45、殺人鬼と呼ばれる男
「いよいよ殺人鬼のお出ましだ」
「今年は何人殺すか、楽しみだ」
観客席からはそんなヒソヒソ話が聞こえて来た。
「殺人鬼・・・?」
「みんな何か、物騒な事言ってるね」
トールの呟きに、ノワが答える。
会場中が、妙な空気に包まれている。
さっきまでとは明らかに違う、抑えた興奮と言うか、秘めた悪巧みをコッソリ打ち明けるみたいな、静かな盛り上がりを見せているのだ。
「スレイは、一昨年1人、去年は2人殺した」
今まで俺達3人しか居なかった参加者用の席に、グレイクがやって来てそう言った。その向こうにもう1人、俺の対戦相手のゴーランと言う男も来て、グレイクの声に続ける。
「アイツは頭のネジが何本か足りないんだ。イかれた社会不適応者さ」
そう言ってくしゃりっと顔に皺を寄せて笑う。それに合わせて、顔まで彫られている刺青の模様が歪んだ。
「もう何年目だ?最初は対人やってたけど、あまりに殺しすぎるもんで対魔に変更したんだったな。今のグレイクとは逆だよな」
「私が来た時にはもう剣魔士だったから何年いるかは知らんが。そうだな、剣魔から剣人に転向した私とは逆だな」
話を振られて答えるグレイク。
グレイクは、なんだかんだ色々あったがそもそもこの国の軍事の最高責任者だった男だ。戦う事を仕事としていた人間にとって『パフォーマンスとして観客が楽しめる殺し方』というのが理解出来ず、魔物を効率良く倒すしか出来ない彼は剣魔士から剣人士に転向していた。
これが、生死を掛けたとか、命掛けのとか、そう言うハラハラ感があればまた違ったのだろうが、何せグレイクは剣闘士としては強過ぎたのだ。
「え、じゃあさ、前のグレイクを殺したのってそいつ?」
ノワが無邪気なトーンで前のめりになって聞いた。さっき聞いたばかりだろうに、グレイクが代替わりしている事を当たり前の事として話す。
「そうだ。だからガティの親父はスレイとその雇い主のブリエヌを恨んでる。闘技場で新グレイクがスレイを殺してくれるのを待ってる。だろ?」
ゴーランが言って、グレイクの顔を見た。
仮面の剣闘士は、短く「そうだな」と答えて前を向く。
ドラが鳴って、2人の剣闘士が左右のゲートから入場して来た。
『神速の貴公子スレイ』vs『岩巨人ワッツ』
貴公子、なんていう二つ名が付いているだけあって、スレイはかなりのイケメンだった。シルエットは縦に長い。高身長に均整の取れた細マッチョ、小さな顔、長い脚。サラサラの銀髪は手入れしなくてもサラサラなんだろうな、と感じさせる無造作感。入場した途端に女性達の悲鳴が場内に響き渡った。
対して岩巨人は、身長2mを超える大男。ゴッツゴツのマッチョで顔もデカい。胴が長くて脚が短いのは、見てくれは悪いが重心が低くて安定感がある。太い腕に握られたデカいハンマーの打面は、硬い肉を柔らかくする為に打ち下ろされるミートハンマーみたいに小さな突起が一面に取り付けられていて、アレで叩かれたら繊維を壊されて柔らかくなってしまいそうだ。
少し、右脚を気にしているように見えた。
「スレイの後ろに立ってるチビ、アイツが曲者だ」
顎でしゃくりながらゴーランが言った。
示された方を見ると、派手に注目を浴びるスレイの後ろに男がいた。チビと言われても多分俺よりはデカいだろう。普通の男だ。
そいつは、スレイに近付いて何かを耳打ちする。と、スレイがそいつを振り返って何かを言い、少し話し合うとお互い納得したのか頷き合って、男が観客席の最前列、1人分空いていた席に下がった。
「スレイが馬鹿な分アイツが出来る。的確に指示を出してスレイを操作するのさ」
「スレイのトレーナーで、名前はタクトと言う。あの2人、よく見ておけ」
ゴーランの説明にグレイクが補足するみたいにそう言った。
俺は頷いて2人、いや3人を見る。
第2試合が始まる。
「右脚、斬らずに打て」
スレイの後ろから小声でそう伝えた。
「骨、砕くのか?」
「砕いても良いけど、砕くならなるべく時間を掛けて砕けよ。そのうち奴は右脚を気にして動きがおかしくなる。そうなったら腕を落とせ」
