのと同時に、巻き付く鞭の向きと逆方向に回転した。
硬く締め付けられていた鞭が少し緩む。
ゴーランが緩んだ鞭を締め直すその前に、俺はそこから抜け出す事が出来た。
「あぶねー!」
そう言いながら思った。
鞭って、どうしたら良いのか分かんねー!って。
でも、そこで諦めちゃダメだ。
今の悪かった所は、と考える。体ごと巻き取られて身動きが取れなくなってしまった。鞭を掴んだまでは良かったが、そこでゴーランに引き寄せられたのが悪かったのだろう。
だったら鞭を掴んでから踏ん張り、逆にゴーランをこっちに引き寄せたらどうだろうか。
考えていると再び鞭が来た。
俺はもう一度鞭を掴んで、そして足にグッと力を入れ引っ張られないように思いっきり踏ん張ってみた。
どうだ、これで巻き取れまい。
そう思ったのだが、今度は引き寄せられずに逆にゴーランが接近して来た。
近付いて来るに連れて鞭にゆとりが出来、そのゆとりの分をそのまま俺に巻き付き始めたのだ。
まずい。
今にでも巻き付こうと迫り来る鞭から逃げる為、俺は咄嗟に後ろに下がろうとした。けど俺はハタと一つ思い付き、逆に前へと一歩踏み出した。
ゴーランとお互いに近付き合う。接近が加速したその所為で鞭が余計に弛み、一部が床に着いた。
俺はそこを踏み付ける。ピンと張る鞭。瞬間、ゴーランは急に引っ張られた形になって、ちょっとだけ前につんのめった。
よし!
俺はもう一歩前に出て更に鞭を踏み付けた。
更に前へと引っ張られてコケそうになっているゴーラン。そこに向けて俺は、片手に持ち替えていた剣を差し向けた。
行ける!
思った瞬間、驚いた事にゴーランが鞭から手を離した。
「なっ!」
まさか武器から手を離すとは思っていなかった。
俺は驚いて止まり、そしてフリーになって宙ぶらりんになっていた鞭の持ち手の部分を取り敢えず掴み、それを奪い取る形を取った。
右手に剣、左手に鞭の、変な二刀流みたいになる。
「お前、やり辛いわ!」
距離を置き、息を整えながらゴーランが俺に向かって叫んだ。
それはこっちのセリフだ!
そう思った時、ゴーランは着ているシャツの前を開けた。露わになる鍛えられた腹筋と、服の下にも隙間無く彫られた刺青。そこに、隠すように巻かれていた革製のホルダーには短剣が2本並び、その下、腹の部分には金属の、ベルト・・・いや、鞭が見える。
ゴーランは片手でそれを掴むと、ちぎり取るように腹から外して床に垂らした。
9個の金属の棒。本来ならその一つ一つが鋭い刃物で触れただけで切れるのだろうが、今はその刃は殺されていて単なる棒に成り下がっている。それか一直線に繋がれて、一つの金属製の鞭となっていた。
「まさか本戦1発目でコレ出すとは思わなかったわ」
言って、ゴーランはその金属の鞭を振り回し始めた。