言いながら俺は、さっき会ったワッツの様子を思い出した。奴は、前々回の試合で右脚首を捻っていた。その怪我は治っているという話だったが、控え室では庇うような動きをしていたのだ。多分、治り切っていないのに治ったと嘘を言っているか、治っていても何かしら気になる所があるのだろう。そこを執拗に攻め続ければ、焦りが出て来る筈だ。
「どっちの腕?」
「どっちでも良い。けど片方だけな」
「分かった」
「それから・・・」
腕を斬り落とされれば流石に降参するだろうが、しなければ殺す事になるかもしれない。今日は王だけで無く王妃も来ていた。王妃はNPCだ。試合とはいえ参加者が殺されるのを見せるのは、今後の闘技場の運営を考えると良く無いかも知れない。
「合図をしたら、とりあえず止まれ」
「合図、いつもの?」
「そうだ。指笛を吹く。そうしたら攻撃を止めろ。良いな?」
「分かった」
頷いて進んで行くスレイを見ながら、俺はトレーナー席に着いた。
分かった、とは言ったものの、スレイは止まらないかも知れない。まぁ、その時はその時だ。仕方ない。
2人が向かい合い、ワッツがハンマーを構えて止まった。
ドラがもう一度大きな音を鳴らす。
試合開始だ。
先に動いたのはスレイの方。ワッツのすぐ横に付いて右脚を蹴り上げた。まだ剣は抜かない。
スレイの速さに付いていけないワッツは、その一撃を受けると前のめりになって転びそうになる。間一髪左脚を前に出して堪えると、振り向き様にスレイに向かってハンマーを振り下ろした。
が、そこにスレイはもう居ない。ハンマーは空を切り、床に埋まりながら激突する。ドシンッと周囲を振動させながら、その突起で床を抉った。
「クッ!」
悔しさに声を上げるワッツの、その右脚に再びスレイの蹴りが入った。ワッツの顔が歪む。痛みに耐えるワッツは、床に埋まったハンマーを一気に引き抜いて、そして今スレイのいた所に振り翳した。
空振り。そこにスレイはもう居ない。
完全にワッツは翻弄されていた。
「ど、どこだ!」
見失って周囲を見回すワッツ。その右脚に、再び痛みが走った。低い位置にいたスレイが回し蹴りをして膝を折ったのだ。堪え切れずにワッツは、ガクッとその場に片膝を着いてしまった。
そのまま、ハンマーの柄に縋る様に跪くワッツのその右脚の上に、スレイの踵が落とされた。
途端、観客席の端、トレーナー席から鋭い声が上がった。
「早い!一旦引け!」
それはタクトの声。
鋭い声を聞き入れてスレイは止まり、ワッツから飛び退いて距離を取った。
「なんだよ!やっちまえよ!」
「情けなんてかけてんじゃねーよ!」
観客席からは、スレイに対する野次が飛んで来る。
が、タクトもスレイも気に留める事は無い。
それに反応したのはワッツ。
「クソッ、馬鹿にしやがって!」
手加減して、それを責められるスレイに逆上する。
スレイに向かって走り出すワッツ。だが、その右脚を庇った走り方ではいつものスピードが出ない。
気付けばスレイの姿が見えない。続いて来る、右脚への痛み。チラリと見えるスレイの姿に、ハンマーを振るっても空振りするだけ。その繰り返し。痛む右脚と、ハンマーを振るう腕、肩、背中、腰の疲労、脚も重くなっていく。何をやっても無駄、通用しない。そんな絶望感がワッツの大きな体を包み込んでいった。
観客の様子も変わって来ていた。初めのうちは手加減をするスレイに痺れを切らした様子だった者達が、徐々に繰り返す右脚への攻撃に夢中になっていっていた。執拗な攻撃と、それに精神と体力を削られて行く大男。その、じわじわと苦しむ様子が人々を興奮させていったのだ。
次第にワッツは恐怖を覚え始めた。目の前のスレイが自分の右脚を蹴る度に観客達が静かに沸く。好奇の目で見られ、自分がまるで殺戮ショーの生贄にでもされたかの様な錯覚を覚える。
いや、錯覚では無いのかも知れない。
自分は、生贄なのだ・・・。
そう思った瞬間、右脚に今までで1番の痛みが走った。あまりの痛さに悲鳴を上げた。見れば、右脚がぐにゃりと曲がってしまっている。動かす事が、もう出来ない・・・。
悲鳴を上げ続けるワッツ。それを見て狂喜乱舞する観客達。
「行け」
良く通る声が、低く静かに聞こえた。見ると、トレーナー席からスレイに向けて、タクトがゴーサインを出した事が分かる。
だが、
何のゴーサインだ・・・?
ワッツがそう思ったその瞬間、手にしていたハンマーが落ちた。
ドスッと床に振動が走り、その落ちたハンマーに自分の腕がぶら下がっているのを見る。
・・・はっ・・・?
刹那、左脚肩に熱と痛みが走り、視界が真っ赤になる。
その赤が、激しく飛沫く自分の血だと分かって、ワッツの恐怖心は限界を超えた。
手を叩き喜び囃し立てる観客達の声と拍手の嵐、いつの間にか鞘から抜かれ、血に塗れたサーベル。それを持ち、自分に向かって構えるスレイ。
ワッツはその場にへたり込み、右腕と左脚だけを使ってスレイから後ずさる。暫く進んで、そのままくるりと身を翻し、這う様にして逃げ出した。
「ダメだ・・・降参する・・・!」
スレイから逃げながら、ワッツがそう言ったのが聞こえた。
王の耳にもそれが届いたようで、すぐさま立ち上がってスレイ側の手を上げ、勝者を決定する。
が、スレイは止まらなかった。
背を向けて這う様にして逃げるワッツに向かって走り出すスレイ。
何かの合図なのだろうか、トレーナー席から指笛が響いた。
けれども、状況は変わらない。逃げるワッツと、追い掛けるスレイ。
「ねぇ、勝負は付いたんだよね?」
横でそう聞いて来るノワ。頷くゴーラン、その横でグレイクが同じ様に頷きながら言った。
「静止の合図が届いていないな」
「どういう事?」
俺がそう聞くと、ゴーランが答える。
「頭のネジが足りないからさぁ、あの馬鹿には目の前の獲物しか見えてないんだよ。オレとグレイクとアキラ、3人は参加者として登録してるから手出しは出来ない。もし止めたいんなら、そこのアキラの知り合いの2人」
トールとノワを指差すゴーラン。
「お前らなら、今のこの状況、止めても良いんだぜ?」
最高審判であるセシル王が勝敗を決定した今の状況では、攻撃を止めるべきなのだ。だけど、正気を失ってしまっている(?)スレイが攻撃を止めない。参加者登録をしている者は手出しすると反則になるが、俺の付き添いのトールとノワならば、止めに入っても反則にはならないって事だろう。
ならば、と、俺はトールを見た。
「トール、スレイを止められる?」
そう確認すると、トールは俺を見て頷いた。
「なら、止めてくれ」
俺がそう言った瞬間、トールは目で追えないくらいのスピードでワッツとスレイの間に飛び出した。ワッツを背で庇い、中腰の姿勢で2本の剣を抜き放ち、交差させてスレイのサーベルを受ける。
会場中に響き渡る、カキンッという金属音。
闘技場のど真ん中に突如現れたトールは、全観客の視線を集めていた。響めく観客達。けどそんな様子に全く動じずに、トールはスレイの目をじっと見詰めた。
「ねぇアキラ、何で僕じゃ無くてトールに止めさせたの?僕にも止められたのに」
ノワが聞いてきた。俺は、トールを見ながらそれに答える。
「トールは知ってるから。スレイを止める方法を」
言いながら、俺は少し自分が怖かった。
一瞬だった。この状況を何とかしたい、そう思った瞬間に見えたのだ。トールの、以前マジール王国を訪れた時の様子が。
まだ、前マジール王が生きていた頃の事だ。王は強く、戦いにおいては最前線に立って戦っていた。その王が、時折おかしくなる。狂気に支配されて、自分から逃げる者を殺さずにはいられなくなるのだった。それを元に戻すためには、誰かが王の目の前に立ち王の視界を奪い、『自分は逃げない』と示さなければならない。
それを、トールは見ていた。
だからトールに任せた。
トールは、俺の思った通りに動き、スレイを止めてくれた。
スレイはトールの目を見て、トールが逃げないという事が分かって、安心したのかなんなのかは分からないが、フゥッと一息付いてからサーベルを収めた。
主審が改めてスレイの勝利を宣言し、彼の片腕を掴んで掲げた。
それを見て、観客達は戸惑いながらも拍手をする。まばらだった拍手も、少しすると歓声混じりの大きなものになり、そのうちにスレイの勝利を祝って花や贈り物が投げ込まれてきた。
トレーナー席からタクトが出て来てスレイに駆け寄る。肩に手を置き、スレイの目を見て、そしてトールを睨み付けてから2人で退場して行った。
必要な時に必要な過去が見える。それを利用して目の前の困難を解決出来る。過去や未来を詠て、より良い未来への導を示せる。
そんな事が出来る俺は、一体何者なんだろうって、今更ながら思ったんだ。




